ヤツラが来る!
あーあ……。
花子さんがあんな性格だったとはなぁ。
コンビニエンスの
真理を説かれた太郎は
独りごちりつつも
寂しくレジ番をしていた。
その意味も分からずに。
物静かで知的な花子さんの事、
密かに好きだったんだけどなぁ……。
ん?
その時、太郎の背後で
何かが落ちる音がした。
しつこいようですが、これはブルウィップ
振り返るとそこには
床に落ちた
キャット・オ・ナインテイルと、
顔を紅潮させたキャシーの姿があった。
あ……。
気の緩みからか、
キャシーの事を
花子と呼んでしまった太郎。
その気まずさに表情が固まる。
スッ……
ドキドキ……
キャシーは
キャット・オ・ナインテイルを
静かに拾い上げると、
太郎を鋭く睨みつけた。
キッ!
死んだ……。
覚悟を決めた太郎は、
きたる衝撃に耐えんと目を閉じる。
しかし、いくら待てども
スラッピングされない。
恐る恐る薄目を開ける太郎。
ウルウル……
眼前のキャシーは
眼鏡の奥から潤んだ瞳を
太郎に向けていた。
え……?
な……何も聞こえてないわよ……。
そう言うとキャシーは踵を返し
小走りでバックヤードへと向かっていった。
どういうわけかはわからないが、
太郎はスラッピングの難を逃れたのであった。
/////
ん?
バックヤードから現れた店長は、
すれ違い様にキャシーの異変に気づき
声をかけた。
どうしたんだ、花子くん。
顔が赤いぞ。
キッ!
ホゲぇ!?
キャシーは無言のまま、
店長を激しく、そして強く
何度も何度もスラッピングして
バックヤードに消えた。
はっはっは。
いつもの3倍増しだったな。
なにやら嬉しそうな店長。
そんな店長をよそに、
太郎はキャシーの様子が
気がかりでならなかった。
あの表情の意味は
いったい……。
その時、
店内にけたたましい来店音が
鳴り響いた。
緊急警報 緊急警報
客どもが来店しました。
個体総数 3。
各員配置について下さい。
え?なに?
状況を把握できない太郎。
店長の顔には緊張の色が広がる。
ついに来おったか……。
そう口走る店長の視線の先は
店外の宇宙空間を捉えていた。
その所作につられて太郎も店外を見る。
チラッ
な……なんだ、ありゃ!
お客さ。
いやー、またまたぁ。
あんな変なお客いないでしょ。
無理して宇宙空間に出たのが祟ったのだろう。体液が突沸したり、体毛が剥げたり、突然変異したのさ。
ねぇ、店長。
本気?本気で言ってる?
ここまで来る周年の持ち主だ。
このままでは入り口をこじ開けてでも買い物をするだろう。
他のお店行ってくれりゃいいのに。
オペレーション
ENGY発動!
つ、ついに店長の頭がイカれたか。
……いや、変わってないか。
タタタッ
店長のコールに反応してか、
クルーの制服に着替えたキャシーは
小走りでバックヤードから現れると、
急いでエナジードリンクを陳列する。
そして、一本だけを太郎の元へと運ぶと
手を添えて渡した。
た……太郎くん、
これお願い!
そのまま太郎の手を強く握り、
太郎に向けた瞳を思わず背けるキャシー。
……あ、うん。
釣られて返事をする太郎。
キャシーは握ったその手を離すの忘れていた。
ジッ……
全てを忘れて見つめ合う二人。
まるで時間が止まったかのようだった。
よし、廃棄登録だ、無能くん!
はっ!
スッ!
キャシーが名残惜しげに太郎の手を離すと
すぐさまキャット・オ・ナインテイルを
握りしめる。
ビシッ!
そして二人の時間を動かした店長に、
キャシーはどさくさに紛れた
スラッピングをして
再びバックヤードへ消えていった。
え、廃棄登録?
なんで?
事情を飲み込めない太郎に、
店長は作業を促す。
いいからいいから。
ヤッたもん勝ちよ!
店長がやれば
いいじゃないですか。
すまんが、レジ操作は君しかできなくなってしまったのだ。
レジだけじゃない。
この店舗の機械類は
全て君しか操作できないのだ。
うわーー……。
めんどくさ。
レジの廃棄ファンクションキーを押して、
手の中のエナジードリンクの
バーコードをスキャンする。
スキャンの軽い音がすると共に
店内アナウンスが木霊する。
商品番号931238。
発射口に接続されました。
一人一本として三本廃棄だ!
はいはい、っと。
店長に言われるがまま
三本の個数指定をして、
会計ボタンを押す太郎。
廃棄登録のレシートが排出される。
発射準備完了。
作業員はハッチから
離れて下さい。
地球離陸時の時のごとく、
店内の証明が赤く明滅する。
よし、腹に力を込めろ、無能くん!
タタタッ
ビシッ!バシッ!ビシッ!バシッ!
タタタッ
キャシーがバックヤードから飛び出て
店長をスラッピングしてまた戻る。
どうやら、太郎のことを
無能と呼ぶのが気に食わないらしい。
敵影補足。
ロックオン完了まで残り3秒
アナウンスを受けて
店の外を見た太郎の視界に
宇宙空間を泳ぎ来る
3人の客どもの姿が映った。
ああ、客どもが窓に窓に!
あれ?さっきと違うような。
安心しろ、無能くん。
ただの突然変異だ。
ビシッ!バシッ!ビシッ!バシッ!
へー、便利なんスね。突然変異。
全ターゲット、ロックオン。
射程圏内に入りました。
ロックオンメッセージにあわせて
陳列棚のエナジードリンクが
逆噴射し浮かび上がる。
同時に自動ドアが開くと、
宇宙空間に吸い込まれるように
エナジードリンクが客どもへ向かって行く。
うぉぉぉ!!
宇宙空間に放り出される!!!
エナジードリンクが店外へと射出されると、
すぐさま自動ドアが閉じる。
内圧と外圧の差で
宇宙空間に持って行かれそうになるも、
腹に力を込めて耐えきった太郎。
店長の言葉を聞いていなかったら
太郎は今頃
スペースデブリと化していたに違いない。
着弾したエナジードリンクは
派手な爆発を起こすも、
客どもは満足そうな表情を浮かべて
地球へと戻っていった。
店長、大成功ですね!
客どもの便利への渇望を
引き出しましたよ!
ダメだ。
え?
彼らが自ら求め来るということは、
それがすでに便利であることを
知っているという事……。
真のコンビニエンスには
無意識の渇望が必要なのだ。
難しいんですねーー。
太郎がどうでも良さそうな顔で
溜息をついたその時、
バックヤードのキャシーが静々と現れた。
ちょっといい?
太郎くん……。
これまでにないあらたまった態度で
声を掛けるキャシー。
太郎の表情に緊張がにじむ。
は……キャシーさん。
そして、太郎に向かって
こう言うのだった。
スゴかったよ、太郎くん。
その目は恋する乙女のそれだった。
ありがとう、花子さん。
………。
しまった、つい……。
思わず、花子と呼ぶ太郎。
しかし、
花子はむしろそれが嬉しそうだった。
……す……
…き……。
花子さん……。
二人はそのまましばらく見つめ合っていた。
嗚呼、コンビニよ。
恋する二人を乗せてどこへ往く。
何人も知らぬその行き先は
花子の実家か、ホテル街か。