先生が出す問いに、モカちゃんといっくんが競い合うよう手を伸ばす。それをクラスのみんなが見守り、時にその競争へ加わる。
 早足で流れるつかの間の授業の中、

中学上がりのひよっこにこの問題が解けるかな?



 谷口先生が試すように問いかけてくる。その問題用紙を凝視、私は回答を書き連ねた。

 そんな中、白鳥の群れへ1羽紛れたカラスのように1人鳴きだす、もとい奇行をとる女の子が居た。

あっ! 鳥だ。


 みんなが問題を解いている中、めぐみんが青空を指差し呟いたのだ。
 私といえば、笑いの匂いに惹かれつつも問題用紙を埋めていく。案外早く解けそう! と判断した。
 後方で空を指差す彼女を見やる。

 めぐみんは伸ばした手の反対の腕で顔を覆っていた。その指の下に豪胆、かつ不敵な笑みを浮かべて。その指先がスカートの中、なだらかな太ももの内側へ動いていく。

 めぐみんの奇行、その一挙一動をこまめに観察していた生徒を発見。私は知っている。奴は加藤正、彼女募集中の16歳だ。

 加藤くんがピンクのレースを確認したかしないかは、後日尋問するとして、めぐみんのその艶の在るピンクの唇が動いた。

四神器『ライセン』、ホールド、アウト♪



 視界? 私の前で何かが変わったような気がする。何が変わったのかは分からない。けれどめぐみんが声を漏らした直後から、教室内の空気に違和感があるように思った。

 視線の先、ずれた位置から声が響いた。何か、絶対的に何かがおかしかった。

あ、あんた! 他の人に当たったらどうすんのよっ! ライセンの銃弾を消滅させるとか出来ないわけ?!



 ――分かった。
 めぐみん、彼女の立ち位置が、姿勢と共に――ズレていたのだ。
 彼女に注目していたから分かった。めぐみんの指差す方を見ると、教室の天井には何故だろう、銃弾?が食い込んだ痕がある。亀裂を中心に煙が渦を巻いている。

モカ

な、何言ってるでしゅか、意味わかんないでしゅ!

壱貫

……。



 右手側には怒っているようなモカちゃんが居て。その体の衣装は何故か、真紅の狩人のソレになっていた。
 そしてその隣、いつの間に席を動いたのか、眼光鋭く、めぐみんを視ているいっくんがブロウの籠手を身に付けていた。

 何が起こったのか見当もつかない。ただ胸を覆う不安が拭えなくて声にした。

なゆた

か、加藤君、見えた?



 私の問いに加藤君が眉間を歪め低い姿勢から首を振る。

なゆた

私も見えなかったんだよ、絶対領域のちょい上! 流石転校生、際どいラインだったよ!



 おどけるように笑っても心は落ちかなかった。どこかに、自分の知らない時間がこの世界に在るような、そんな不可思議を覚えた。でもそれが何なのか、怖くて、想像することが出来ない。

 私はめぐみんを眺め、そしてそっと眼を逸らした。

他のヒト殺しちゃったら、ガールが悪いって言われるじゃない。ちびっ子、あんた責任取れるわけ?



 授業も半ばめぐみんが手を振り回しモカちゃんを罵る。急遽呼び出された高藤先生に襟首を持ち上げられ手をばたばた、しょっ引かれていく。

モカ

ほんと、……わけ分かんないでしゅっ!!


 モカちゃんの声が何処か遠いところから聞こえるように感じた。後は、ただぼんやりと時計の針を追った。


 昼休み、中庭にその姿を見つけ私は駆け出していた。『何から』かは分からない。ただ救われたかった。

なゆた

わ、私も、花壇のお手入れ手伝っていいですか!



 その姿に夢中で声をかけていた。彼女は中庭でお弁当を食べていただけ。それだけだったけれど、話しかけずには居られなかった。

 彼女は細い腕を私へ伸ばした。走り息切れをしていた私の口へ蓋をするように、何かを含ませてくれた。

今はお昼。ゆっくり、静かに嗜むものよ。……分かる? 柊さん。

 唐突に詰め込められた物体に目を瞬かせ、口の中をもぐもぐ。それはウインナーだった。どう返していいのか分からない。けれど私は頷いた。そんな私に彼女は微笑む。


 ……それが、私を救ってくれた。
 中庭の彼女、『玖条先輩』がくれたタコさんウインナーのチカラか、それとも先輩自身が薬になったのか。真偽なんてどうでも良かった。心が癒されたこと、それが全てで、そしてそれはいっくんのいう『魔法』のようにも思えた。

 私と玖条さんに在ったのは何気ない語り合いだけ。それが全てでそれがよかった。私達2人が仲良くなるのに、理由なんて要らなかった。

なゆた

でね! その子、モカちゃんになんて言ったか分かる? すごく面白いんだよっ!



 玖条さんを前に私は捲くし立てた。
 彼女とお話出来るのが幸せだった。初めて会ったときもこうしていたかった。ただ夢中でその黒い目を覗いていたかった。

なゆた

『ば~か! おたんちんっ!』なんだよ! 凄いよねっ! 無いよねっ! 漫画みたいだよね! それでね、それでね! ……あっ、



 話し過ぎた。目の前には首を傾げる玖条さん。彼女の細まった目が物語っている。

『どうしたの?』

って。

 頬が熱くなる。玖条さんに相応しくない自分の態度に恥ずかしくなった。後悔で血の気が引く。勢いづいた言葉の分だけ劣等感が押し寄せた。

なゆた

わ、私、話しすぎだよね。く、玖条さんの都合も聞かないで話しかけちゃったし、うるさくてごめんなさいっ!



 玖条さんは私のおでこを軽くつついて言った。その表情は何よりも、誰よりも穏やかだった。

私のことは『ゆき』。雪でいいわよ、柊さん。


なゆた

な、なら、ゆ、雪さんも私のこと。そ、その……、……な、『なゆちゃん』とか、



 首を傾げた玖条さんの頬へ髪が流れる。

なゆ。……がいいの?



 私は夢中で頷いた。高鳴った胸が抑えられない。
 恐る恐る『雪さん』を覗き込む。この瞳に写ったのはあの『独りの戦士』に登場するヒロインそのものだった。疲れ果てたジョーカスを支える聖女、『ジョーカスが愛したただ独りの女性』のように思えた。

pagetop