僕が猫に〝正式加入〟をして一ヶ月が経った。
黎佳さんはいつも僕を隣に連れて歩く。僕がいると移動が楽だからとか、そういうわけではない。
黎佳さんは僕の『能力は必要最低限、使用時は完全犯罪のように慎重に行う』という信条を理解してくれているため、移動は歩いたり車を使ったりと、ごく普通の生活のように行ってくれる。
黎佳さん曰く、僕を連れて歩く理由は
僕が猫に〝正式加入〟をして一ヶ月が経った。
黎佳さんはいつも僕を隣に連れて歩く。僕がいると移動が楽だからとか、そういうわけではない。
黎佳さんは僕の『能力は必要最低限、使用時は完全犯罪のように慎重に行う』という信条を理解してくれているため、移動は歩いたり車を使ったりと、ごく普通の生活のように行ってくれる。
黎佳さん曰く、僕を連れて歩く理由は
輪くんってさ能力的にボディーガードとしてすごく優秀だと思うんだよねえー。
それにやっぱり美男と美女が歩いていても違和感ないしね!
だそうだ。
僕が美男かどうかというのは置いといて、
たしかによく考えてみれば綺麗な女子高生の隣にブロンドハーフやら、やくざ風の大男やら、金髪ヤンキーなんかが歩いているとあまりにも目立ちすぎる……。
黎佳さんは僕の正式加入後、僕と同じ高校に編入してきた。
学年は違うがボディーガードとしてできるだけそばを離れないように心がけている。
そのため周りからはもちろんはやし立てられたりもする。
それが鬱陶しくもあるが、
完全に否定してしまっても今後やりづらくなるだけだから『多分そうなんだろうなあ』と周囲に匂わせる程度に上手くはぐらかしておくのが一番だよ。
とのことだった。
確かに一理あるために否定することができないでいた。
僕なんかが黎佳さんと……なんていう不甲斐ない罪悪感と羞恥心を抱える日々を最近は過ごしている。
ある日の学校からの帰り道、
僕と黎佳さんはアジトへの扉を開くために他人に能力を目撃される心配のない黎佳さんの家へと向かっていた。
非常に面倒なやり方ではあるのは否めないが、この方が近道のうえに、アジトの場所を特定されずにすむというメリットもある。
大通りを抜け、更に飲み屋街を抜けると、古びたシャッター商店街が姿を現す。
そういえば黎佳さんもハーフじゃないのに僕と同じで赤い瞳って凄い偶然ですよね。
純日本人顔でこの目の色は面倒ごとが多いよねえー、やんなっちゃうよほんと。
誰に聞かれても困ることのない、当たり障りのない会話を続けながら足を進めていると、目の前から黒いフードを被った怪しげな男が近寄ってきて咄嗟に身構えた。
しかしその男は、
黎佳さん? 黎佳さんじゃにゃーですか!
と妙な喋り口調で黎佳さんに向けて声をかけ、近寄ってきた。
その状況に僕は戸惑い、隣を歩く黎佳さんへと顔を見やると、黎佳さんの方も
サルじゃないかー! サルー!
片手をぶんぶんと大きく振って声をかけていた。
サル……?
あだ名にしても妙なあだ名だなあ……。
サルとはあっしのことですよー、ダンナ。
気づけばそのサルという男は、既に僕の近くにまで来ていた。
そっか、輪くんは初めてか。
こちらアングラな奪還屋を営む百日紅(さるすべり)だ。通称サル!
なぜか黎佳さんはまたいつかのように腕を組んで、
どこか誇らしげにその男を紹介した。
よろしくにゃーダンナさん。
ど、どうも……。
フードで目が隠れたサルという男に対して、僕は焦り気味に一礼した。
というか、アングラってそんな怪しい人と会話する事自体怪しいんじゃないですか?
黎佳さんの耳元に顔を近づけ、小声で話しかけた。
あははっ!
大丈夫、大丈夫。サルは交友関係が広いから。一般の主婦の方々から政治家まで……もお~~とにかあーーく顔が広い!!
フードで顔が半分以上隠れているのに顔が広いっていうのも変な話だな……。
あの、百日紅さん。
奪還屋って……つまりは……どういった――
おやダンナ! 興味がおありで!?
仕事なのかも分からないので訥々と質問した僕に、言下に詰め寄ってくる。
奪還屋……それはつまりはあっしの、
『能力を取り出す』能力を使った商売だにゃー。
能力を取り出す……そんな能力まで?
危なげな能力に僕はまた少し身を構えた。
しかしそんな僕の姿を見た百日紅さんは、
にゃはは。ダンナそんなに心配しなくとも制約で能力を取り出す手順がちゃんとあるんだにゃー。
黎佳さんのお仲間ということならば、あっしの能力は知っておくべきだにゃー。
そうか、たしかにそんな能力ならば、
相当な手順を踏まない限りは簡単に能力を奪われるなんて事はない……のか?
いや、それでも能力というものは未知の部分が多すぎる。
いつ、どんな時でも慎重でいなくては……。
んー……じゃあ今回は黎佳さんの顔に免じて特別価格…………無償で!
百日紅さんは僕に腕を突き出し親指をグッと立てた。
フードで顔はまともに見えないが、黎佳さんがフザケている時と同じそんな表情をしているような気がする……。
さてそれじゃあ、あっしの能力は
"抜き取り"と"差し込み"のこの二つ。
百日紅さんは、自分の能力について惜しげもなく細かく僕に教えてくれた。
僕には到底考えられない感性だ。
いや、商売として能力を使っているからこそなのだろうか?
それにしてももう少し慎重さがあってもいいと思うのだが……それほど黎佳さんの影響力が凄いということなのか……?
百日紅さんの能力『PSI TRANSACTION《能力取引》』は他者の能力を取り出してカード化する。
見せてもらったカードはよく小学生のあいだで流行っているようなモンスターカードに似ていて、
真ん中にデカデカと元の能力者の顔が証明写真のようにして載っている。
そしてその上に能力名と線数、下には能力の説明が詳しく書かれている。
一、能力を取り出された対象者は、無能力者状態となり永遠に能力を使う事ができない。
二、取り出したカードは他者に付与して差し込む事が可能で、カードを差し込まれた対象者はそのカードの能力を自由に使える(もちろん抜き取った相手に返す事も可能)。
原則、能力は一人につき一つだけなので、新しい能力を得る者は一度無能力者状態にならないと〝差し込み〟が成功しない。
なので能力者は今ある能力を抜き取ってもらってから、差し込んでもらう必要がある。
そして能力の抜き取り、差し込みの制約手順は、
一、能力を抜き取る、または差し込む事に対象者の同意が必要(その際脅迫、拷問、能力等で無理やり本人に同意をさせても効果は発揮されない)。
二、対象者の頭の上に手の平をのせる。
この二つだけ。
……つまりこの能力を使って他人の能力を売り買いしているわけですね。
おっ、察しがいいにゃーダンナ!
まさしくそういうことだにゃー。
というよりそうせざるを得ないというかにゃー……。
【能力は一人に一つまで】ってのがネックで……。
あっし自身に差し込みなんてできたらいいんですけどにゃあ……。
まあそれができないから金儲けに使わせてもらっているんだにゃー。
にゃははは……だからダンナもいつでもご利用くださいにゃあ……。
ここまで揉み手の似合う人物もなかなかいないな
ふふ、輪くんは私と同じで六本線だから売らないよねえー…………あっ――
例のごとく誇らしげに話しはじめた黎佳さんだが、
どうやら僕の本数をバラしてしまったことに少し遅れて気づき、顔面蒼白の状態で慌てはじめた。
それはもう見事なまでに可愛らしいアワアワとした慌て方で。
ははっ!
あれ? 今笑った。
なんでだ。普段の僕なら酷く狼狽するはず……。
――ああ、そうか……。
大丈夫ですよ、黎佳さん。
今はちゃんと僕を守ってくれる人達もいて、多少の安心感はあるので。
なによりこの人のこの自慢げに仲間を紹介する癖はきっと愛に溢れてのことだろうし。
つい二ヶ月程前までは六本線なんて口が裂けても言えなかったが、
黎佳さんや猫の頼もしい仲間がいると思えば、
「多少なら誰かに狙われても大丈夫」という安心感が最近になって芽生えた。
いや、やっぱ狙われるのは勘弁願いたいかも…………。
そっかあ、良かった……。
ホッとして安堵の笑みを浮かべる黎佳さんはとても可愛らしく僕の胸の奥を、そして眼球の奥の奥までもをぐっと締め付けた。
にゃんと! 六本線! 気が変わったらいつでも売ってくださいにゃ!!
とはいっても売りに来られても六本線なんて買い取れないんだけどもね……。
能力に嫌気が指したらぜひこのサルめにご相談くださいにゃダンナさん。
能力に嫌気が指したら……か。
あ、そうそう黎佳さんに話しがあるんでしたや。
近頃ここいらで荒稼ぎしている"やつら"がいましてねー……。
勘違いするな私はヤクザじゃない。
シマなんてないから好きにさせてればいい。
少し気を悪くしたのか強くものを言う黎佳さんに、百日紅さんはたじろいでいた。
いやいや、そういうつもりじゃないですにゃー。
ただその"やつら"っていうのがどうも狛犬の者みたいでして……。
狛犬と聞いて黎佳さんの顔が一瞬こわばったのがわかった。
どういう事かな……。
口調こそはいつもの黎佳さんだが、
それでも声のトーンは怒りに近い何かを内包しているような気がした。
んーそれがですにゃー。
なんだか〝永遠に寝かせるような能力〟?
なのか、なんなのかはあっしもよく分からないんですが……。
それを使って可愛い一般人女性ちゃん達を集めて、非合法な風俗を営業している店があるんだにゃー。
んでもって、そこのトップが狛犬らしいって噂だにゃ。
噂……か。
それは飽くまでただの噂レベルの話なのか?
にゃはは! いつも通りですよ。
あっしを誰だとお思いで?
〝狛犬〟〝猫〟〝虎〟の三大勢力に隠れていても、〝猿〟の名は伊達じゃにゃいですよ。
あっしが噂と言えばそれは――
愚問だったね。ただの世間話かの確認よ。
もうちょっと詳しい話をお願いできる?
もちろんですにゃあ。
それを聞いた黎佳さんの表情は依然として冷静なものだったが、明らかに周りの雰囲気、黎佳さんの纏うオーラが変わり、僕はまともに黎佳さんを直視することができなかった。