【2034年、春。柊真紅(ひいらぎ まあか)】

真紅

ママ。マァマ? どうして起きてくれないでしゅか?



 足元でマァマが血にまみれていた。マァマの手は30センチも離れていないボクを探していた。

なゆた

……真紅(まあか)?



 マァマの眼が小刻みに揺れる。マァマの腕は彷徨い踊った。
 陰った夕日のもと、廃墟となった町の片隅でマァマはボクを求めていた。

真紅

マァマ。ボクのこと視えないでしゅか? 今、今お医者さん呼んだでしゅからね、



 大丈夫でしゅよ! 大丈夫でしゅよ! ボクはマァマから流れる血を上着で覆う。ママの傷ついた手を抱きしめる。また触れ合えるよう強く願った。

なゆた

真紅(まあか)。ごめんね。お、お母さんね、


真紅

声を出しちゃ駄目でしゅ。マァマ、もう少しでしゅ。もう少しの辛抱でしゅから、



 大丈夫でしゅよ! 瞳から零れるものを夢中で塞いでマァマを応援した。

 ボクの手に、――マァマはやっとの想いで辿り着いた。
 その手は頬を優しく撫でてくれた。

なゆた

泣いちゃ駄目だってばぁ。真紅。


真紅

マァマ! 嫌ああああぁぁぁ!!

なゆた

お母さんね、負けちゃった。みんな、みんなを守ること、出来なかった、の。



 マァマは血に染まった腰から犬耳の付いた耳飾りを取り出す。それを懸命にボクへ伸ばした。

なゆた

これ、これを真紅にあげるね。……こ、これね、スゴイんだよ。


真紅

マァマ、ボクはこんなのいらないでしゅ! お願いだから動かないで! も、もう少しでしゅからっ! もう少しの辛抱でしゅから!


 幾ら待っても、マァマを救うモノは現れなかった。マァマの瞳が徐々に閉じていく。

『時間よ止まれ!』

 何度も念じた。何度も! 何度もっ!

なゆた

真紅と、もう一度だけ……、もう一度だけ、



 ――土煙が流れた。静寂の中、マァマの腕が地に落ちる。ボクとマァマを埃が追い立てる。もう、どうすればいいのか分からなかった。

真紅

マァマ? もう、……もう少しでしゅよ。も、もう少しでお医者さんが、



 マァマの時間がこの世界から終わってしまう。

 その手が大地に横たわる。地に体を、その傷ついた足を無残に横たえた。

真紅

お願いでしゅ!! ボクを置いていかないで!! マァマぁぁぁぁぁ、嫌ぁぁぁあっ!!



 陽が落ちて紅く染まる中、ボクは犬耳の飾りを握りしめた。落ちゆく光が照らす大地には、




 ……ボク一人しか残っていなかった。

【2037年、夏。柊真紅】

モカ

フリーシー。行きましゅよ、この世界を守るんでしゅ!

赤輝石フリーシー

【Yes,master!】


 変わってしまったこの町をボクとフリーシーで駆ける。紅いリボンを纏いボク達は奔った。

 あれから3年間、ボクは戦い続けた。マァマが守ろうとした人を、愛し続けた動物を、多くの友達を守るために。
 頭上ではためく犬耳、マァマの形見に恥じぬよう戦い続けた。マァマの仇『ホーム・ホルダー』に反抗し、地を跳ね、空を駆けた。子供が子供を守るために創られた剣を振るった。

 2037年現在、ボク達『なゆちゃん王国』の生き残りはアフリカの地に逃げ延びている。補給経路を閉ざされボク達は苦しい生活を強いられていた。
 時に『ホーム・ホルダー』の補給庫を襲うこともあった。生きる為には仕方なかった。
 僅かな大地を耕し野菜を育てた。その実りは逃げ延びたこのアフリカの地ではとても貴重なモノだった。

モカ

今年のキュウリは甘いでしゅね~!

 野菜は美味しかった。『ホーム・ホルダー』から奪った肉よりも、マァマの笑顔みたいなお日様が育てた野菜の方が遥かに、比べることが出来ないくらい……美味しかった。

 今日もボクはみんなの為に敵を狩り、みんなの為に鍬を振るった。
 目蓋を閉じるとマァマの笑顔が今でも映る。
 落ちた陽の中ボクは想うの。あの時『フリーシー』が使えたら、あの時ボクが弱くなければ、マァマを……、きっと助けることが出来たから。
 頭を振って、地面を打ち付けて過去を悔やんだ。


 月明かりが差し込む中、おぼろげな光の中で涙が伝う。苦しくて。悔しくて。どうしようもなく、……寂しくて。

なゆた

『――……真紅。つらいときには笑ってみるんだよ。苦しくても、悲しくても、めいいっぱい泣いてから、笑ってみるんだよっ!
 悪いことばかりじゃなかったよね? って、ちょこっと思い返してみるんだよ。
 するとね。みんな、真紅を包む周りのみんなも笑ってくれるの!
 笑顔が人々を渡り歩いて、どこまでも夕焼けの後の星空みたいに、辺りに広がって輝いちゃうんだよっ! ――』


 ……マァマの声が聞こえた。はげ落ちた屋根から夜空を見上げる。
 星は何よりも輝いていた。月の兎がボクを覗き込んでいる。

モカ

マァマ。明日はきっといい天気になるでしゅね。


 星は数えきれない程の瞬きで、ボク達を覆っていた。まるで、ボク達を見守るように煌めいていた。


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