【2034年、春。黒き父】

 赤き大地を闇の中へと隠す頃、私達は『ホーム』と呼んでいる『アラスカ』の家へ集まる。

ブラック・ダド

今日は、どれほどの人を救えたのかい? どれだけの家族を守れたんだい? 『レッド・ボーイ』。



 暗闇の中、私は隣に座る長身の彼へと言葉をかけた。

レッド・ボーイ

66億人、全てを守ってみせたよ。『ブラック・ダド』。


 息子『レッド・ボーイ』は闇からはみ出た口の半円を誇張する。

ブラック・ダド

マムもガールも頑張っているみたいだね。この世界の父としてその務めを労わせてもらおうじゃないか。


パープル・マム

いえ、礼には及びません。これも我が家を守るためです。


 長身の少女『パープル・マム』が足を進める。豊かな胸部を見せ付けることなくキレイな脚線だけを晒した。

ピンク・ガール

そうよダド! こんな仕事『ピンク・ガール』な私にはお茶の子さいさいよ!

 マムと同等の美貌を持つ少女『ピンク・ガール』がとぼけたような言葉を吐く。光に臆することなく嬉々と素顔を晒した。

『ブラック・ダド』、『レッド・ボーイ』、『パープル・マム』、『ピンク・ガール』、私達4人はこの世界を統べ『ホーム・ホルダー』と名乗っている。

 今から4年前の2030年、地球に変革的事象が起きた。
 外地球から『ノア』と呼ばれる知的生命体が大都市規模の宇宙船『箱舟』に乗って地球へやって来たのだ。
 外宇宙に在る彼らの惑星は超新星と成る運命が決まっていた。その命運を賭け『ノア』の民が取った行動は惑星の放棄だった。
 彼らは太陽系第三惑星、この地球を新天地に選んだのだ。
 早急に命を根付かせるには、澄んだ大気と肥沃な大地を持つこの地球しか選択することが出来なかったのだろう。
 愚鈍なる地球高官はノアの驚異的な技術力と引き換えに、彼らと彼らの連れてきた動植物の移植を認めたのだ。

 ――しかし、早計かな。『ノア』が連れてきた命はあまりにも膨大な数であった。
 これを直接的原因とし、地球は僅か数年で動植物の数を許容の超えたものとしてしまった。

 私を主とする『ホーム・ホルダー』のメンバーは地球外人類『ノア』にアフリカの大地と多大なる資金を提供しその見返りに彼らの技術力を自身のモノとした。その後、我等は情報技術を皮切りに戦略、戦術兵器開発に成功した。
 そして情報網の掌握と軍事下における圧倒的シェアを以って我らは世界を手中に治めたのだ。


 ノアの民渡来から4年後の今日も我等は世界の事情を確認し、世界、己の国の管理を行っている。
 私は自身の黒いモニターを開いた。3人の家族は倣うようにそれぞれ、赤、紫、ピンクのモニターを開く。

ブラック・ダド

アジア、アメリカ、両大陸に主だった動きはないようだね。ヨーロッパも同じ。動きがあるのは……



 中央にある立体地図が明滅した。ボーイの指の動きに倣い五月蠅いアラートが静まる。立体地図は海の青、支配の赤、抵抗の黄、我等の支配率に合わせ色が替わっていく。
 ボーイはある地域の詳細を示すデータを皆へ放った。

ブラック・ダド

アフリカ『ノア』の移民達、……か。



 我等はノアから得られるだけの情報、技術を受け取ると、彼らに対する援助を一方的に打ち切った。

『吸い取れるだけの養分を吸い取ったキノコ』
 保護下の家族がそう形容していたのを聞いたことがある。このキノコは本体たる幼虫、ノアの身体を割って大地に芽を出したのだ、と。

 私の右、ガールが陽気な顔を歪ませ投げられたデータを外に放った。

ピンク・ガール

ボーイ。あんたアレは気にならないわけ?



 ガールの指は室内中央にある立体地図の一箇所を示している。
 立体地図の隅にある小さな黄色の点滅、その点滅をガールの指先が拡大、関東平野、その点滅の中心を更に拡大、旧名『イバラキ』に当たる一都市をマークする。

レッド・ボーイ

『なゆちゃん王国』かい? もちろん忘れてないさ。島国日本のアニマルランド、僕たち『ホーム・ホルダー』に反する狂信者どもはね。


 ボーイが嘲た。モニターの光が歯の白を強調する。その笑みが頼もしく思えるのは父の贔屓目であろうか。

レッド・ボーイ

けど、もう終わりさ。



 ボーイは卓上に肘を乗せその上で顎を休ませた。

レッド・ボーイ

そろそろかな。データがトンデくるのは……、


 程なくして立体地図の一部、太陽をイメージさせるような黄色がブレる。

レッド・ボーイ

さっき、狩ったからな。



 そして黄の点滅が滴るような赤へと替わった。

レッド・ボーイ

王国の母たる、……『柊なゆた』を、ね。



 私はボーイとガールの顔を見渡す。指を立てて促した。

ブラック・ダド

で、だ。話を本題に戻そう。


 家族それぞれに、こう訊ねたのだ。

ブラック・ダド

みんなは何匹、……狩ったのかい? 我々、家族の生活を損なう非生産的な隣人、もとい害虫を。


 ボーイはおどけた表情で指を3本立てる。
 マムは足を組みなおし、片手全ての指を広げた。
 ガールは口から舌をはみ出させ、合わせて7本の数を示した。
 単位は言わずとも通じ合える。そしてその数が表すものは明らかだ。

 ――――殺した害虫の数。
 我ら家族を守る為、その生活をより豊かにするために狩った幾十、幾百、幾千、幾万のゴミ共の数だ。

 我等家族は選んだ民を残して、移住地、食料、財政、それぞれの妨げとなる動植物を駆逐している。
 何を責められることがあろう。それはひとえに人類、我等の家族の為だ。

ブラック・ダド

みんなよく頑張ってくれたね。



 モニターが作る影の下、マムがその長い髪を梳きつつ問うてきた。

パープル・マム

ダド、貴方は幾つ駆除したのですか?


 私はゆっくりと指を編んだ。

ブラック・ダド

判別出来ない。みんなみんな、……焼いてしまったからね。



 ディナーの時間を知らせるメロディが流れた。このタイミングを以って夕食前の雑談を中止とする。
 皆がダイニングルームへと移動する。ボーイを茶化してガールが先を駆けていく。マムはそんな2人の後に続いた。

ブラック・ダド

今日も頑張ったね。明日も家族のために皆で働こう。

 席に着いた我らは貴重な肉を食した。大地が与えた緑を食んだ。無駄に食す誰かの代わりに選ばれし我らが全てを食むのだ。

【第8話】ホームの晩餐。

facebook twitter
pagetop