では今日の日程はこれで終わりです。明日からは各種授業があるから皆備えておくように。一同、起立。



 おでこに爪を立て頭の中を整理する。モカちゃん、彼女は一体何者なんだろう。一体今、ここで何が起こっているのだろう。

礼!



 思考を巡らす最中、教室内に波が起きた。荒れ狂う波は小さな犬耳少女へと襲い掛かる。ショートカットの『浪花圭子』ちゃんが犬耳少女『モカ』ちゃんへと言葉を掛けた。

も、モカちゃん。ちょっといい?



 胸の前で指を組み、おずおずと口にする。

モカ

どうしたでしゅか?



 モカちゃんは幾多の視線に揺るぐこと無く大きな瞳をぱちくり。

さ、さっきの。あ、あれ何だったの?


という当然の質問にも、

モカ

あれは、新聞勧誘の人でしゅ♪


 モカちゃんは惑わず応えた。 クラスメイトは皆一様に首を振る。

モカ

なら『すとぉかー』しゃんでしゅ。最近のすとぉかーしゃんは春先に湧くでしゅか? タチが悪いでしゅね。



 なんて言っては座席を背にゆっくりと伸びをしている。戦いの証拠たる犬耳は、頬のススを扇ぐようにゆらゆらと揺れていた。

なら……、


 浪花さんは顔の向きを180度変え、教室前方の大柄な男の子へと顔を向けた。その視線に若干殺気がかったものを感じる。

桜くん。さっきのはいったい……、


壱貫

……あぁ。あれか、



 大柄な男の子『いっくん』は左右の目を指圧し、浪花さんを蔑むように見つめた。

壱貫

あれは、魔法だ。

……魔法、

魔法?

いや、あれは魔法というか……

ま、魔法かぁ?



 皆が頭を抱えている。
 辺りは、うーうーと唸る声に満ち、宛ら何かの病気に感染したような有様だ。

 いっくんは腕を組み瞳伏せている。私には彼の考えていることがいまいち分からない。悔しくて、うーうー、だ。

モカ

……!


 不意にモカちゃんと目が合った。モカちゃんは満面の笑みで私へ手を振った。

 そんなモカちゃんの笑みを前にしたら、何もかもがどうでも良く思えて……、私もモカちゃんに笑いかけた。

なゆた

さっきは、すごくかっこ良かったよ!


 私の言葉にクラスの皆が頷く。

モカ

あやや!


 モカちゃんの、慌て、そして俯き頬を染める姿に皆が爆笑した。みんなみんなが体全身を使って笑った。
 皆のその笑顔は、他のどんな芸よりも心和ますものだと、有り難いものだと、笑顔の中で私は思ったんだ。

なゆた

たっだいまぁ!

モカ

ただいまでしゅ!



 帰宅した私とモカちゃんに応える声が響く。

わんわ!

にゃ~♪

きゃんきゃん!

うにゃ~!

ばうばう♪

にゃ~、にゃ。

モカ

わんでしゅ♪

わんわん、

壱貫

貴様、畜生の分際で俺の頭の上に乗るとは、……殺されたいようだな!

わん?



 この犬くん猫ちゃん達は全て、柊家の一員だったりする。

なゆた

みんなぁ、なゆちゃん帰ったよぉ!



 私の掛けた言葉に再び歓声が起こる。

壱貫

くっ、やめろ! 俺の足を舐めるなパブロフ! やめぬとそのふてぶてしい面を引き裂くぞ!



『パブロフ』とは私の飼っているセントバーナードだ。パブロフが前足をもたげいっくんの膝をぺろぺろと舐めた。

モカ

ぶっち! フリーシーで遊んじゃ駄目でしゅ! 髪の毛カリカリしちゃ駄目でしゅよぉ!



 その反対側、『ぶっち』と呼ばれた猫ちゃんも私の飼い猫だ。彼女はモカちゃんの頭に飛び乗りその犬耳を引っ掻いている。

なゆた

みんなぁ! 整列~!!



 私の声に全ての犬猫、果ては外を跳ねていた小鳥までもが動きを止めた。
 お外の小鳥を含む全ての動物が私の声に応えてくれた。

 これらの動物は皆、(さすがに小鳥は違うけれど)私の家で育てられている子供達だ。私は捨てられた彼らを引き取り、新しい飼い主が見つかるまで面倒を見ている。その数は家の中で可能な限り、というかその上限は既に突破しているのだけど、私は道端で鳴き続ける彼らを見過ごすことが出来ない。結果、その数を日ごとに増やしている。
 私自身、そして真衣お母さんも喜んで行っていることだ。

なゆた

みんな居るね。それではお散歩に行きましょうだよっ!


 私の声に家族が応えた。
 改めて言うことではないけれど、私はみんなが好きだ。家族の一員、守るべき存在だと強く認識している。


 ――見渡す大地は春色に染まっていた。
 緑の草々、その絨毯に犬、猫、小鳥、モカちゃん、いっくんの姿が映えている。
 花が咲きほこる川沿いで私は皆に言葉を掛けた。

なゆた

みんな~集合っ!



 緑が揺れる。子犬が、子猫が、小鳥が、……家族が一斉に駆けてくる。みんなみんなが、私に向かって走り寄る。

なゆた

な、なんと! 皆さんお待ちかねの、おやつの時間なのだぁ!
 わんちゃん組は、こっち。猫さん組は、こっち。あ、あれれ? キミ達もついて来たの?



 わんわん、にゃー、ちゅんちゅん、皆が応える。
 子犬、子猫、小鳥、皆が私を押し倒す。それは花と緑を撒き散らした。家族の笑顔は、……眩しすぎた。あまりにも無垢だった。

 光を纏った家族が緑の中で踊っている。私はそんな皆と光満ちる草原を走り続けた。


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