モカちゃんの赤が大気を駆ける。モカちゃんを阻もうと巨大蟻ロボットが空間に蜘蛛の巣状の網を組む。その網の数は校庭、否冷めた灰色の空間に幾十、その網は増え単位は瞬く間に百を超える。
ところ狭しと張り巡らされた網を掻い潜りモカちゃんが鋭角に抜ける。三次元を『弐』の次元で踏破する。
サトウさんが部下に何かを命じる。コクピット上から手を振ってコンタクトを取っているようだ。しかしモカちゃんの勢いは止まらない。空を駆けながら1つ、逆手の剣で蟻型兵器に蒼い線を引く。
モカちゃんの赤が大気を駆ける。モカちゃんを阻もうと巨大蟻ロボットが空間に蜘蛛の巣状の網を組む。その網の数は校庭、否冷めた灰色の空間に幾十、その網は増え単位は瞬く間に百を超える。
ところ狭しと張り巡らされた網を掻い潜りモカちゃんが鋭角に抜ける。三次元を『弐』の次元で踏破する。
サトウさんが部下に何かを命じる。コクピット上から手を振ってコンタクトを取っているようだ。しかしモカちゃんの勢いは止まらない。空を駆けながら1つ、逆手の剣で蟻型兵器に蒼い線を引く。
瞬きの間に機械が爆ぜる。灰色の爆風にモカちゃんの髪がたなびく。赤き残像を残すように駆け、彼女は再び刃を振るう。
鋭い破砕音が鳴り響く。膨れ弾ける白煙はモカちゃんをコンマ数秒の間だけ隠した。モカちゃんが消えた先には3度目の爆発が立ち上がる。
皆が見守る中、――そこに日常が紛れ込んだ。戦場には相応しくない学ぶ為の制服が爆風に煽られていた。
……小娘。如何な魔法を使ったかは知らんが、この際それは目を瞑ろう。
いっくんが姿を現した。この非日常に臆することなく幾十のロボットの群れへゆったりと歩を詰める。
教室の扉を開け放つ。夢中で走った。転びそうになるけど靴へ半端に足を通し先を急いだ。
勢いを以って走り抜けた先、鉄臭い煙渦巻く校庭に私は辿り着いた。
――俺の学び舎に危害を加える輩を許す気は無い。
や、止めてよいっくん! 怪我じゃ済まないよっ! 死んじゃうかもなんだよ!
目の前には蟻型ロボへ語りかけるいっくんの姿があった。その足は踏みしめるように前へ進んでいる。私の声にも止まってくれない。
いっくんはその手を振り上げた。そこには地面を均すT字型の金属片が握られている。彼の腰程の高さもある校具を鉄の武器として蟻型ロボへ振りかぶった。
――金属同士の衝突に火花散り校具の先が吹き飛ぶ。『トンボ』と呼ばれるそれは半ばから折れ曲がった。誤って落ちた花瓶のように、――それは崩れていく。
あり得なかった。普通の力では弾かれるのが関の山だ。しかし、いっくんには痺れる衝撃すら無いように見える。無茶苦茶だった。
いっくんが『トンボ』を叩きつけたロボットの持ち主、サトウさんの声が響いた。
……貴方、なかなかやりますね。並の高校生の腕力ではない。
見定めるようにサトウさんがいっくんを指差す。
当然だ。並ではなゆたに釣り合わん。俺は何事でも頂点を目指す。阻むものが在れば俺自身の力で乗り越える。
威圧的な眼差しでいっくんはサトウさんを見ていた。その不遜とも思える発言にサトウさんが頷いた。
しかし普通の人間に鋼の巨蟻、時の硬化すら阻むこの兵器を壊すことは出来ますまい。この時代の科学力では尚更です。超越した力の発現体。真紅の狩人が用いる『紅狗(こうく)フリーシー』やこの、……『黒熊(こくゆう)ブロウ』を用いるでもしませんと。
サトウさんが黒毛の耳飾り、クマのそれを懐から取り出す。サトウさんの後方では新たな爆発が起こった。
体育教師が1人校庭の中央で灰色の世界と同化している。彼が受け持っていたであろう生徒は皆が授業を放棄、いっくんを、モカちゃんを、蟻型ロボを指差し騒ぎ立てている。
――皆が見守る中、いっくんは爆風にも揺らぐことなく堂々と腕を伸ばした。
何処の誰かは知らぬが、それを俺に寄越すがいい。
爆風が髪を煽る。減ってゆくロボットの数に焦ることなくサトウさんは答えた。その手に持ったクマ耳は烏羽のようにシットリと輝いている。
しかしこのチカラを手放すこと、それはワタクシ達にとっても色々とマズイわけです。どうしてもと云うなら条件が御座います。
サトウさんはいっくんに体に寄せ、その耳に仮面の口部分を近づけた。サトウさんはいっくんにナニカを吹き込んでいる。
……そんなことか。気には食わんがこの際嫌とは言えんな。で、使い方は如何なものだ?
サトウさんはいっくんに問うた。質問に答えるでなく問いかけた。凛と響くその声は私の耳にもはっきりと届いた。
貴方、クマは好きですか?
爆発の只中、黒服のサトウさんを見、いっくんは逆に問いかける。幼子のようにその瞳が輝いていた。
そのクマは、強いのか?
その問いにサトウさんは答えない。サトウさんの胸元の黒い付け耳が答えていた。
【わたし? 強いわよ?】
いっくんは更に問いかける。私が見つめたいっくんの瞳はいつにも増して煌いていた。
一番か?
クマ耳に付いた黒い輝石が闇色の輝きを放つ。
【当然ね】
いっくんも満面の笑みで応えた。一列に整った歯を大気に晒して微笑んだ。
なら、問われるまでも無い。
クマ耳と輝石はサトウさんの手からいっくんの手に移り、その黒の輝きを強くしていく。
【あなた、名前は?】
クマ耳の問いにいっくんの指は空を射した。
……桜壱貫。一番を名乗る男だ。
空ではひと際強い光が起き私達を覆った。
小娘と同等、否それ以上の力を寄越すがいい。
【おーけー。一気に片付けちゃいましょ】
いっくんの額に巻かれた付け耳は溶けるように黒のバンダナへと形を変える。黒い輝石は漆黒の篭手と成りいっくんの右腕を覆った。その先から鋭い鉤爪が伸びていく。
部長、引いてくださいっ! っていうかなんで漆黒の女神『黒熊ブロウ』を渡しちゃうんですか!
そうよそうよ! 部長はいつもそうなんだから! 誰彼構わず塩贈っちゃって。事後処理するの私達なんですからねぇ~!
サトウさんの部下?達がスピーカー越しに多々の不満を訴えている。私が同じ立場でもいきなり敵?に武器をあげちゃうなんてやっぱりおかしいと思う。しかもその相手が自分へ刃を向けていれば尚更だ。
大地に根付いた黒い凶器、桜家のいっくんは巨大蟻型ロボットへ視線を向ける。私が見つめる先にはいっくんのしたたかな笑みが在った。
スズキ、ヤマダ、その他諸々、強制転移っ!!
――破砕音が奔る。――沈むような炎上音が響いた。
サトウさんの声といっくんが描いた鉤爪の円舞、どちらがどれだけ速かったのだろう。灰色の世界を動ける何人が確認出来たのだろう。
私が確認出来たのは虚空を描く巨大な黒い旋風、それだけだった。
【3,2,1,】
フリーシーのカウントが響く中、一際激しい瞬きが起こる。
【0.Afterburst!】
一瞬。灰色の世界で起きた真っ赤な爆風が、いっくんを照らしていた。
世界と共に色を取り戻す校庭、そこに笛を鳴らす音が響きわたった。しかし体育教師が鳴らしたソレにだれ1人として応える者は居ない。校内、校庭、辺りを覆う子供達が一斉に吠えたんだ。
モカちゃん、そしていっくんが歩んでくる。
2人は瞳を交えることなく色付いた大地を闊歩した。
小娘。一言言っておく。
いっくんは先を歩くモカちゃんへ言葉を放った。
なゆたも世界も、全てはこの俺のものだ。
……べぇ、でしゅ♪
モカちゃんは振り返り、黒き戦士へあかんべぇ。 きびすを返して私の方へ駆けてくる。
――世界は赤い戦士に続き黒き戦士を産み落とした。2つの色は交わるのか、分離するのか解らない。
ただ、
……。
2人は私『柊なゆた』を観て微笑んでくれた。幾百、幾千の人達に埋もれても見失う事無く私だけを見ていてくれた。……柊なゆたに向かって微笑んでくれたんだ。