見下ろした校庭に蟻型ロボが立ち並ぶ。
それらはこの桜坂西高校に群れを成して攻め入った。
世界は色を無くし、私達子供と蟻型ロボ以外の活動を封じているようだ。
見下ろした校庭に蟻型ロボが立ち並ぶ。
それらはこの桜坂西高校に群れを成して攻め入った。
世界は色を無くし、私達子供と蟻型ロボ以外の活動を封じているようだ。
真紅の狩人。今回はワタクシ達のお話、是非とも聞いていただきますよ!
サトウさんが赤い角の付いたロボットからモカちゃんを指差す。
3階教室のベランダから全てを見下ろすようにモカちゃんが立っている。
クラスメイトの1人が黒板の前に立つ教師、その丸眼鏡の上から手を翳し反応を確かめていた。初老の教師は瞬き1つ行っていない。灰色の世界、その一部と為っているのだろうか。
いいかげんにするでしゅ! 話も何も、蟻さんぞろぞろ連れてきて説得力無いじゃないでしゅか!
モカちゃんのいう事は尤もだ。
し、しかしですね……、
問答無用でしゅ。行きましゅよ、ふぃーしぃ!
【Yes,master!】
サトウさんの言葉に耳を貸すことなく、モカちゃんが宣言を下す。剣の輝石『フリーシー』が後に倣う。
何これ?
特撮番組の収録?
あのおっさん誰だ?
色々な憶測が辺りを飛び交っている。
視線を窓際に移す。
モカちゃんはベランダの淵に危なげなく立っていた。頭部にある赤のリボンはゆったりと宙を泳ぎ、その前には犬耳が切り立つようにそびえる。
一瞬の後、その身体は戦闘態勢を整えた。
白銀の胸当て、真っ赤な篭手、右手に構えたのは一振りの蒼い刀身だ。
今日はただの入学式だったはず、……なんだけどなぁ……、
……そもそもどうしてこんなことなったのだろう?
意識を少しだけ巻き戻した。
皆さん、この度はこの桜坂西高校にご入学おめでとう御座います。私達はあなた方新一年生の参入を心から歓迎しています!――
午前9時きっかり、体育館の壇上から生徒会長がその白い歯を光らせている。
先達(せんだつ)の青白いツラは『柊なゆた花嫁計画』の脅威に成りえるだろうか……?
へ。な、何のこと?
モカちゃんと出会って2日後の今日。高校生活の第一業務たる入学式がやってきた。
左隣りに座る幼馴染、桜壱貫(さくら いっかん)の声が耳に届く。私は緊張で未だ膝が震えている。
右隣りからは可愛らしい声が耳をくすぐった。
なぅ。こゆ時は手に『犬』って書いて飲むといいでしゅよ♪
一、二、三、四……。震える身体を抑えつけ、私は左手のひらに『犬』を書く。手を翳し、……飲み込む。
って、なんで犬かなぁ!
小声で唸った私に、モカちゃんが優しく微笑みかけた。私の目の前、30センチ程先にはモカちゃんの薄紅色の頬がある。
……整った顔立ちに長いまつ毛、小さな鼻、淡いピンクの唇、それはまさに美術品のようだ。
思わず見惚れてしまう。やっぱり何度見ても彼女、犬耳のモカちゃんは抜群に可愛かった。
入学式が始まる前、登校の最中から自分を突き抜けるような視線を私は幾度も味わっていた。
制服の塵を払う幼馴染『いっくん』に話しかける。
も、もしかして、モカちゃんにみんな、み~~んな注目かなぁ?
『いっくん』は大きく嘆息した。腕を組み替え彼は答える。ハの字に開いた股下はどことなく凝視し辛い。
そうらしいな。こんな小娘の何処がいいのだか……。俺には理解出来んが。
憎々しげに鼻を鳴らしている。
実はモカちゃんといっくんの出会いにはちょっとした逸話がある。
先日『いっくん』に買い物を付き合ってもらった時のことだ。
私の春服を選ぶ為に3人で買い物に出かけた。それが初対面だった『いっくん』と『モカ』ちゃんはお互いにどこか交わらぬ空気を感じ取ったのだろうか? 互いを牽制しつつも、店内でモカちゃんは緑のキャミソールを、いっくんはピンクのカットソーを推してくれた。私は悩んだ末に決定を2人に委ねたのだけど、それがよくなかったのかもしれない。2人は各々の主張をしきりに訴え、口論に発展した。それでも結論は出ず、今度は路上での取っ組み合いが始まってしまった。
お互い大した怪我も無く終わったのだが、焦点となった2つの衣類はぼろ布と成り果てた。野次馬が群がる中、私以下2名、店から来店拒否を仰せつかったのである。
そう。この2人はお互いに出逢いの印象が最悪だったのだ。
頭を抱える私の隣で手を打ち鳴らす音が聞こえる。
そうか。こやつ魔法を掛けたのだな! 己の魅力の無さに業を煮やしたのだ。
飄々とした現状から時を窺い、満を期してその耳に秘めた魅了の魔法を解き放ったのだ。それは下々を己の虜にさせ、後々の世で反逆の牙を向くのであろう。
ということはあの耳は肉食獣のそれに違いない!
愉快愉快!
声を上げるいっくんの肩を先生が叩いた。のだけれど、
分かった、分かったぞっ!
興奮を露わにする『いっくん』、その大柄な体躯を止める事が出来ず、先生は目で助けを求めている。
はあぁぁぁ。……だよ。
長く息を吐き出す。壇上、御高説を宣う教頭先生の前頭部を眺めてみる。
うん。ちょっと、……眩しい。
名は桜壱貫(さくら いっかん)。憧れるは日本一の男児、志麻健三郎。己が成るは世界一の漢なり。将来は柊なゆたを幸せにする。それが本懐と云えば本懐!
入学式を終えて教室ごとのホームルームが始まった。前述は出席番号11番、桜壱貫こと『いっくん』のものだ。いっくんの自己紹介にクラスメイトの表情が和らぐ。その逸脱した物言いに便乗し何人かが談笑している。いっくんは左右のクラスメイトと固い握手を交わしていた。
そして、――佐藤邦弘、竹内由美、田中正宗、と休み無く続き、ついに『柊なゆた』の番が来てしまった。
いっくんの発言と場の穏やかな空気のおかげで、私に先ほどまでの緊張は無かった。あの『犬』のおまじないが効いたのかもしれない。
柊なゆたです。う~ん、趣味は読書かな? 運動も大好き! 動物も大大だ~い好きっ!! 皆さん、不束者ですが今年1年『柊なゆた』を宜しく!
ちなみに、いっくんは私の幼馴染で在って、旦那様ではないのです。以上!
クラス内が笑いで満ちた。額を押さえる『いっくん』が前後のクラスメイトにつつかれている。しかし『柊なゆた』の物言いなんて物ともせず跳ね除けるのが、桜壱貫が幼い頃から桜壱貫である所以なのだと思う。
異議有りだ!
叫んで彼は立ち上がり、
なゆた、今日の帰りに苺堂のダイナマイトミックスパフェをどうだ?
指を2本、人差し指、中指の順で立ち上げる。それは勝利のサインでは無く、
『パフェ2つまでなら出そう。だから少しは考えてくれ』
そういう意味合いではなかろうか。
私は彼に向かって指を1本立ててみる。
『1つでいいよ』では無く。
『なら、こうしよう』という譲歩の意だ。
じゃあ、いっくんを幼馴染その1から彼氏さん候補その1に昇格してあげよう! パフェ、忘れちゃ嫌だよ?
皆さんこんなお馬鹿な私ですけど仲良くしてやってください! 今度こそ、以上!
前に座る友人ごと机を張り倒し『いっくん』は力瘤を作った。前後左右の友人から身体を叩かれている。そして対象となった私にも盛大な拍手が送られた。それはそれで恥ずかしい。
そして、――お次はこの人。皆の視線を一身に受けての起立だった。
『柊モカ』ちゃん。私の姓を借り束の間の転入手続きを経て、入学式に登場したツワモノだ。指定の制服に身を包み、小さくも整った容姿、頭上でたなびく犬耳を引っさげての出陣なのだ。
柊モカでしゅ。趣味は読書と練武。今年1年宜しくでしゅ。
ちなみに『なぅ』は『いっか』のじゃないでしゅよ。ボクのでしゅからね♪
出陣して早々、犬耳の騎士は雄雄しき巨漢に挑みかかった。ちなみに『いっか』とはもちろん、
なゆたの手前、今まで事を荒げるつもりは無かったがよくぞ言った。この場でケリをつけてやろう!
彼、通称『いっくん』のことである。いっくんは喧嘩上等といった様子で席を立ち、拳を鳴らしている。
喉の深いところから息が漏れる。
……私は思うのだ。いっくん、モカちゃん、この2人と出会ってから、私の周りから平穏が消えたんじゃないか? って。
静まり返った室内へ担任の高藤先生の声が分け入った。
柊モカさん。決着は二人で決めるとして、だよ。本校では付け耳というものは認められていないんだ。もし、特別な意味があるなら聞かせてもらえないかい。
いっくんの視線に脅えるでなくモカちゃんは教卓の高藤先生へ向き直った。
恐怖ではなく、未練に似た眼差し、その色香さえかもし出す視線に思わず見惚れた。
これは、
一息、モカちゃんはかすれた言葉を吐き出した。
この犬耳はボクのお母さんの、たった1つの、……形見なんでしゅ。
その姿は儚くて、守ってあげたくて、それには何をどうすればいいのだろう! って、どうしてあげればこの子は笑ってくれるのだろうか? って、
私はただただモカちゃんを想った。
その時、私の脳にナニカが映った。
【――ね、まあ……。――】
それはザラッとしていて、それでいて懐かしさを覚えるような2人の親子の絵だった。
おい、あれ何だよ?!
誰だ、あのおっさん?
ろ、ロボット? な、なんで!
意識を戻すと、教室内、そして他の教室からもざわめきが起きている。窓から顔を突きだした。
真紅の狩人。いらっしゃいますかぁ? いらっしゃいましたら、当方サトウタカシまで至急連絡を頂きたく――
そこにはあの『サトウ』さんが居た。そして以前見た蟻型巨大ロボが後に連ねている。
モカちゃんを振り返ると、その頭部にある犬耳が吠えるように逆立っていた。
ふぃーしぃ。行くでしゅよ。りみっと20
【Yes,master! Limit20,afterburst!】
空から届いた『フリーシー』の声で世界は替わった。お日様を浴びていた現代日本が色褪せた鈍色の空間へと変わり果てたんだ。
……!
ベランダの柵にモカちゃんが飛び移る。そこに儚い、寂しげな少女は居なかった。灰色の世界に燦然と輝く戦士の姿が在ったんだ。