シェルナ

護るっ!

グスタフ

レナ様、
棒を持てば私が容赦しない事は
覚えておられますね。

シェルナ

望むところ!

 リュウ達の回復をさせまいとグスタフは前進するが、シェルナが立ちふさがる。



 言葉どおり、シェルナに対する苛烈な連撃を繰り出すグスタフ。それを防御するのがやっとのシェルナ。だがその時間は、僅かとはいえリュウ達を回復させるには充分なものだった。

タラト

マ、モ……ル……

グスタフ

僅かばかりの回復で
どうにかなると
思っているのか。

シャセツ

これで最後だ。

リュウ

全員でかかれ!

グスタフ

同じことだ!

 真っ先に放ったタラトのパンチは捌かれ地面に叩きつけられる。リュウが両腕でガードしながら突進し、シャセツは斜走して違う角度から仕掛ける。シェルナが繰り出した突きを避けたグスタフは、濁流の如き勢いで棒を振り回す。リュウ・シャセツとも捌かれるのを警戒した攻撃だったが、まとめてそれをくらってしまった。

 だが、タラトが直ぐに飛び起きグスタフに食らいつく。ダメージがないわけではない。それどころか、普通の兵士なら起き上がれぬ程のダメージを耐えているようだ。

 タラトの起き上がり際のパンチは、初めてグスタフに捌かれず防御させることに成功した。



 傷付いた身体といえ、タラトのパンチの威力は並外れている。それを吸収出来ずに防御した為、グスタフの身体が少し浮き上がる程だった。



 一瞬。一瞬と言えるが初めてのチャンス。

 その時、全員の耳に走り抜けたのはシェルナの声だった。

シェルナ

ハルッ!!
今だよ!!

 千載一遇のチャンスを待っていたらしいハルを、視界に入れようとするグスタフ。今迄手出しをしなかったのは作戦であり、意識をそらさせる為と、グスタフは認識していたからこその反応だ。

 足が地に付き、グスタフの視界に完全にハルが掌握されてしまった。

ハル

ヘクショイ!

 遠巻きに見ていた初期位置から微動だにしていないハルは、くしゃみをしていた。

 目を剥くと言う表現がピタリと当てはまるグスタフ。

 その軸足を払ったのはシェルナのロッズステッキだった。完全に意識の外からの攻撃。転倒を余儀なくされたグスタフの首元で、ロッズステッキがグスタフを制していた。

グスタフ

全員を相手と言うのは、
思い上がりが過ぎたようです。

グスタフは地に倒されたままで、シェルナに言葉を掛けた。

 ゆっくりとロッズステッキを引くシェルナは、憂いなき眼差しで言葉を返す。

シェルナ

心配ばかりかけてゴメンなさい。
帰らなきゃいけない事は
充分わかってた。
でもここで投げ出したら、
レイマールに帰っても
半人前の仕事しか出来ないよ。
それを教えてくれたのは、
ここで出会った人達。

グスタフ

どうやらそのようですね。

 グスタフの視線はリュウ達に流れる。

シェルナ

さっきも言ったけど、
デュランの事も
レイマールの事も、
グスタフ、あなたの事も大切。

シェルナ

そしてここで出会えた仲間達も
とっても大切な人達。
私を一人の人間として
大きく成長させてくれる人達なの。
私は……レイマールに戻った時、
胸を張って国民の前に出たいの。

グスタフ

レナ様…………

 凛としたシェルナの声は、その場に居た者の心をとらえた。ここでグスタフと遭遇した時、後ろめたさを感じていたシェルナはここにはいなかった。

シェルナ

共に訓練を受けて卒業の頃に、
教官にイタズラをして
卒業が延期になった人達。
同じ頃に卒業した、私よりも
ずっとずっと頼りになる人達。
先輩冒険者の人達は、
とても厳しくて
大変な事も沢山あったけど、
それ以上にあったかいの。
場長は優しいお爺ちゃんだし、
マスター・リーベは
凄く素敵な方なんだよ。

 リュウは、リーベの名前を聞いたグスタフが僅かに反応を見せたのを確認した。

 立場上、当然王女を連れて帰らなけれはいけないグスタフ。だが、かつて自分が世話をしていた少女の成長は、覆い隠せない事実。

 ふと気が付くと、グスタフが連れて来た兵士達がシェルナに敬礼している。自分の仕える国家の王女の真摯な姿勢に心打たれたのだ。表情も誇らしげで、タラトやシャセツにつけられた傷も爽やかにさえ見える。



 立ち上がり埃を払うグスタフは、少し棘が取れた雰囲気を表しながらも、堂々とした声を発した。

グスタフ

マイデアルタ殿(リーベ)と
ヴァルガ様(場長)の
御教導ならば、
間違いはありません。
私の心労は、
春の陽射しを受けた
雪のように溶けました。

 その言葉を聞き、シェルナは勿論、リュウ達に歓喜が沸き起こる。

グスタフ

しかし!
条件が御座います……

 言葉の後にひと呼吸置くグスタフ。

グスタフ

……私にも何か
協力させて下さいませ。

 今日初めて見せるグスタフの笑顔は、シェルナの知るグスタフそのものだった。

 リュウ達が知らなかったその笑顔を受け、シェルナは答える。

シェルナ

ありがと……グスタフ。
でも大丈夫♪
私はシェルナ=ガブリエル。
どこにでも居る一介の冒険者よ。
レイマールからの
特別な援助とは無縁なの。

 元気満々の天使の微笑みは、周囲の者に希望をもたらす。



 グスタフもリュウ達もその微笑みを浴び、まだ見ぬ未来に、光が指す思いを感じた。

 ~兆章~     99、一介の冒険者

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