――この男は自分達より強い……。
迷宮で腕を磨いてきた自分達よりも強いのだ。認めざるをえない……。タラトは又、立ち上がろうとしていたが、シャセツがグスタフに相対する。
――この男は自分達より強い……。
迷宮で腕を磨いてきた自分達よりも強いのだ。認めざるをえない……。タラトは又、立ち上がろうとしていたが、シャセツがグスタフに相対する。
おい、こっちだ。
グスタフの周囲を回るようにステップするシャセツ。さらに加速からの接近でフェイントを織り交ぜた攻撃。それは全て見破られ、本命の下段蹴りはタラトと同じく捌かれてバランスを崩される。シャセツの大きな隙に目掛けて、グスタフのお手本の様な下段蹴りが繰り出される。
衝撃音が走った。
それはリュウが身を挺して防御した音。防御体勢に入っていたリュウは下段蹴りを堪えた。
ッシッ!!
リュウの肩に足を掛け頭の上を越えたのはシャセツ。すかさず刺すような飛び蹴りでグスタフを狙ったが、片脚だけを使う体重移動で回避される。グスタフの回避は反撃に連動していて、そのまま掌底の照準をシャセツの背中に絞った。
だが、その照準が外れる。シャセツは飛び蹴りの回避を予測しており、蹴り脚を振り子のようにして、逆の脚による回し蹴りを出した。流石のグスタフも、これにはガードしか出来ず二三歩後退させられた。
面白い動きをするな。
チッ。
一気に行くぞ!
ガァッ!!
チャンスと見てリュウも攻勢にまわり、シャセツと同時に攻撃を仕掛ける。だが、連打の応酬による格闘の末、リュウが横蹴りで飛ばされ、シャセツは掌底を胸に受けタラトを巻き込み倒された。
や……野郎……
グ…………
強い……
明らかだった。この男は格上。実力を認めざるをえない。それが突き付けられた現実だ。だがリュウ達はここで引くわけにはいかない。
次の打つ手を決めかねているリュウの耳に、グスタフの深沈たる声が響いた。
どういうおつもりですか?
レナ様。
グスタフに圧倒されていて、その背後にいるシェルナに気付かなかった。決意ある眼差しで、低く腰を落としシェルナがロッヅステッキを構えている。迷宮の魔物と対峙する時と同じ構え。
今、気付いたよ……。
大切なものを……。
王宮の事も、
デュランの事も大切。
だけど皆の事も、
同じくらい大切だって。
深く息をするシェルナは構えを更に深くする。
いずれ別れの時は来ます。
それが早いか遅いかの違いです。
今!
一緒に居られるこの今が、
かけがえのない時間なの!
長くなればなるほど
別れが辛くなります。
グスタフの真剣な声に、かぶりを振るシェルナ。二人の間に、相手を思うが故の、胸を締め付けるような感情が湧き上がる。
シェルナは昔のことを思い出していた――。そしてその思い出を口に零し、辿った。
――グスタフはシェルナの世話役だった。
机に向かうより太陽の下を走り回るのが好きだったシェルナ。勉強中、グスタフを困らせることなどは日常茶飯事だった。
そして護身術は王族の嗜みなので、グスタフは剣の扱いを手解きする指南役でもあった。
シェルナは剣術も好きな方だったが、とある他流試合の時にグスタフの棒術に魅せられ興味を持った。そしてグスタフに基礎を習い、それなりの形になってきた頃、外交官としてグスタフが引き抜かれてしまったのだ。
優秀な外交官が病気の為、急死。当初、重要な外交案件が複数あり、優秀な人材が必要だった。つまり、その能力の高さ故にグスタフはシェルナの元を離れることになったのだ。
そして世話役を解かれた日――。
城の庭に咲くマリーゴールドの花弁を散りばめた様な夕日が、頬を伝う雫をオレンジ色に染めていた。
私は何処にいても
レナ様の味方です。
国家に忠誠を誓い働くのも、
全てレナ様の為にと
思えるからです。
それを忘れないで下さい。
夕日を背に浴びたグスタフの顔は、影になっていたが微笑みを携えていた。
今でも覚えてる。
あの時のこと……
――冷徹に見えるグスタフ。
だが、何より自分の事を思っていてくれる。それを重々知るが故に、シェルナは葛藤していたのだ。
いつか別れが来るとしても、
その時は笑ってお別れするよ。
充分に考えられます……
死別が。
それでも笑っていられますか。
誰も死なせたりしない!
私が護ってみせるよ!
迷宮とはレナ様が思うほど、
甘い場所ではございません。
絶対に護る!
デュランも探し出すっ!
…………
どうあってもお聞きになって
頂けないなら仕方ありません。
人を護るとおっしゃられるなら、
相応の実力が必要です。
……久しぶりに
お稽古の時間としましょう。
近くにいた兵士から槍を受け、地面に転がっている槍に切り付ける。適度な長さの棒が出来上がる。即席の棒に持ち替えたグスタフは、両手を使いリズミカルに振り回してみせた。
傷ついたリュウ達に背を向け、シェルナに一礼するグスタフ。
懐かしい……。
懐かしいね、グスタフ。
そう言って、レイマール王城の中庭の風景を思い出すように口にした。
整然と植えられた色とりどりの草花。
風は心地良く髪をなびかせ、
頬を撫でていく。
夏の暑い日差しも
涼しく感じさせてくれる噴水が
キラキラと光を反射する庭園。
今となっては懐かしい故郷の景色。
その全てが煌いてる。
そしてシェルナは、
グスタフに敬意を込めた礼を返し、
ロッヅステッキを構えた。