「このお方はレイマール王国の第一王女、

レナ・ユーシス=レイマール王女。

お主達市井人が気安く話して良い相手ではない」

 グスタフの表情は冷静と真剣そのもの。シェルナから否定の言葉もないので嘘とも思えない。

シェルナ

皆……、ゴメンね……。
今迄黙ってて

 いつも元気印のシェルナが、小さくなりリュウ達に頭を下げた。

リュウ

身の上を話すかどうかは
本人の自由だ。
謝る必要なんてない。
だけどこれからどうするんだ?

 リュウが全く動じず、質問を投げ掛けた。

シェルナ

やっぱりレイマールに……
レイマールに戻らなきゃ。
沢山の人に
心配掛けてるだろうし……

 自分が勝手に城を飛び出して来て、大勢の人に迷惑も心配もかけているのは事実。これ以上、自分勝手には動けない。

 シェルナは無理をしている様な笑顔でリュウに返答した。



 その言葉にハルが驚いた声で聞き返す。

ハル

えっ!? 戻る!? 
えっ?
これなんかの冗談
じゃないんすか?

 一歩前に出たハルに反応して、槍を持った兵士が動く。シェルナとグスタフの元に行けないよう道を塞がれた。

グスタフ

レナ様。
後の事はこのグスタフに
お任せを……。
通りに馬車を待たせております。

 スマートかつ堂々としたグスタフの誘導に、シェルナは迷いながらも身体をその方向に向ける。

シャセツ

デュランとかいう奴は
どうするんだ?
他人任せか?

 シャセツが珍しく他人の事情に首を突っ込んできた。いや、初めて見るかもしれない。シェルナから見て、ほぼ真横に身体を向けているシャセツだが、刺すような眼光はシェルナに向けられていた。

グスタフ

王には王の責任がある。
お主達には
到底理解出来ぬ程の重責がな。

シャセツ

俺はお前に言っていない。
シェルナ……、
俺の問いに答えろ。

シェルナ

…………

グスタフ

レナ様、もうお忘れ下さい。
ヒースニーズ小隊長は
必ず捜し出します。
この私めがレナ様との約束を
反故にした事がございますか?

シェルナ

グスタフ…………

リュウ

シェルナ。
後悔してしまうかどうかで
決めたらいいんじゃないか?

グスタフ

いい加減にしろ。
青臭い事をベラベラと。

リュウ

シェルナは俺達が護る。
約束してもいい。
好きなように
させてやればどうだ?

グスタフ

笑止。お主達との約束?
戯け共(タワケドモ)が
束になっていても、
何の保証にもなるまい。

リュウ

信じてくれ。

グスタフ

お主が仮に、
聖人に値する人格者でも、
レナ様をお預けするなど出来ぬ。
……もうよかろう。
これ以上、
レナ様に干渉する事は許さん。

 グスタフの言葉の間は、強固な意思の中に不思議な悲哀を感じさせた。

シャセツ

許されなかったら
どうされるんだ?

 シャセツが好戦的な言葉を放った瞬間、グスタフが右手を天に掲げる。すると、周囲から兵士が七人現れ、一斉に槍をリュウ達に向けた。

グスタフ

レナ様を
お守り出来るというなら、
これくらいの人数
何でもなかろう。

リュウ

ああ、そうだな。
こっちも二人で充分。

グスタフ

捕らえよ。命は奪うな。

 リュウの返答を待たずに、グスタフが合図の言葉を発する。兵士達は一斉に動き出し、二人一組でリュウ達に襲ってきた。



 ハルとリュウは、初撃をバックステップで躱す。その頃シャセツとタラトの脇には、それぞれ二人の兵士が倒れていた。

ハル

早っ。
こりゃあ、
お二人にお任せっすね。

 槍を向けられているとは思えぬ緊張感でハルが呟く。

リュウ

おい、あんたら。
あいつら二人はおっかねぇから
降参した方がいいと思うぞ。

 やはり槍を向けられているリュウが、相手の兵士を本心から気遣っている。

 兵士達はそれを聞き入れる訳もなく、グスタフの側にいた兵士一人も加え、五人でタラトとシャセツに一斉攻撃を仕掛ける。

 シャセツは一瞬で二本の槍を宙に舞わせ、タラトは二本の槍を踏み付け叩き折る。
やけくそ気味にタラトに突っかかるもう一人の兵士が、タラトの前蹴りで遥か後方に吹っ飛ばされた。

ハル

あれは
三日メシ食えねぇやつっすね。
名付けて断食ック。

 ハルが飛ばされた兵士に手を合わせ、拝みながら言った。

 飛ばされた兵士の先にはグスタフが居る。グスタフは右手を斜め下に振り、攻撃中止の命令を出す。兵士からは僅かにだが、安堵の息が漏れた。

グスタフ

ほぉ、
思ったよりやるではないか。
だが、所詮は力任せにすぎぬ。

 グスタフが法衣を脱ぎ、槍を折られた兵士に渡す。手出し無用とだけ伝え、タラトの前に堂々と立つ。袖を丁寧にまくりあげ、幾つかのボタンをゆっくり外していく。そして視線だけで、タラトにスタートの合図を送った。

シェルナ

二人共止めて……

 シェルナが泣きそうな声で静止させようとしたが、タラトはもう止まらなかった。



 一直線に間を詰めダッシュの勢いを乗せたパンチ。それがグスタフに当たったと思った瞬間、タラトは宙を一回転して地面に叩き付けられた。

タラト

グ……、ゥグ……

 我が目を疑ったのはリュウ達。少し遠目に見ていて、タラトが一本取られるとは思ってなかったからだ。

 余裕綽々のグスタフは、リュウ達に言った。

グスタフ

私を只の文官と見ていては
痛い目にあうぞ。
なんなら全員で
掛かってきてもよいがな。

 挑発的なグスタフに対してシャセツが動こうとした時、タラトが立ち上がる。目付きが先程と変わっているタラトは、渾身の力を込めた前蹴りをグスタフに繰り出す。

 先程、兵士を吹き飛ばしたその前蹴りは、烈火の勢いで空を食い、グスタフの手でバランスを崩される。

グスタフ

初撃の勢いにも勝る攻撃。
取り敢えず
タフさだけは褒めてやろう。

 言葉と共に、バランスを崩し大きく隙を作らされたタラトに、中段の掌底が繰り出される。音もなく腹にめり込んだ掌底は、タラトをもう一度地面に叩き付けた。

 ~兆章~     96、スタートの合図

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