ブラック・ダド

大丈夫だ。私がきっと救ってみせる!



 炎の中、荒く息をする彼によってボクは運ばれた。彼の背で揺れに揺れた。

ブラック・ダド

絶対に救ってみせる!



 一度降ろされ車体の中へ。いつしかボクは高い空を飛んでいた。

【2034年、アラスカ『ホーム』。グリーン・ブラザー】

 施設の培養液の中で目を覚ました。見覚えのあるガラスの筒が幾つか見える。此処はアラスカの『ホーム』だろうか?

 手足は動かなかった。片目も視力を失っている。匂いを感じることも出来なくなっていた。

 見下した容器の下部には『ブラック・ダド』が居る。

ブラック・ダド

絶対に、絶対に救ってみせる!



 彼は白髪の混じった頭髪を掻き毟り、必死に電子パネルを弄っていた。

 幾ほどの時間が経っただろう。眼下には『ボーイ』の姿が見えた。

レッド・ボーイ

――大丈夫だ『ブラザー』。お前を選んでくれた父さんだ。絶対に、絶対にお前は助かる! 安心して眠っていろ!



『ボーイ』が去っていく。一瞬ごとに記憶は飛んだ。気が付くといつも『ダド』がボクの前でパネルを弄っている。その隣へ今度は『ガール』がやって来た。

ピンク・ガール

……言ったっけ。あんたに。



【――何を?】

ピンク・ガール

あたし達3人、みんな拾われっ子なんだよね。『ボーイ』も『マム』も『ガール(あたし)』も、みんな、みんな『ダド』に拾ってもらったの。何も持たないあたし達を、『ダド』は選び拾ってくれたの。



【――ジャンク、なのか? キミ達は】

ピンク・ガール

まぁ、あんた達の言葉を借りるなら、そうなんだろうね。別に恥ちゃいないけどね。まぁ、あんた、選ばれたんだよ『ダド』に。だから、



『ガール』は、こつん、とこの容器を叩いて言う。

ピンク・ガール

安心しなよ。『グリーン・ブラザー』



 その後、照れくさそうに頭をかいて『ガール』も去っていった。

 記憶は飛び、どれだけの時間が経過したのか解らない。パネルを叩く『ダド』の姿ばかりが眼に映った。

 全てに感謝しか無い。

 しかし、――――ボクの培養は成功しなかった。

『ダド』がボクに懺悔する。一因に『ペスト』の浸食が大きい、との事だ。

 ボクは言った。言葉にならないけど。必死に訴える。

【――別にボクは生きていたくない。薄汚い『ヒト』として生きるなら死んだ方がましだ!】

 外れた顎で懸命に意思の伝達を試みる。

『ダド』はボクの目をずっと視ていた。助かる事の無いボクをずっと。泣くことも無く、ずっとじっと、ボクを視ている。

 この場から去った『ダド』はボクの前に小さな基盤を持ってきた。

 首を折り悔しそうに俯いて、

ブラック・ダド

……この身体で許してくれるかい?


と、ボクへ深く、深く頭(こうべ)を下げた。

『ダド』の挑戦は続いた。『ダド』は頭が良い。けれど電子工学の専門家では無い。

『ダド』は本を片手に基盤を睨む。電子ペンで細かい回路と格闘を続ける。

 その間、ボクは『ガール』に訊ねた。培養液の器の中、崩れた口角を必死に動かし1つだけ。

【――マムは?】

と。『ガール』は苦々しく微笑むだけだった。

ピンク・ガール

『マム』は、『奈夢(なゆめ)』を殺されて戦意喪失。それを誤魔化すように職務へ没頭してるよ。あんたの事を話したらもしかしたら変わるかも? 伝えようか?



 ボクは首を振った。支点を持たずに、ただ液体の中を回っただけだけれど。

ピンク・ガール

あっそ。



 自嘲気味に笑い『ガール』は去っていく。

『ボーイ』が来て教えてくれた。彼は首の後ろを掻きながら話した。

レッド・ボーイ

『マム』のインコ『奈夢(なゆめ)』はフォーチュンに殺された。クレーン射撃、と称してヤツに撃たれた。あいつが騒ぎを起こした前の日の事だ。それからアイツの討伐に『ダド』が向かい、後は知ってるよな。



『ボーイ』は真剣な眼差しでボクを睨みつける。容器下部のパネルに手のひらを押し付け、懇願した。

レッド・ボーイ

おまえ、『マム』のチカラになってくれないか? ……いや、これは俺が言う事じゃないな。今のは忘れてくれ。
『ブラザー』もし、もし体が元に戻ったら、また一緒にゲームしようぜ! 楽しみにしてる!



 片手を挙げて『ボーイ』も去っていく。

『ダド』は気付くといつもボクの管理をしていた。きっと職務を皆に任せているのだろう。『ダド』はボクの身体の事ばかりを考え、行動してくれた。

 そしてボクは『ブラック・ダド』自らの手で、

 ――『不細工な電子チップ』へと生まれ変わった。

 身体の全てを失った。行動することも出来なくなった。その代わり、回路と目、耳、そして電子音声を手に入れた。

 全て『ダド』の手作業によるもの。彼の手でボクは1つの命へと変わり果てた。

ブラック・ダド

『ブラザー』。私はキミを『王留』の核(コア)に移そうと考えているんだ。どうだい? 世界最強のチカラの源(もと)と成るのは。そうすれば、キミはどんな敵にも、どんな不条理にも負けることは無くなる。最強となれる。



 有難い申し出だけどボクは断った。そして彼に願った。

【父さん】

ブラック・ダド

なんだい? 『ブラザー』



【ボクを、ふかふかの『ぬいぐるみ』の中に容れてくれないかな?】

ブラック・ダド

何を言っているんだい。キミは唯一無二の存在に成れるのだよ? 人形の中に入ってどうす……



 父は気付いてくれたみたいだった。

ブラック・ダド

……そうかい。キミが望むなら好きにするといい。一番可愛い、世界一ふかふかな、『インコ』の身体を用意しよう。

 ――数日後、ボクは特注のふかふかモフモフの『緑色のインコぬいぐるみ』に入り、『ダド』の手で『マム』の元へと届けられた。

【――やぁ♪ はじめまして!】

 初め、『マム』はゴミを見るような目でボクを視ていた。

【ボクは世界一賢いインコさ♪ よろしくね、『パープル・マム』】

 机を挟んで向き直り、凛とした姿勢を保ちながら彼女は言う。

パープル・マム

……『ダド』ね。アナタ、あの子の代わりとして来てくれたのでしょうけど、無駄よ。あの子の代わりなんて誰も出来ない。どんなに時間を経てもアナタがあの子の代わりになることは無い。……消えなさい。

 ボクは丁重に、梱包に梱包を重ねて『ダド』の元へ送り返された。

 更に翌日、ボクは『ダド』に頼んで可愛くラッピングしてもらい『マム』の寝室へ届けられた。

【おはよう『マム』♪ 今日は日差しが気持ちいいね!】

 完璧な身支度を終えた完璧な彼女に無視され、職務へ向かう『マム』に廊下へ置いていかれる。

 帰宅した彼女を朝と同じその場所で出迎えた。

【今夜はどんな食事が出るだろうね? ボクは食べる事が出来ないからキミが羨ましいよ!】

 ラッピングごと部屋の外へと足蹴にされた。

 それからも、

【おはよう♪】

【お疲れ様♪】

【おやすみ♪】


 ボクはずっと、いつまでも部屋の外から声を掛けた。

 掃除に来るおばさんもボクを避けている。怪訝な顔で皆がボクを観ていた。

 ――埃が積もり始めた寒い冬の日の事だ。

 世間は寒くともボクにはどうという事は無い。空腹というものも無い。何か負の感情があるとするなら、それは回路をすかすかにする『寂しさ』だけだ。全然苦でも無い。そもそもボクは最初から何も持ちえない。けれど初めて『マム』が自室へボクを迎えてくれた。自身の羽織ものをボクに移して白い息を吐きながら彼女はボクに問うた。

パープル・マム

……寒くなかった?

って。こんなボクに構ってくれた事が嬉しくて、どうにも、綿の中の回路が苦しくなった。

【ううん。ありがとう♪ ボクなんかを心配してくれて】

 この身体に成って初めて、……彼女は笑ってくれた。

 それから、ボク達2人は友達になった。

パープル・マム

アナタ、お名前は?

 不意に問いかけられた言葉に、応えるべき名前が出ず、考え、悩み、

【ぱ、……パル(友達)】

と、小さく答える。彼女はお腹を押さえて、でも上品に笑った。そしてこの綿のおでこを小突いた。

パープル・マム

そんな短い名前じゃ、私、アナタを選んであげられないわよ?

 ボクは再び悩み、考え、

【それなら、貴女が決めてください。ボクの名前を!】

と、彼女へボクの全てを委ねた。

パープル・マム

……そうね、



『マム』はしばし思案した後(のち)、ボクの名前を決めてくれた。

パープル・マム

なら、アナタの名前は『グリーン・パル』

 そう言って『マム』は少しだけ頬を赤らめる。

パープル・マム

昔、少しだけ気になった男の子から引用。気に入ってくれたら嬉しいな。



 その言葉は、ボクの回路に一番の衝撃を与えた。

『マム』は自室の窓から沈みゆく赤を眺めて、懐かしそうに口にする。

パープル・マム

……いい子だったのよ。私なんかに気に入られたくて、毎日私の元へ通ってくれてたの。



 彼女は微笑み話してくれた。

 ボクは回路が切れるほどの音で鳴いた。とても、とても嬉しかった。

 ボクは『グリーン・パル』として、いつまでもこの人の傍に居ようと! 声を掛け続けようとこの電子回路で決めたんだ。

 あの夕陽がまるでボクを笑うかのようにキラキラと、アラスカの海へ赤を映している。こんなボクの姿をまるで認め見守ってくれているかのように煌めいていた。

 【番外編1 グリーン・パル。終】

【番外編1】グリーン・パル。

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