【2034年、モンガル『ホビロン』。スズキコージ】
【2034年、モンガル『ホビロン』。スズキコージ】
僕は『ブラック・ダド』に提示した。僕が、僕達が勝つための布石を。
けれど、少しルールを変えさせてもらう。ポーカーはポーカーでも勝負は『ローポーカー』だ!
『ブラック・ダド』が鋭いまなじりを更に細めた。
……ローポーカー。なるほどな。しかし、私に関わる生き物は優に70億を超える。それでも、キミは勝負を打つのかい?
ああ! 勝負は口頭で行おう。提示する順番は『じゃんけん』で決める。
スートの強さ、カスの扱いはどうするんだい?
当然、逆向きさ。『クラブが最強』、『スペードが最弱』。そして『カスが最強』、『Aが最弱』
『ブラック・ダド』は炎舞い散る中その手を叩いた。ホーム・ホルダーの人間が放った炎の中で余裕ある笑みを浮かべる。
ほう。面白い事を考えるな、キミは。
数分後、じゃんけんに負けた『ブラック・ダド』が自身の役を提示した。
これが私の手だ。
指を1本立てて見せる。
1人目は、スーザン・ナタリア。『クラブ』『カス』。某国の国務長官を務めている。ホームの優秀な人材だ。
……2人目は、
『ブラック・ダド』は話を続けた。
マトリクス・エッデン。『クラブ』『カス』。私が贔屓にしている秘書だ。人員を配置する事に長けている。私の行動も阻まない。いい男だよ。
……3人目。
真鳥国和(まとり くにかず)。『クラブ』『カス』。島国に派遣しているウチの人員だ。頭の回転が恐ろしく早い。島国の治権は彼に任せようと思っているところだ。
……4人目。
ハインシュ・ユーゲル。『ダイヤ』『カス』。電気工学におけるウチのトップだ。
そして、
最後、エンディ・マイフ。『ハート』『カス』。エンターテイナー。私と親交の深い、いわば友人だ。彼の芸は心から楽しめる。キミも一度彼の映画を観てみるといい。
『ブラック・ダド』が役の宣言に入る。
役に使う名は、ノーティス・ディップ。彼から『ノー』の文字を。そして規定ワードの『ペア』を加え、『ノーペア』とする。以上だ。
『ブラック・ダド』は『ローポーカー』における最高の役、『ノーペア』を提示した。しかもカードのスートも数も『最弱』、つまりは『最強の役』だ。
じゃあ、僕の番だ。
僕は1人目を提示する。
ヒト腹創。『クラブ』で『カス』。
2人目。
言霊みれい。『クラブ』で『カス』。
3人目。
楽々。『クラブ』で『カス』。ちょ、楽々さん叩かないでくださいよ!
4人目。
飼葉タタミ。『ダイヤ』で『カス』。
5人目。
最後。僕達の切り札! 泉緋色。『ハート』『カス』。
そして役は!
僕、スズキコージ。元の名は『コブタ』。ここから取った『ブタ』だ。つまりは『ノーペア』!
『ブラック・ダド』がさも面白そうに笑う。会話の全てを彼は地面に記していた。木の棒で、より分かりやすく書き記す。ダドは、
なるほど。
と、呟き顎をさすった。
つまりは引き分け、かい?
僕は首を振る。
違うな。貴方の作ったルールに書いてあるだろ? 『勝敗を理性的に決する』って。だから僕は貴方に問う。
自身の札に用いた人の名を、『ブラック・ダド』が記した地面の名を1人1人指し示す。
『ブラック・ダド』、貴方と僕の『手札』、どちらが『弱く』見える?
……、
貴方の選んだ人達と、名前すら持たない僕達、どちらが『より弱い』か? つまりは『ローポーカー』において、どちらが『強い』か?
3分ほど、地に書かれた名前を見比べ、『ブラック・ダド』は公言した。
……分かった。私の負けだ。
だが、『ブラック・ダド』はこう続けた。
だが、『スズキコージ』くん、キミはここで勝負を降りるわけじゃあるまい? 2戦目、と行こう。
無理だ! 僕達が2戦目を出来る訳が無い。僕は無言で『ブラック・ダド』を睨みつけた。
それが無理なら、チップを払いたまえ。それが『勝負』というものだ。
『ブラック・ダド』がタタミさんへ手を伸ばす。僕は慌てて彼女の前で身構えた。
タタミくん。いや、『草乃葉由香(くさのは ゆか)』くん。キミの『導きの園』のパスをもらおう。それでキミ達をゲームから降ろしてやる。
タタミさんの本名を聞いた楽々さんは、その名を聞いて口元を押さえた。僕もその名には聞き覚えがある。『ノア』の旧指導者の奥さんの苗字が、たしか『草乃葉』だった。
タタミさんは緋色さんを抱いて『導きの園』のパス、麦の穂が描かれた『銀色のコイン』を差し出した。
『ブラック・ダド』が、一礼してそれを受け取る。
それではさらばだ『化け物クリエイターズ』の諸君。もう会う事は無いだろう。キミたちの幸運を祈る。
『ブラック・ダド』は炎の中を進んでいった。その身を翻(ひるがえ)す事はもう、きっと2度と無い。
タタミさんは緋色さんの体を抱いてただただ顔を伏せた。
もう。これで、……わたしは何処にも行けなくなった。空も飛べない。もう。もう2度と。
僕は身を屈めてタタミさんに向き合った。胸を大きく叩いてみせる。『コブタ』は愛するヒトに公言した。
大丈夫です、タタミさん。言ったじゃないですか、出会った時に。
懐からタタミさんのものと同じ『銀色のコイン』を取り出す。無理にでも笑ってみせた。
僕は、上流階級の人間だって。
いつも見ていた緋色さんの真似をして、彼と逆の右腕で『サムズアップ』を決める。そのしばらく後、タタミさんは不器用に、でもやっぱり笑ってくれた。
【2034年、モンガル。歯車フォーチュン】
どろどろの身で私は逃げた。生きていれば復讐できる。またチカラを蓄えれば奴らを葬る事が出来る。泡(あぶく)の身で同胞の住まう『アフリカ』の地を目指した。
再生の度に食欲が溢れる。地を食(は)んで、草を喰らい、あの地(アフリカ)を目指した。
ユーラシアの地は広かった。広く、汚く、ただただ長かった。何も持たない泡状の私を人間達は虫けらのように扱った。私には反撃できる身体が無い。
それほど進む事無く、万能再生機構『ノルン』に障害が起きた。おそらくあいつら『化け物クリエイターズ』のせいだ。万能細胞『マイティ』のチカラだけで私は懸命に這った。
道は長く、長く未知でお腹が空いた。モンガルのガキ共が液状の私へ油を撒いた。死にたくなかった。私は這い逃げ続けた。
お腹が空いた。アフリカの地はとても遠い。
幾つの日が昇っただろう。幾つの星が巡っただろう。幾つの月が満ち引いていったのだろう。
やがて万能細胞『マイティ』にも不具合が起こるようになった。お腹が、
再生も儘(まま)ならない。草でいい。何か飲みタイ。
喉が、
喉が、
飲みタイ。
――虚ろな意識を取り戻した時、そこに1人の少女が居た。
喰おうとしたが、そこまで顎が広がらない。喰いたかった。――その水分が欲しかった。
どこか痛いんでしゅか? これ、食べましゅか?
彼女は私に瑞々しい『トマト』をくれた。私は恐る恐る、でも無我夢中でソレに食らいついた。
うまい。美味いお! 美味いお! 美味いお。ありがとう! ありがとお!
そうでしゅか、良かった♪
全て、全てを彼女に感謝した。私は私に『トマント』をくれた彼女に、『ノア』で生まれた皆が持つ『パス』を渡した。唯一どんな時も肌身離さず持っていた『銀色のコイン』を顎で渡す。これが無ければ私達は故郷に戻れない。だから、彼女に私の一番大事なこれをあげた。
道中話す相手の居なかった私は、自分の夢を彼女に語った。科学の事、医療の事、全てを救い、全てを等しく治める事。
思うように言葉にならない夢を、彼女は笑顔で聞き、頷き応えてくれた。
――私は充分過ぎる幸せを得た。
……。
いつから居たのか?
そんな私を見下すように少年が立っていた。彼が笑い、撃ちに撃った銃弾が体中に突き刺さる。弾がこの身体を跳ね、血? に反応し、爆散? それが新たな血を生み新たに爆散?
私の再生と共に爆散は続いた。少年は銃を撃つことをやめない。
少女は私の前に立ちこの身を守ろうとしてくれた。
な、なんでそんなヒドイ事が出来るんでしゅか? この子もう、もう長くないのに! なんでそんなヒドイ事を!
そうか? けど、コイツはとっても悪い奴なんだぜ?
それでもヒトは皆、みんな幸せになる権利があるはずでしゅ!
少年は憎々しげに私へ唾を吐く。貴重な水分をすすり込む。
ガキンチョ。世の中には、死ななきゃいけない奴も居るんだよ。コイツのようにな。
また撃った。私の中で新しい爆散が増えていく。
死ぬことでしか救われない奴も居るんだ。お前も少しは世界を知るといい。でなきゃ、きっと大事な人を守れない。
私は、爆散し、再生し、爆散し、爆散し、ばくさんし、
――――トマントの味を思い出して、とても幸せな気持ちになった。
舌に残るトマントは、――とても甘く、美味く、――――オイシい。
……ありがたう
私の一生はこの少女への圧倒的感謝で幕を下ろした。
【2034年、モンガル。飼葉タタミ】
ホビロンの大戦を終えたわたし達は、尽きそうになる先生の鼓動を守り懸命に運んだ。先生をわたし達の故郷『導きの園』に届け命救う為に。
満足に生き残れたのは『わたし』と『楽々』、『コージ』と『真衣』この4人だけだった。『先生』と『スバリナ』はかろうじて生を保っている危うい状態だった。
……
『人魔』は、今もあの地で立っている。
彼は、あの地で『立ったまま』果てた。わたし達を守って人魔は空へ旅立った。
わたしは無断で先生の身体から『細胞』を採取した。
ペストに侵されていない『生殖細胞』を先生から奪い取った。
そして、わたし達は先生から奈久留さんを切除した。『黒い宝』だけを切り出し彼女の腕はモンガルで燃やした。
無駄な足掻きなのは解っていた。
……。
わたしは楽々達と別れ高い丘を目指した。その時が来たのがなんとなく分かったから『導きの園』に向かう道を外れ先生と2人で高い場所へ向かった。月明かりの下、先生はただ1つの腕をわたしへ伸ばした。
奈久留?
わたしは奈久留さんを演じた。彼が唯一愛した人を。
な、なんでひゅか? あ、あなた、
我ながらヘタな芝居だと思う。けれど先生が、その優しい眼差しが可愛くて演じる事がやめられない。
お腹、……空いてないか?
いつも、いつまでも先生は優しいヒトだった。だからわたしも笑顔で応えた。瞳を強く瞑って笑顔を見せる。
はい。お腹いっぱいですよ。あなた。
わたしが行った事全てに、先生は気付いていたんじゃないかな。先生は最期、笑いいつものようにわたしのオデコをつついた。
三種の神器と、俺の子を頼む。
って。先生は最期、
……
……笑顔で眠りについた。
陽が落ちた世界で幾千幾万の星を望んで彼は眠った。とても可愛い寝顔だった。
……。
まなじりの涙をふき取る。
わたしは先生の感触をいつまでも覚えておこうと、その身を抱いて瞳を閉じた。
先生の声が今でも鮮明に響いている。
『タタミ』
『星の数、数え終わったのか?』
って。
先生。わたし、その答え見つけたよ? 答え、今からでも間に合うかな?
星空を見上げ、わたしは昇っていった彼に答える。
星の数は、きっと『那由多(なゆた)』。無限じゃないけどとても多くて、両手じゃとても数えきれないの。
堪えきれずソレは溢れた。
1人じゃ、1人じゃ数えきれないよ。先生。
あの空ばかりがわたしを笑っている。世界は多くの光に照らされ生かされていた。その光の数がきっとわたし達の子の名前、
――『那由多(なゆた)』だった。