【2034年、イバラキ。ヒト腹創】
【2034年、イバラキ。ヒト腹創】
タタミがボクへその正体を明かした。
移民『ノア』の重要人物が自身の父だと云う。そしてボクに託したものが在った。
父から継いだ『タカラモノ』だとタタミは言った。
赤い宝、青い宝、黒い宝、計3つの石。これがすごいモノなのは分かるけど、これが本当は何なのか、わたしには解らない。宝とは云うけど、本当は恐ろしい『パンドラの箱』なのかもしれない。
ホームから持ち帰った機材で調べ分かったことは、驚愕の事実だった。この3つの石は硬度の高い金属でありながら、
……生きていたのだ。呼吸を行っている。
生きた金属? 生命核を持った金属だっていうのか? そんなバカげたものがこの世界に在るというのか……
けれどこれを使えば可能になるかもしれなかった。
背後からボクの顕微鏡を覗く緋色へ話す。
緋色、ボクに奈久留(なくる)の体を預けてくれないか?
白い棺桶で冷凍保存されている親友『奈久留』の体は未だ『壊死』していない。奈久留の細胞は『ペスティス』と同化し生かされていた。
寧ろ奈久留の五体全てが『ペスティス』だった。
この生きた金属は『奈久留』の体をきっと『活かす』ことが出来る。
先日の緋色の言葉を思い出す。
『――弄る器ってのは、肉体じゃなきゃ、生き物じゃなきゃダメなのかよっ? もっと、こー、ないのか?』
もし、理屈が現実にまかり通るなら、ボクは緋色の言葉を実践できるかもしれない。
ボクは創りたい! 人の器の理想形、――『神器(じんぎ)』を。ボクを信じてくれた友の為に。
『黒い宝』の中に、もう人間に戻れない『死体の意志』を、奈久留という名の『ペスティスの記憶』を移していく。
ボクは出来る限り解りやすく緋色に説明した。
……。
俯きボクを正視できない緋色へ丁寧に教えた。
奈久留の『意志と腕』を緋色の為に使おう。と。
この石があれば『緋色と奈久留を繋ぐ』ことが可能、だと。
フォーチュンに、世の不条理に打ち勝つためには『チカラ』が、『ペスティス』が、『奈久留の腕』が緋色には必要だという事を。
それは、
『ブラック・ダド』、ホームホルダーの長を超える為にも『必要』だと。
そして、
『奈久留の腕』を移植したら最後、緋色(キミ)は、
【誰にも触れる事は許されない】
と。
成功する確率もいちじるしく低い。緋色にペストが感染る可能性も、緋色が死ぬ可能性もある。
それでも、キミは、
チカラが欲しいかい?
……ボクは、親友の目に問うた。
【2034年、イバラキ。飼葉タタミ】
先生の手術が決まった。リーダーの執刀で明日の朝一に行われる。
『奈久留さんの腕』と『黒い石』『緋色先生』3つの『結合手術』だと云う。
これが成功すれば先生にも『右手』が出来る。らしい。
難しい手術だろうけど、きっとみんな心配していない。リーダーと先生なら乗り越えられる事を疑わない。
……。
それなのに、みれいが声を押し殺して
……泣いていた。納屋の中でいつまでも。リーダーから何かを聞かされてからずっとだった。
その日畑から帰ってきた先生は、しばし逡巡した後わたしに視線を合わせその言葉を発した。
タタミ。
夕日を背負ってその表情はなかなか窺えない。
……俺でよかったら今日、今夜デートしようか?
って。表情は解らないけど、頭を盛んにかいている。
心臓がバクバク鳴って、思考も停止してしまいそうだった。おそらく照れているであろう先生の姿も、わたしは正視する事が出来なかった。