【2034年、イバラキ。飼葉タタミ】

緋色

これしか手に入らなかった。ほんと、ごめん!



 その夜先生は『棒』を持って帰ってきた。

タタミ

あ、あぁ。先生がついに、棒を。

みれい

ぼ、棒?

楽々

緋色隊長、鋼の棒だ!



 先生は隣りの隣りの隣町の工場(こうば)で、長さ1m程の太い『鋼の棒』を手に入れた。

 数枚の紙幣で粘って交渉したという。それは鋼、その材質の値段だった。

 それから、先生を強くする為にわたし達は皆で先生を鍛えた。



 ――先生はてんで弱かった。

 本当に弱かった。

 巨大猫キメラの『ぶっち』相手に、一撃も与えることが出来なかった。巨体ながら俊敏な彼女に触れる事が出来ない。

タタミ

弱いよ。先生!



 1日後。

タタミ

弱すぎるよ、先生!



 わたしの鞭をかわすことが出来ずに服をボロボロにした。貴重な服が1着無駄になった。



 更に1日後。

タタミ

弱いよ!



 巨大猫キメラ『みぃちゃん』を含む3体と、みれい相手に『チカラ』だけで打ち勝った。

 休んで、食べて、寝て、訓練して、訓練して、訓練して、訓練して、西の国の手勢を相手に戦って、戦って戦って、戦って戦って、守って、寝て、戦って、休んで、空いた時間は全て農作業に明け暮れた。



 ――そんな1カ月が過ぎた頃、

 先生は強化した『キメラ』の全員を相手にして、誰も傷つける事なく、全てを『棒』で制した。

タタミ

てんで話にならないよっ。先生!



 そう。先生は話にならない程、……強かった。こと闘いにおいて先生は天性の才能を持っていた。

 先生はあの『鋼の棒』に緩衝用の布を巻いて、皆、全てを圧倒するくらいに強かった。片手しかないことがその筋力を最大限に鍛えていた、としても強すぎた!



 みれいも、楽々も、あのコージさえもが泣いていた。先生の強さは、

 たった1つ、……わたし達に残された希望だった。

みれい

緋色って、なんか『オーガ』みたい。

楽々

副隊長! 『オーガ』ってアレでしょ?

タタミ

お話に出てくる化け物。先生、化け物!

楽々

な、ならさ、あの棒をトゲトゲにして『ペスティス』の菌を塗りたくれば!

みれい

楽々。覚えてるでしょ? 『フォーチュン』の大ネズミを。あの時、私達がどれだけの土地を焼く事になったのか?



 みれいの言葉に楽々がうな垂れる。
 そうだ。あの時は、町を全て焼いて廻った。滅菌する為に何日も『わたし達の手で』街を焼く事になった。

 タマちゃんは本当に例外だった。

 タマちゃんは『ペスト菌』を自身で制御出来た。その知恵も有った。



 あの地獄を思い出し皆が気持ち沈ませる中、……先生だけは冷静だった。

緋色

使える、かもしれない。な。



 先生は言う。真衣ちゃんを背負いながら腕立て伏せを行って。

緋色

タマの、あの一撃は『死の恐怖』を、刻み込んだはずだ。



 指3本での腕立てをしている。真衣ちゃんも嬉しそうに先生の背の上で笑っている。

緋色

それはきっと、あの『ブラック・ダド』にさえも。きっと例外なく。



 そう言って先生は真衣ちゃんを下ろし畑へ向かった。今日は『トマト』と『キュウリ』を収穫できると言う。

 畑へ向かう姿を追いかけて皆が朝陽の中を奔った。皆で大地へ、実りへ感謝し、その恵みを味わうのだ。

 それが今のわたし達『化け物クリエイターズ』の姿だった。

【2034年、イバラキ。泉緋色】

 目を閉じ『鋼の棒』を上段に構える。

緋色

『おじさん! お願い! 俺、何でも仕事するから! 奈久留(なくる)に苗字をちょうだい! 次の誕生日に、俺、奈久留にプロポーズするんだ!』

『ヒイロ。ナクルと一緒に居たいなら、1回、離れないとダメだぞ?』

緋色

『なんで? ずっと一緒にいたいのに! 何で離れないといけないんだ?』

『自立しないと。自分だけじゃなく、大好きな相手も。お互いが、お互いを守れるように、強くならないと』

 心、技、体。

『ヒイロも、ナクルも、強くならないとな! 誰にも、どんな悪い奴らにだって、どんな不条理な現実にだって、負けないように』

 記憶の海で剛(たけし)おじちゃんが笑う。

『ほら、DDDだろ?』

 脳の奥底で、おじちゃんの声が聞こえたような気がした。

 鍬を『鋼の棒』に持ち替えて、町外れの巨木を前にした。

 心、技、体。

緋色

どんな時でも、



 心を澄ます。

緋色

どんな敵でも、



 心に音が収束する。

緋色

どんと来い!


 シン、と振り下ろした鋼の棒は、

 樹齢千の巨木を2つに割いた――。

緋色

『――北の魔女『ナクル』よ、この聖なる剣に裁かれるがいい!――』

 心、技、体。

 熱く、清く、――ココロよ、――沈め。

 泉緋色(いずみ ひいろ)、誰よりも、どんな事にも強く在れ。

【第16話】緋色のチカラ。

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