【2034年、イバラキ。言霊みれい】

 夏の朝露が木々の葉に灯る中、創(つくる)と彼、……『ジョーカー』がやってきた。

みれい

ジョーカー。貴方があの、



 私の問いに創が答えた。

そうだよ。みれい。



 創は『ジョーカー』の前でひざまずき、うやうやしく頭(こうべ)を垂れる。その後、振り向き私達へ腕を広げた。

この人が、世界の支配者『ブラック・ダド』その人さ。



 創は緑色の帽子を深くかぶり私達の前に立った。

そして、



 堂々と構えて私達に言いのけた。

この人はボクの『父さん』になってくれたんだ。



 創は剛(たけし)おじさんを否定していた。

……。

 私の動揺を見て創は、やれやれ、と言いたげに頭を振る。

 緋色も義腕の彼『ブラック・ダド』の姿を見て驚いていた。

緋色

……隣町のおじちゃんが、あの『ジョーカー』で、『ブラック・ダド』? そ、そんな可笑しな話が、



 ジョーカー、いや『ブラック・ダド』その人がハットを外し一礼。緋色へ声をかける。

ブラック・ダド

……すまない。だがこれが真実だ。受け容れてくれ。緋色くん。



 そして『ブラック・ダド』は私達を見渡し言った。大きくその手を横(せかい)に広げた。

ブラック・ダド

私は、……ここに居る皆を選ぼう。



 私達の1人、1人の腕を取って語りかける。

ブラック・ダド

緋色くん。みれいくん。タタミくん。楽々くん。



 私達4人へ手を再度広く伸ばした。

ブラック・ダド

おいで我が家へ。我が『ホーム』へ!



 その目は心から愛しく、優しく、私達が好きな『ジョーカー』その人の瞳だった。彼は最初から私達を偽ったことは無かった。

ブラック・ダド

私は選んだものを見捨てない。救ってみせるから!


コージ

じゃ、じゃあ僕も?



 あわてて駆け寄る『コージ』へ、何故か『ブラック・ダド』は手を伸ばす事をしなかった。眼で簡易に見やるだけだった。

ブラック・ダド

すまないがキミはダメだ。


ブラック・ダド

……心苦しいが、

 一言。彼は近寄った『コージ』を払いのける。

ブラック・ダド

キミとキメラの皆を、私は選ぶことが出来ない。お金なら与えよう。去っていくといい。


コージ

え?


ブラック・ダド

皆に教えておこう。



『ブラック・ダド』はよく通る声で私達に語った。世界の実情を。人の選ばれる意味を。

ブラック・ダド

この世界は、日々、秒刻みに生き物が増え続けている。手を加えなければ決して減ることは無い。直接の原因は『ノアの大移民』だ。



 皆がただ茫然と聞き入っていた。

ブラック・ダド

キミ達子供が生きていく上で、私たち家族は、100、1000、万の経済的、食糧的負担を抱える。飢えなければならない。それを回避する為には、



『ブラック・ダド』は『コージ』を見ること無く、――言い捨てた。

ブラック・ダド

例えば、『名も分からぬキミ』、キミは死ぬべきなんだ。



『コージ』を守る為にキメラの皆が動いた。『コージ』を守ろうとその爪を光らせ『ブラック・ダド』へ襲い掛かる。止める間も無い出来事だった。

ブラック・ダド

――所詮。畜生、という事か。

タマちゃん

……!



 静かに抜かれた刃の前に『しまちゃん』と『パブロフ』が斬られた。『スバリナ』を守って『タマちゃん』が斬られる!

 片腕を斬られながらも『タマちゃん』は冷静にステップを踏んだ。私は『タマちゃん』の本気を未だ見たことが無い。だけど、それは間違いなく『必殺』を秘めたものだった。

『ダド』の剣と、『タマちゃん』の爪が交差する。

 一瞬の対決。そして、

 倒れたのはタマちゃん、――だった。

帰投してくれ! 父さん! すぐに! 完全にその傷を塞ぐんだ!



『タマちゃん』の一撃は『ブラック・ダド』の頬を浅く割いただけだった。だが、それだけで『タマちゃん』は勝っていたのかもしれない。

『ペスト』を、『タマ』はボク達の中で唯一『ペスティス』を内包している! 引いてくれ!



 創は控えていた無人機に、強引に『ブラック・ダド』を押し込み、そのレバーを引いた。

 ローターが音を立て無人機は空へ去っていく。その後、

 創は無我夢中で『タマちゃん』の亡骸にすがっていた。

タマ? こ、こんな死に方あるかよ? おかしいだろ? なんでキミが死ぬんだ? キミは、父さんに選ばれる子だったはずだ! 名前だって『ブラウン・パル』って決めていたのに! なんで?!



 創は『タマちゃん』の亡骸を抱いて離さなかった。けれどその手を離させたのは、結局、あの緋色だった。『タマちゃん』の顔に出来るだけキレイな布を用意し、掛ける。『しまちゃん』と『パブロフ』の顔にも布を掛ける。私達は静かに深く黙祷した。

 創と無人機の全ては、残らず空へ帰っていった。パスパス。と悲しげな音を立て大気へ放たれていく。

 その跡に私達と、『化け物(なかま)』の死体を遺して。

【2034年、アラスカ『ホーム』。グリーン・ブラザー】

おかしい。おかしいだろ? こんなのおかしい! な、何でだ?



 可笑しかった。何故可笑しいのか解らない。けれど絶対何かが可笑しかった。ただ真理を1つそこに見た。

そうだ、



 手を打ち頷く。きっとそうに違いない。

みんな、みんな弱かったからいけないんだ! みんなみんな強かったら、父さんは、きっとみんなを選んでくれた!



 それが世の真理なのだと解った。きっと全ての根本はそこに在る。

なら、



 それからのボクはきっと早かった。行動が何より優先された。

ボクはその先駆けを創らないと、



 そうだ。ボクが創らないと。

最強のキメラ。クローンじゃない、キメラの最強形を!



 地下の保冷室から命の次に大切な『姉の卵巣』を取り出す。それは未だ瑞々しい血の色を現していた。

【2034年、イバラキ。言霊みれい】

 創と別れた私達は緋色の土地に『学校』を建てた。建築を営む夫婦に習い一から皆で。ほぼバラックだった農場の建屋が徐々に家へと替わっていく。これが出来れば冬も凍えなくて済むに違いなかった。

 ここで『みぃちゃん』達キメラや『真衣ちゃん』の事を教育することにした。

 教育は私とタタミ、そして楽々が行った。



 そこで緋色が話してくれた。この土地を緋色に譲ってくれたのは、あのおじさん『ブラック・ダド』だった。と。緋色は淡々と語った。

 そんな緋色が行った事は、

 隣町の隣町の更に隣町の工場(こうば)まで行って、左手用の『真剣(ぶき)』を手に入れる事だった。

 頭を下げ少ない生活費から本当に貴重な『紙幣(おかね)』を求めた。

 緋色は深く、深く頭を下げて地に付けて皆に頼んだ。緋色は今初めて、

緋色

……。

 武器を、――『力(ちから)』を求めた。

【第15話】チカラを。

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