【2034年、アラスカ『ホーム』。グリーン・ブラザー】

 いつからかボクは、……彼女に惹かれていた。その姿をいつも目で追いかけていた。

その子は?


 寡黙(かもく)な彼女をボクなりに笑わせてみたい。その笑顔をボクに見せてほしい。

セキセイインコだろ? 強くなるよう弄ってやろうか?


パープル・マム

グリーン・ブラザー。……この子を弄りたいの? この子の中を。

 慌てて謝る。彼女『パープル・マム』を前にボクはいつもカラ回りしていた。

 マムは父さんを除いた『ホーム・ホルダー』の中で一番強い生き物だ。
 マムは努力の積み重ねで他の皆を凌駕した。そんなところにどうしようもなく惹かれた。

パープル・マム

『奈夢(なゆめ)』。ご飯があるからお食べ。

 鍛錬、勉学の合間にマムは『ホーム』のテラスに居るインコへ会いにきていた。
 その籠を覗き込む清楚な姿は、

 ――ボクの描(えが)く聖女そのものだった。

あのさ、その子普通のセキセイインコだろ? なんでそんなに贔屓にするのさ?


 話しかけただけなのにマムの顔が引き締まる。

パープル・マム

この子は、私が選んだ子だから。

 マムは優しい眼差しでインコを見やった。

パープル・マム

たった1人、私が選んだ命なの。

 インコ『奈夢』を見る目は慈愛に満ちたものだった。本当の『友人』を見る眼差しだった。

パープル・マム

『奈夢(なゆめ)』。こっちへおいで。

 籠の中へその細い指を差し入れる。

パープル・マム

あなた本当に美味しそうに食べるから、私いっぱいご飯作っちゃった。たくさん食べるのよ?

 竹で編み込んだ器からサンドイッチを取り出す。小さくちぎり反対の手でインコ『奈夢』へ差し出していた。

 ボクは、そんな『パープル・マム』がきっと、……誰よりも好きだった。

【2034年、モンガル。歯車フォーチュン】

いやあ、本当に、子は国の宝ですな。昔のあの政策に意味が在ったのか? 今となっては疑うばかりだよ。

 国は子作りを推奨した。このユーラシア大陸のほぼ全てを統治している『モンガル大帝国』は今、正に人に溢れている。そしてそれは労働力となり国のあらゆる事業に貢献、モンガル大帝国は栄えに栄えた。

 国民の義務に私が提言した『精子、卵子の提供』が盛り込まれ、今、国は『クローン』による新たな軍事力へチカラを注いでいた。

いやあ、それもこれも、ノアの科学主任『ジョーカス・オリファー』博士のおかげですな!


歯車フォーチュン

ああ、そんな名前も在ったかもしれないね。古い、今では汚いだけの名称だがね。

そうでした。今は、クローン統治科学国家総統『歯車フォーチュン』様でしたな!


これは失礼失礼♪

『モンガル大帝国』の国家主席が嬉しそうに笑う。

歯車フォーチュン

……ただね、

 私はおもむろに言葉を漏らした。

歯車フォーチュン

私、この名前も捨てようと思うんですよ。もう古いし。ダサイし。新しい名前が欲しいな。って♪

 鳥型の仮面の中でほくそ笑む。

歯車フォーチュン

実は、

歯車フォーチュン

 ……私の本当の居場所が見つかりそうでね。

 小さな声で囁いて仮面の鼻の位置を正す。

今の地位に不満が?

 大きな桐の椅子から腰を上げ国家主席が聞いてきた。

歯車フォーチュン

ええ。

 いぶかしむ国家主席を背に私は喉を鳴らす。小さな誰にも拾えないくらいの声で嗤った。

歯車フォーチュン

 ――私、今度はこの、……『星』が欲しくなってしまったんです。

 声を上げて嘲る。国家主席が困ったような顔で私を見ていた。

 国家主席の部屋を背に私は赤絨毯の廊下を転がりながら移動する。転がり笑った。とても愉快だった。



 だって、――この星は私を中心に回転していたのだから。

【2034年、イバラキ。飼葉タタミ】

 リーダーとの決別から半年。この国は夏を迎えようとしていた。

 あれから真衣ちゃんは著しい成長を遂げた。人間の歳で云えばきっと7歳くらいの大きさになった。最近になってようやく培養液を卒業しわたしが文字や運動を教えている。

 真衣ちゃんは優秀だった。そして、……とても優しい子だった。
 液体の寝床を卒業した彼女は、わたしの隣り、藁の中で身を休めている。

タタミ

真衣ちゃん。貴女はこれから、どんな恋をするんだろうね。


 起きていた真衣ちゃんは不思議そうに首を倒した。

真衣

……お姉ちゃん、恋って何なんだろう。

 わたしにもそれが分からない。とても困ってしまった。意味も無く前髪を掴む。

タタミ

うーん。……本当に何なんだろうね。

 悩みながら2人、夏の夜空を高く見上げた。

 あの空、多くの星の先に新しい銀河がある。そこにたどり着けなかった『ノア』が選んだこの地球、この地を照らす太陽に、



 ――わたし達は、きっと恋をしていた。

【第14話】それぞれの道。

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