【2034年、イバラキ。言霊みれい】

 ――あの日交わした約束をアナタは覚えているだろうか――

 光が落ち行く中、彼は私達の農場に姿を現した。

みれい

創?


 以前の創とどこか違っていた。それはその緑を基調とした服に限らず、

……みれい。……楽々。……タタミ、


 その眼差しが虚ろなモノに見えた。

迎えにきたよ。


 落ち行く陽を背に彼は黒い影と腕を伸ばした。

ボクと一緒に帰ろう。


 その隣に甲冑を着た男を連れゆっくりと私達へ歩を詰める。

ボク達が居てイイ場所はここじゃないんだ。


 その手は、ゆらゆらと私達へ伸ばされていた。

ボク達に用意された世界、そこへ行こうよ。


 創の虚ろな眼差しが私達を観ている。

 けれど私達の答えは決まっていた。創が生きていてくれたのは心から嬉しい! けど創が居るべき場所は私達の知らない其処(そこ)じゃないと知っていたから。

みれい

私達は、一緒に行けない。

 楽々は、タタミは、私は、そして緋色は創を、……信じていたから。きっと戻ってくると信じていたから。

みれい

私達が、私達の手で奈久留(なくる)の仇を取らないと! そうでしょ? 創!


 けれど彼は虚ろな瞳でそれを否定した。

いいじゃないか? 奈久留(なくる)なんて。


 その手は震えていた。薬害の患者のように、ぴりぴり、と肌を震わす。

いいじゃないか。もう。いいじゃないか。もういいじゃないか。


 自分よりずっと高くなった友の顔を見上げ創は言った。

緋色。キミか? みれい達をたぶらかしたのは?


 緋色は否定しなかった。ただ真直ぐに創を見下ろしている。創が緋色の隣りを駆け抜けていく。

その子は?


 タタミの腕に抱かれた真衣ちゃんへ創が声を掛けた。タタミが優しい眼差しで自身の『リーダー』へ話した。

タタミ

この子は、わたしの子なの。みれいに造ってもらった、わたしのクローン。


 近づいた創は数歩後ろへよろけ、

そうか、みれいが。なら、もう、


 背をのけ反らして世界へ吠えた。

……ボクなんて要らないじゃないか!!


 緋色の白い襟首をつかみ何度も揺すった。

緋色! お前のせいだな? 全部、全部、お前のせいだ! そうだろ? 違うなら否定してみろよ!!


 その腰を構えつつ後ろへ下がり、控えさせていた甲冑の男を自身の前へ送り出す。

ヤレ。人魔(じんま)!

化喰人魔

……。


 一瞬で緋色が跳んだ。弾きとんだ緋色が地面を二転三転する。

タタミ

先生!!


 コージへ真衣ちゃんを預けたタタミが緋色を抱え起こすけど、それを払い甲冑の彼が何度も緋色を殴った。



 一方的な『イジメ』だった。

 間に入ったイノシシキメラの『しまちゃん』が人魔の鉄拳で殴り飛ばされる。巨大ネコキメラ『みぃちゃん』、イヌキメラ『パブロフ』が、空へかちあげられた。

 その人、人魔(じんま)の腕力はイノシシ、巨大猫、犬、あらゆるキメラの筋力を凌駕していた。

 緋色は優先的に狙われ、一方的に殴られ、掴み起こされ殴られ地を転がった。

タタミ

先生! 先生っ! 緋色さん!!

 その手を払われタタミも地を転がる。その口の端が切れていた。

解るだろ? 緋色。この世界では『チカラ』が全てなんだよ。チカラのない正義なんて、ただの『キレイごと』でしかない。

 陽の赤を背に創の目が笑っている。口が歪に曲げられていた。

お前らが何に立ち向かうのか知らないが、お前たちのやってる事なんて、所詮『おままごと』でしかないんだ。


 甲冑の彼、人魔(じんま)を指さし創は私達へ語った。

こいつは、父『ブラック・ダド』のクローン。あの『ジョーカー』が20代の肉体と無くした右腕を手に入れたも同然なんだ。こいつが最強なのは緋色(おまえ)に負けないのは当然なんだよ!

『ブラック・ダド』。この世界の支配者たるモノの名称だった。創が吐いた台詞は創が地球を支配する『ホーム・ホルダー』の仲間になったという事と『化け物クリエイターズ』(ここ)へは戻らないという事を公言しているように思えた。

あとは、こいつに『確かな知性』と『豊かな経験』を与えれば、本当に父さんを超える! その為にも、みれい! タタミ! お前たちの協力が必要なんだ! ボクの元へ来い! みんな!!

 いつの間にその背を取ったんだろう? 創の背に立つ影が在った。ケモノゆえの素早さに特化した彼の力だった。

タマちゃん

……。

……タマ。

 チーム『化けクリ』の一員、タヌキキメラの『タマちゃん』が話しかけていた。小さな身と手を振って創を諭している。

タマちゃん

……!

ボクが間違っているって、そう言うのか? キミは?

 2人にしか解りえない会話、それは2人が『友達』だったから出来たもの。タマちゃんは数あるキメラの中で創が本当に心を許した1人だった。

タマ、キミも行こうよ! ボク達の家へ。とても温かいんだ。美味しい料理と温かな寝床がある! おいでよ、タマ!

タマちゃん

……。

 創のその目は初めて、今日初めて優しい色を湛えた。すがるように伸ばした手を『タマちゃん』は自身の手で抑え創と目を合わせる。その後、ゆっくりと首を振った。そしてその小さな手を大きく横へ振っていた。タマちゃんのその目も優しげなモノだった。

――『タマ』が引け、と言うなら、今回だけは帰るさ。ただ、一言だけいっておくぞ、緋色。

緋色

……。

 横たわる緋色を見るその目は変わらず厳しいものだった。緋色は起き上がる事無く、その片方だけの手で地に残った草を握りしめる。

『化喰人魔(クローン)』に勝てないキミが、『ブラック・ダド(オリジナル)』に勝てるのかい?


緋色へ冷めた眼差しで問いかけた。

あいつに、『歯車フォーチュン』に、……キミなんかが勝てるのかい?

 その背に『人魔』という最強の戦士を従えて緑色のマントをひるがえす。

さよならだ。……親友。

 傷ついた『キメラ』と動けない『緋色』を残して、

緋色

……。

 創は私達の元を去っていった。

【第12話】世の中のキレイゴト。

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