真冬の蠍亭に向かうことになったハル達。三人が訓練場を離れる時、リュウの視線の先に見慣れた人影が通り過ぎた。
よし行くか。
……お!?
真冬の蠍亭に向かうことになったハル達。三人が訓練場を離れる時、リュウの視線の先に見慣れた人影が通り過ぎた。
…………
うひょっ!
シャセツじゃないっすか!?
一緒にカジノに来れば
面白かったっすのに。
借金を作った奴の
言うことか。
それは言いっこなしっすよ。
ジジ、いた……のか?
どこにも居らん。
遭遇したらいっつも
怪我してるもんな。
ほっとけ。
貴様等こそ何してやがる。
シェルナを追い掛けるんだ。
そうだ、シャセツも来てくれ。
そうっす、
シャセツも一緒に来るっすよ。
鬼ごっこなんぞに
付き合ってる暇はない。
いや、
一暴れするかもしれないんだ。
俺からも頼む。
何かあったのか?
杞憂だといいんだがな。
事情を話さずに真冬の蠍亭に足を向けるリュウ。流石のシャセツもこの状態を無視するわけにはいかず、リュウの背中を追った。
――真冬の蠍亭に向かう路地。
もうすぐ付くぞぉ~。
緊縛感のないリュウの声が前から聞こえてきた。
曲線を描く路地の先、真冬の蠍亭はこの路地の先だ。訓練場に面している大通りは沢山の人が行き交うが、この路地には人通りは全くない。その静けさは嫌な予感に直結しているように思わせた。
路地の先で少しづつ開けてゆく視界。二階建ての建物に挟まれた路地はやがて後方の風景にのまれていく。そして、木々が生い茂る広い庭が見え始めた。
庭の先には地味ではあるが風情のある建物がある。あれが真冬の蠍亭だ。その入口の前にシェルナは居た。
シェルナが扉に近付こうとした時、中から扉が開いた。
やっとお会い出来ましたね。
え!?
少し影になって顔は確認出来ないが、三十代半ばの男だ。男の後ろにもまだ二人、兵士らしい影が動いた。
グスタフ……
何でこんな所に……。
シェルナは男をグスタフと呼び、半身後ろに下がった。どうやら旧知の者らしい。
それは奇遇です。
私めも同じ思いにありますよ、
レナ様……。
グスタフが、シェルナを『レナ様』と呼んだ。
昨日カジノで人違いをされた時、『レナ様』という人物に間違われたと思っていたが…………。
後ずさりするシェルナ。それに迫るようにグスタフと兵士は外に出てきた。よく見ると後ろの兵士は、昨日カジノに居た二人だ。
その二人が、リュウ達四人の接近に気付き、槍を構え立ちはだかった。
あっ!?
リュ、リュウ。
シェルナは状況の急変に戸惑っている。
リュウ達も全く状況が掴めず、兵士の前で立ち止まる。
グスタフは値踏みするような視線で、リュウ達を視界にとらえてきた。
この者達は
何者でございましょう?
グスタフはシェルナに無機質な声で質問した。
い、い、いつ……も、
お世話になっている人達だよ。
大粒の汗を額から流すシェルナは、言葉を選んでいるように答えた。
左様でございましたか。
これは失礼致しました。
そうグスタフが言うと、兵士二人は槍を下ろし直立した。少し緊張感は緩まったが、状況が理解出来ぬ事に変化はない。グスタフの威風堂堂とした態度は、凛々しさの反面、素性を知らぬリュウ達には不安要素の塊と言えた。
グスタフは言葉を残すだけ残し、リュウ達に背を向ける。 まるで興味がないという態度を隠す気もないようだ。
それでは御同行致します、
レナ様。
グスタフは一礼しながらシェルナに言った。
デュランを見付けるまで
帰らないよ。
グスタフに対して身体を横に向け、俯き加減にそう言うシェルナ。
グスタフは一礼したポーズのまま沈黙していたが、ゆっくり身体を起こしながら返答した。
ヒースニーズ小隊長は、
後ろの二人を含め、
多くの人員を割いて
捜索しております。
危険極まりない迷宮に
レナ様が出向かれるなど、
もってのほかで御座います。
グスタフにぶれる部分はない、と言ったところだ。返答を待つ沈黙が暫く続いた。
レナ様って誰っすか?
って、どういう事っすか?
それに、誰っすか?
思った事を矢継ぎ早に口にするハル。残念ながら、賢そうに聞こえない言葉だ。
話の腰を折られた形となったグスタフは、調子を変えない口調でハッキリと話した。
知能の低さを表すような台詞。
質問すれば答えが
返ってくるとでも
思っているのであろう。
市井人のレベルは
下がる一方だな。
グスタフはリュウ達に背中を向けたまま、視線もくれない。
ハルはシェルナに
聞いてるんだよなぁ。
俺達はあんたが
誰だか知らないからな。
感情の波が立たない様な話し声で、リュウが反論する。あわよくば情報を引き出そうとする言葉は、リュウの得意とするところだ。
遅かれ早かれ分かことだから
思惑に乗ってやろう…………
「このお方はレイマール王国の第一王女、
レナ・ユーシス=レイマール王女。
お主達市井人が気安く話して良い相手ではない」