――ジュピターが酒場を出た後。

リュウ

まぁ、ジュピターは
ディープス市民だから
すぐ会えるさ。

 リュウはジュピターにすぐ会えると言った。

 ジュピターは市民区に住む祖父の元に帰ったのだ。そして凄腕剣士だった祖父に剣の修行をつけてもらうのだろう。確かに距離は近く目と鼻の先だ。

ミリーナ

あんた達、注文もしないで
何してんの?

ダナン

ミリーナか。
またうるせぇのが。
その注文をとる
金がねえんだって。

ミリーナ

なによ、
カジノでも行って
摩ったんでしょ、馬鹿ね。

ダナン

いーからあっち
行ってろ。

 図星を着かれたダナンは、ミリーナを邪険に追い払うポーズをとった。

ミリーナ

まぁ、いいわ。
シェルナ。

シェルナ

はいはい~♪

ミリーナ

あれ、えーっと
なんだっけ?

ミリーナ

え~っと、
確かあれだ、あれ。
店のデザートチェケンが
逃げ出して、
そんでもって客に……

ミリーナ

ん?

ミリーナ

違った違った、
手紙だった。
あんたに手紙が
来てるみたいよ。

シェルナ

手紙?
うん、分かった。
訓練場だよね。
誰からだろ?

 普段のハル以上に騒がしいミリーナは、それだけ告げて他の客の注文を取りにいった。



 冒険者への手紙は訓練場が預かるシステムになっている。

シェルナ

じゃ、ちょっと
取りに行ってくるねぇ~。

 シェルナは一人立ち上がり、すぐに酒場から出て行ってしまった。

アデル

大丈夫でしょうか?
カジノでの人違いの件も
ありますし……。

ユフィ

確かにそうね。
リュウ。
シェルナのこと、
お願いしていいかしら?

リュウ

確かについて行った方が
いいかもな。
タラト、
たらふく食っただろーし
散歩行かないか?

タラト

!?

ハル

自分も行くっす。
身体動かしてる方が
落ち着くっすから。

リュウ

よし、じゃあ
行こーか。

ハル

シェールナァ~!
待つっすぅ。
自分達も一緒に行くっすよ。

 リュウ・ハル・タラトの3人はシェルナに追い付き合流した。

ハル

シェルナの探している
デュランって人は、
どんな人なんすか?

 手紙を取りに行く訓練場までの道中、唐突に質問をするハル。

 デュランというのはシェルナの五つ年上の幼馴染み。シェルナがディープスに来た理由はそのデュランを探す為なのだ。

 デュランはシェルナの故郷であるレイマールの騎士。異例の早さで近衛隊小隊長へ昇進。剣の腕もさる事ながら、人望の厚さも認められてのことだった。



 そして昇進を喜ぶ間もなく、デュランはレイマールを離れる事になる。妹のように可愛がっていたシェルナに何の挨拶もなく、それ以降の連絡もなかった。



 後で解った事だが、特殊な任務でディープスに向かったようだ。

シェルナ

それで心配になって
追い掛けて来たんだよ。

ハル

凄く強そうな人っすね。
自分も会ってみたいっす。

リュウ

それなら何で冒険者に?

シェルナ

その任務の場所ってのが
この迷宮らしいの?
手掛かりがそれ以外ないから
取り敢えず
冒険者にって思ったの。

 歩きながらデュランのことを話すシェルナ。視線を夕刻前の空に放ちながら、懐かしい顔を思い出しているようだった。

 そうこうしている間に、訓練場に辿り着いたシェルナ達。



 シェルナは手紙を受け取り差出人を見ようと、裏面を見るが名前は書かれていなかった。

 手紙を開封する時、他に類を見ない種類の緊張感と高揚感を感じる。差出人が書かれていないこの手紙の様な場合は尚更だ。

 封蝋は固く閉ざされ、誰も中を見ていない事を物語っていた。

 中には半分に折られた、一枚の紙が入っていた。

 それを開いて内容を一読するシェルナ。余程の短文だったのか、すぐに内容を把握したようだった。

リュウ

何て書いてあったんだ?

 リュウの声で現実に引き戻されたような反応を見せるシェルナ。そして反射的に手紙を後ろに回して隠す仕草をした。

シェルナ

ややや、やーだなぁ~♪
リュウったら。
レディの手紙の内容を
聞こうだなんて、
デリカシーないよぉ♪

 いつもの笑顔で答えるシェルナは、後ろ手に手紙を封筒の中に戻した。

シェルナ

あ~、な、何だか、
え、え~と、そ、そう!
ちょっとシャワー
浴びたくなってきたなぁ♪
という訳で宿屋帰るねぇ~♪

 完全に挙動不審なシェルナは、リュウにそう言って、瞬く間に訓練場を飛び出して行った。

リュウ

ちょっ……、
お、おい

 リュウが通りを覗いた頃には、シェルナの姿は消えていた。何処に行ったかも分からない。あの感じだと、宿屋に戻ってシャワーというのも考えにくい。

ハル

『真冬のなんとか亭』
って何処っすかね?

 レディの手紙を覗いたデリカシーのないハルが、リュウに聞く。字が読めなかったのだろう。

リュウ

真冬の……って、
確か、路地裏にある蠍亭の事か?
その真冬の蠍亭が
手紙に書かれてたのか?

ハル

さそりていって
読むんすね。
あー、そこで待つって
書いてたっすよ。

 『真冬の蠍亭』とは、訓練場から少し離れた路地裏にある小さな店だ。差出人不明のその手紙は、充分と言える程に怪しい。

 シェルナの挙動も気になるが、カジノでの人違いの件もある。すぐにリュウは、タラトとデリカシーのないハルと共に真冬の蠍亭に向かうことにした。

 ~兆章~     94、封蝋

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