Wild Worldシリーズ

セアト暦40年
英雄の輝石

29.それはまるで英雄のように

  

  

  

 異紡ぎの森ほどではないが、緑が覆い茂る森の中。

 大蛇がいるという場所は、ほどなくして見つかった。

 姿かたちはまだ見えないのに、その存在感の大きさにゾッとなる。

 空気が震えているのだ。

 そしてどこからか重低音。

 ラムダは無意識に声を殺した。

ダイオス

……寝ているみたいだな

森の奥を睨みつけ、ダイオスが呟いた。

レダ

どうする? 今のうちに攻撃しようか?

 ダイオスと同じ方向から目を逸らさず、レダにしては怖いことを口にした。

 ラムダも、息をつめて目を凝らしてみるけど、森の奥は真っ暗で、何も見えない。

 しかし、ラムダにもはっきり分かる。

 この奥に、大蛇はいる。

ダイオス

先手必勝。行くか

レダ

うん。ラムダは下がってて

 ダイオスもレダも、明らかに声のトーンが違う。低い。


 恐ろしいほどに警戒しているのだ。

 ラムダは息を呑み、ゆっくりと付かず離れずの距離でふたりについていった。



 土を踏みしめる音、荷物が擦れあう音、小さな音がうるさい。

 だけど、不思議と怖くはなかった。

ラムダ

行かなきゃ……

 それが、自分の運命のひとつのように感じた。

 単純に、フェシスの後を追っているわけではない。

 何となく、そう思う。



 何かに引き寄せられるように、だけど全て自分自身が選んだ道。

ラムダ

大丈夫
きっと大丈夫

 ……何度そんなふうに思っただろう。





 だけど進もう。今は。今も。これからも。

 不意に、強い風が吹いた。緑が舞う。


 それは鮮やかで、強かった。


 目を閉じ身を固くして、衝撃に耐える。

 風が収まり、次に目を開いた時には、レダは倒れ、ダイオスがレダを庇うように大蛇と対峙していた。

 目を閉じていた数秒に、一体なにが起こったのか。

 ラムダに考えている余裕はなかった。

ラムダ

れ……レダっ!

 ラムダは慌ててレダに駆け寄り、抱き上げた。

 レダは額から血を流し、表情は苦しそうに歪んでいた。

 冷や汗が滲んでいる。

ラムダ

レダっ! レダっ!!

ラムダが必死に呼びかけると、レダは薄く目を開いた。

 しかしその瞳は間違いなくラムダを映していて、それに安心した。

ラムダ

レダっ! おい、大丈夫かよ!
今、応急手当だけでも……

 ラムダは魔女からもらっていた傷薬をカバンの中から漁った。

 しかし、焦ってうまくいかない。

 ラムダは情報収集の賜物か手当ての知識はあったが、実際にはやったことがない。



 だから正直自信はなかった。

 それでも、ここは自分が何とかしなければ……!

レダ

ラムダ、君は逃げるんだ

 カバンを漁るラムダの腕を掴み、レダは必死に、真剣な目を向けた。

ラムダ

レダ……

 思いのほか強い力に、ラムダは戸惑い、手を止めてレダを見つめた。

レダ

大蛇はどうやら空腹みたいだ
だから、いつもより強い
このままでは、みんな死んでしまう

 後ろから、ダイオスの悲鳴と何かが落ちる音。


 それを横目で捉えたレダは焦った。

レダ

ラムダ、俺が間違ってた
やっぱり君を連れてきてはいけなかった
君には関係ない。だから……

ラムダ

出来ないよっ!!

 レダの言葉を遮って、ラムダは叫んだ。


 ここまできて怪我をしたまま他人を心配するレダや、ひとりで戦っているダイオスや、何も出来ず信用されていない自分とか、そういうものに無性に腹が立った。

ラムダ

今更『関係ない』って何!?
俺は自分から望んだんだっ!
レダとダイオスを見捨てて逃げるなんて出来ないっ!

レダ

ラムダ……

 ラムダは振り返り、キッと大蛇を睨み付けた。

 大蛇は狂ったような目をし、ダイオスの隙を窺っている。

レダ

ラムダっ!

 レダの静止の声を振り切って、ラムダは駆け出した。

 魔女からもらった剣を構え、大蛇に真っ直ぐに向かっていく。

 それは、感情に任せた攻撃だ。

 無謀のようにも見えた。

ラムダ

うああああぁぁぁっ!!

その後姿が、フェシスと重なって見えた。















  

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