Wild Worldシリーズ
Wild Worldシリーズ
セアト暦40年
英雄の輝石
最終話.そしてまた、新しい旅へ
真っ暗だった。
四方八方が闇に包まれていて、何も見えない。
暖かさも冷たさも全くない、完全な闇。
あぁ、俺、死んだのかもな……
そんなことを思うが、異様に落ち着いていた。
不思議と穏やかな気持ちだった。
そんな中、遠くから、キラキラとした音が聞こえてきた。
そのさらさらとした感覚は、聞いていて気持ちのいい音だった。
ふと目を向けると、前方に、いつの間にか大きな背中が発光体のように浮かび上がり、立ちふさがっていた。
それが、ゆっくりと自分のほうを振り向いた。
表情は全く分からなかったが、何となく微笑んでくれているのだと思った。
彼は、自分が憧れていた人物なんだと、追いかけていた人物なんだと、無意識に感じとった。
君はまだ、こっちに来てはいけない
自然と手を伸ばした自分に、彼は諭すように言った。
その瞬間手はピタリと止まり、彼は動いていないはずなのに、少し遠くなった。
所在をなくした手が空を彷徨う。
私の役目は終わった
でも、君はまだ必要とされている
だから、行きなさい
でも……
この大きな人についていきたいと思った。
なぜか、なんて分からない。
今までの人生を全て投げ出したとしても、それさえも当然のように付いていけると思った。
この人なら……
だから、もう一度手を伸ばした。
だけど、その人はなお更遠くへ離れていった。
自分を突き放すように、だけど、やさしい眼差しで、
ほら、君の名前、呼んでいるよ
彼は、自分の後ろを指差した。
つられるように振り向けば、そこには、光が存在していた。
その光は、自分のために存在したのだと、彼が造り与えてくれたのだと、無意識のうちに感じ取った。
……ダ………ムダ…………っ!!
知っている声だった。
誰の声なのかと考えているうちに、彼はどこかへと消えていなくなってしまった。
それと同時に、光は大きく自分を包み込む。
戻って来るんだ、ラムダっ!!
目を覚ますと、心配そうなレダとダイオス、そして魔女がラムダの顔を覗き込んでいた。
あ、俺……つっ!
慌てて身を起こそうとすると、左肩に激痛が走る。
声にならないうめき声を上げて思わず右手で左肩を押さえると、レダが丁寧に支えてくれた。
まだ起きてはいけないよ
怪我、ひどいんだから
レダが厳しく言いながら、やさしい動作でラムダを寝かせた。
寝そべった姿勢で辺りを見渡してみると、そこが異紡ぎの森の魔女の家なのだと知る。
あれから……どうなったんだ?
どうにもよく覚えていない。
レダが怪我をして、ダイオスが戦っていて、ラムダが最後に突っ込んでいった。
その後、結局大蛇はどうなったのだろう。
どういう経緯で自分がここにいるのだろう。
夢を見ていた。
それだけはしっかりと覚えているけれど。
ラムダの問いに、レダとダイオスは顔を見合わせた。
ラムダが大蛇を倒したんだよ
え……、俺が……?
驚くラムダに、レダはしっかりと頷いた。
そう。一撃でね
多分、のど元の急所に剣で貫いたんだ
……そう、だったのか
思い出そうと目を閉じてみるけれど、上手くいかない。
自分が大蛇を倒したという実感が、まるでなかった。
疼く左肩を意識しながら、ラムダは小さく息をついた。
そんなラムダの様子に、レダは少し躊躇ってから、続きを話し出した。
フェシスもね、ラムダと同じように急所を見抜いていたんだよ
だけど、剣が届く前に毒にやられてしまった
フェシスのことを思い出したのだろうか、レダは少し苦しそうに声を出す。
しかし、それを聞いた魔女は、誇らしそうに笑った。
ふぉふぉ
あの剣が役に立ったの
フェシスから取り出した毒と血で血清を作っておいたかいがあった。
ラムダを救ったのは英雄の血だ。
だけど、そのことを魔女は言わなかった。
あの……
そんな魔女に何かを感じ取ったラムダが、顔を向けた。
そう、あの剣がなければ、自分も死んでいた。
それが分かるから、聞かずにはいられなかった。
あえて自分に渡してくれた剣。
これには、やっぱり意味があったのだろうか。
魔女は、何をどこまで知っているのだろう。
もしかして、最初から分かっていたんですか? こうなるって
いや。分からんかったぞ
魔女はきっぱりと否定した。
しかしまだ続きがあった。
まぁ、多少の未来視の能力も持っているからな
これは不完全な力だから絶対ではないがの
何と言うかまぁ、備えあれば憂いなし、じゃ
魔女の顔の皺の形が変わった。笑ったようだ。
ラムダは何となく納得できなかったが、これ以上追及は出来なかった。
何にせよ、助かってよかった
ラムダまで失ったらどうしようかと思った
ダイオスが心底安心したような顔をするから、ラムダは少し照れてしまった。
居合わせた全員が黙り込んで、それぞれの思考に耽る。
もう、これで敵討ちの旅は終わった。
これから、ふたりはどうするんだ?
俺は城へ行く
セアト王に呼ばれているんだ
まず答えたのはレダだった。
レダはダイオスと顔を見合わせて、小さく笑い合った。
お互いを信頼している表情だった。
俺は一度ウルブールに帰る
そしてちょっと休んでから……また旅に出るさ
今度はダイオスが、組んだ両手を頭の後ろにやるいつものポーズで答えた。
ふたりとも、次はもう考えてあるようだ。
だったら自分は、自分も、また新しい道へ踏み出さなければ……
ひとつの旅は終わっても、まだ続いていく。
次の旅へ。
出会いへ。
それは、生きている限り続いていく。
ラムダは?
怪我が治るまではここにいるんじゃな
さも当然とばかりに答えたのは魔女だった。
ラムダが苦笑すると、レダが慌てて言った。
怪我が治るまでは俺たちも付き合うから
そうそう
こんな危険な魔女とふたりにはさせないから安心しろって
お前達、ひどいのぅ
そんなやりとりに、ラムダは笑ってしまった。
そして、自分のこれからを思う。
あまり考えなくても、答えは出た。
俺も一度リバーストーンに帰るよ
それからまた、旅をする
ケルトたちに会いたいし、もしかしたら、城へも行くかも
まだ見ぬ明日を思うのは、とても楽しいことだった。
だから、みんな笑った。
それぞれの無事を願い、それぞれの明日を思い、これからもずっと、毎日を重ねていけるように……
みんなが同じ空の下にいるのだとしたら、いつかまた、会えるだろうか。
そして迎える新しい出会いに、心から喜べるように。
笑顔でいられるように。
世界を見たい。
広げていきたい。
いつまでも、この空の下で……