シェルナは胸の内を好奇心で一杯にして、カジノをぐるりと歩いていた。



 見た事もない楽しそうな雰囲気に心を躍らせながら、周囲の情景を瞳に写している。多くの者がゲームを楽しむ中、シェルナの視線を奪った者がいた。

 身長180はあろう細身の女性で、腰まであるストレートの金髪をなびかせている。碧眼を覗かせる横顔しか見えなかったが、整った超美形の顔立ちからも上品さが伺える。

 歳は20前後か、非常に大人びた印象を受ける。ゲームをするわけでもなく、何かを探しているようでいて、ただ、ゆらりと歩いているだけのようにも見えた。

シェルナ

わぁ~♪
とっても綺麗な人ぉ。

 憧れの対象とも言える完璧な外観に、うっとりしてしまうシェルナ。

 完全なよそ見で前を見ていなかった。

 シェルナの進行方向にいた冒険者の足を踏んでしまったようだ。すぐにシェルナは頭を下げる。自分がよそ見をしていたので謝るのは当然の事だが、素直にそれを行えるのはシェルナの長所だ。

ユフィ

!?

 ダナンの後ろで観戦に回っていたユフィやリア、それに入口付近で大人しくしていたアデルやシャインの目にも、その風景が入ってくる。



 相手の冒険者は二人。それなりの装備に身を固めているのでルーキーではないだろう。何か大きなリアクションでシェルナと言葉を交わしている。暫くやり取りをしていた後、足を踏まれた方の冒険者が、シェルナの手首を掴み連れていこうとしている。

シャイン

え!?
うそぉ!?

 そこまでの事態ではないと思っていたので、皆、遠くから見ていただけだった。

 反応良く咄嗟に動いたのはユフィだけだった。だが、距離がありすぎて間に合う訳もないタイミングだ。ユフィの目にも、手を払おうと必死のシェルナが写っている。

ランディ

またかよ……。
おい、離せっつーの。

 声の発信者は先程の金髪の美形。一驚を喫する事に、女性と思っていたが男性――青年だった。


 粗野とも言える口振りでシェルナ達の輪の中に割って入ってきた。

ランディ

いつも間違えられんだよ、
うちの妹はよ。
つーか、誰だ、
そのレナ様って?
知らねーし。

 冒険者の腕をガシリと掴み、美しい碧眼からの眼光で冒険者を射貫く。

 すぐにシェルナの腕を離した冒険者は、いきなり現れた超美形の男に対して、一歩後ろに下がる形となった。



 一方、金髪の青年もあっさり冒険者の腕を離したが、迫る様に前のめりになり圧力を強める。言葉は粗野だが、一つ一つの行動に合わせ透き通る様な金髪が風に乗る。美しいと言わざるを得ないその青年から、常人とは異質の凄味を感じる。

鎧を着た冒険者

人違いか……謝る。
許せ。

 冒険者は人違いをしていたことを謝り、カジノを離れて行った。

ランディ

全然謝ってねーし。

シェルナ

…………

ランディ

あんたもちゃんと
前向いて歩きなよ。

 金髪の青年はシェルナに一言残して、すぐに背を向けて離れていった。

ユフィ

知り合いなの?

 近くまで来ていたユフィがシェルナに訊ねる。

シェルナ

……え~と……
そのぉ~、

シェルナ

知らない人だよ……
ホントホント。

 少し驚いていたシェルナは、言葉を曇らせた。その後にいつも通りの笑顔で答える。


 突然の出来事に地に足ついていないのは仕方ない。だが、どことなくいつもは感じさせない影がある気がした。

 ~兆章~     89、人違い

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