青い空、










白い雲、

青い海、

波打ち際に立つ少女の背中。

それは、一枚の絵画のように
僕の記憶に刻まれていた夏の思い出。

あの日、僕は行き先を決めずに、
自転車のペダルを踏みこんで、
ひたすら前を進んだ。

夏休みが始まったらしい。

苛められて引篭もっていた僕にとって、
夏休みなんて初めから存在していない。

それでも世間は夏休み。

僕の居場所だった、
ゲーセンにも、ネカフェにも、あいつらが訪れる。

だから、僕は新しい居場所を求めて走り出した。

隣街に行こうか?

ダメだよ。
それじゃあ、近すぎる。

家にいれば?

僕を見る度に、父親は溜息を吐いた、
母親は怒鳴った。

あそこに、僕の居場所はない。

愛用していた自転車に乗って

ただ我武者羅にペダルをまわす。

前に進んでいく

そして、足を止めた。

どれくらい走ったのだろう。


目の前に広がる広大な海がそこにあった。

海……か、初めて見る

あれ……

そこには、女の子が立っていた。




ここの浜辺は遊泳禁止なのだろうか。





彼女以外、誰もいない。

あなた、他の県から来たの?

え?

初めてなんでしょ? 海を見るの

突然、女の子が振り返ると、
持っていたペットボトルを差し出す。

どうぞ、美味しい水だよ

あ、ありがとう

美味しい

名水だからね

あなた、海を見たことがないって本当?

うん、隣の………海なし県から来たよ

そんな遠くから、どうして?

居場所を探して

ふぅん、暇人なのね。学生なら

夏だ、海だ、ナンパだーっ

……って騒ぐものじゃないの?

僕、インドアだから

インドアなのに、何でここにいるの?

居場所探しだよ

居場所がないの?

家にいても両親が哀れみの視線を向ける。街には僕を苛めたクラスメイトたちがいる。

どうして、苛められたの?

オタクっぽいから

だから、居場所を求めてここに来たんだ。僕が在るべき場所を探しに

そういう言動は、オタクっぽいよ

そういう君は、ここで何をしているの

私も、似たようなものね

居場所探し?

私をここではない、別の場所に連れて行ってくれる誰かを待っているの

ふぅん

その誰かを自分から探しに行かないの?

私は待っているの。私の居場所が来てくれるのを

僕は居場所を探しに行く

でも、疲れたな。僕もここで待っていようかな

ダメだよ

どうして

ここに来てくれるのは、私の居場所。貴方の居場所は貴方が向かう先にあるの

不公平だね

君は何もしなくても居場所を得られる。だけど、僕は自力で居場所を探さないといけないなんて

この世は初めから不公平よ

そうだね

こっちは私の居場所だから、邪魔しないで

独り占め?

そうじゃないわ。貴方の在るべき場所はここじゃないからよ

ふぅん……

じゃあ、僕は行かなきゃ……僕の居場所に

それが良いわ

さようなら

さよなら、もうここに来たらダメよ

僕は再びペダルをこいで走り出す。
だけど、足はもう限界の悲鳴を上げていた。

今日は、どこかで休もう

夜になり、公園のベンチで休んでいると、
お廻りさんが、声をかけてきた。

10代の少年がこんな夜更けに徘徊しているのだから、不審に思われても仕方がない。


逃げたかったけれど、僕にはそんな体力はなかった。

君、こんな時間に何をしているんだい?

自分探しの旅をしているんです

…………君、学生証は?

一応、持っていますけど

………ああ、君か。親御さんから、捜索願が出ているね

ずいぶん遠くから来たんだね

え?

今夜は交番に泊まっていきなさい。明日、迎えに来てもらうから

あの……

無理強いはしないけど、悩み事があるなら話してごらんよ。君が家を飛び出した理由

えっと……

無理にとは言わないよ。話して楽になるのなら、話してごらん

多いんだよ、君のように悩みを抱えてここを訪れる子供たちが

さて、その前に親御さんに連絡するから、少し待っていて

………でも、あの人たちは僕のことなんて

その話も、後で聞くよ

……お待たせ

心配していたよ

え?

自殺なんてしたらどうしようって、取り乱していた

そんなことは

ここって、最近自殺者が多いんだよ。なぜか未遂に終わっているけど

そんな場所で保護されたなんて知ったから、お母さんは泣いていたよ

………

そういえば、この先の海は行ったのかい?

はい

三年前、あそこで女の子が入水自殺したんだ

家にも学校にも居場所がなかった女の子は

私は荒波を待っている。荒波は、私が居ても良い場所に連れて行ってくれるから

そう、遺書を残して夜の海に消えていったそうだ

あの海岸は荒波が多いことで有名な場所。自殺があったこともあって、誰も近づかなくなったんだ。近付くのは自殺志願者ばかり。
あの海岸は立ち入り禁止になっていただろ?

…………

どうしたんだい? 幽霊でも見たような顔をして

………いいえ

僕は思い出す。

青い空、






白い雲、









青い海の波打ち際に立つ少女の背中。

記憶の中で、
少女は振り返る、

ここは私の居場所だから、他の誰も近づかないで

貴方は、もう少し生きてみなよ

ねぇ

心配してくれる人がいるのでしょ、そこが貴方の居場所よ。
だから貴方は……ここから先は

おかえりなさい

ただいま

FIN

 【お題:「夏雲」あんよ様・作】

pagetop