Wild Worldシリーズ

セアト暦40年
英雄の輝石

26.魔女の棲家

 

 

 

 いびつな小屋だった。

 苔や蔦が無造作に絡まりあい、湿気が多くじめじめとしている。

 中は、いろいろなものを見慣れているラムダでさえ驚くほど禍々しい木の実や、おぞましい色合いの薬物、奇妙に歪んだ家具が雑然と場を埋め尽くしている。

 ……まるで絵本の世界にでも入ってきたような錯覚に陥った。



 足の踏み場がない。

 どうやって生活しているかも少し謎だ。

 物が多すぎて、かえって生活感がない。

そんなところで突っ立ってないで、適当なところに腰掛けたらどうじゃ

ラムダ

……!!

 黒くゆったりとしたローブに三角帽子。

 白髪は痛んだまま背中まで雑に伸びている。



 綺麗に削られた大きな赤い鉱石をペンダントにして胸元に下げられていた。

 その鉱石は、どこから光を得ているのか、不気味に輝いた。

ラムダ

俺はここで

 ラムダは入り口のドア付近に遠慮がちに佇んだ。

 ダイオスは慣れた様子で下から突き出た太い根に腰掛け、レダはラムダに苦笑してドアにもたれかかった。

そうか? 遠慮しなくてもいいぞ

 言いながらも魔女は無理に進めているわけではないようで、すぐにダイオスに向き直った。

で? だ? 手に入れてきたんじゃろうな

ダイオス

あぁ

 ダイオスは大切に抱えていた古びた本を、躊躇いなく魔女に差し出した。


 魔女は古木のように細く脆そうな腕を伸ばし受け取ると、パラパラと軽く捲った。

 音にならないうめき声を上げながら、目を見開いたり細くしたりしている。

 それから、本を閉じると満足そうに頷いた。

そうそう。これだこれだ
ご苦労さん

ダイオス

あぁ。それで約束の薬作ってくれるんだろ?

そうだな
今から作って、明朝には出来上がるじゃろ
寝て待て

 魔女は本を大切そうに戸棚の中へしまうと、腕をまくった。

 それから大きな木のスプーンのようなものを掴むと、グツグツ紫色の何かが煮詰まっている鍋の中をかき回す。

木を鍋の下に放り込み、爆ぜるほど火の勢いが増した。



 異様に絵になっている光景に、ラムダは目が離せなかった。

ダイオス

ここで寝たら死にそうなんだけど

ふぉふぉ。お前も言うな
果報は寝て待て、じゃ。まぁ、好きに過ごせ

 魔女は、棚から取り出した粉やら釣り下がっていた木の実やらを無造作に鍋の中に放り投げた。
 色が変わり、一瞬煮え立った。
 魔女は何食わぬ顔でかき混ぜている。
 ラムダは引きつった。
 これで一体、何が出来上がるのだろう。
 ダイオスは、慣れているのか組んだ手を頭の後ろにやり眠りの姿勢に入った。
 レダはその場に座り込み、ラムダもそれに倣った。

ラムダ

……あまり変なものを見たくない

ラムダ

なぁ、例の薬って何だ?

 思えば、事情なんて何も聞いていなかった。

 “魔女”に会いに行くと言われ、好奇心からついてきてしまったが、この先には一体何があるのだろう。



 少し不安になった。



 だけど、今まで旅をしながら、どんな時にも結構不安に陥っている自分に気付く。


 リバーストーンを出る時。

 スプウィングから砂の街へ。

 鉱石の町エメラルド。

 セアト王のいる王城。

 ケルトとフラウを見送るまで。

 今まで。





 旅に不安はつき物だ。

 なら、今の自分の状態も、大丈夫……なのか。

 たくさんの人に会ってきて、笑顔に出会ってきて、少しずつ成長して、ここまできた。



 だから、きっと、大丈夫。


 今も、これからも、どんなに不安になっても、乗り切れる。



 確証もないのに、がんばれると思う。




 そんな自分が、何だか嬉しかった。

レダ

蛇を退治する薬だよ

ラムダ

蛇?

レダ

正確には、蛇に対抗できる薬、かな
それと解毒剤

体力バカのフェシスも、その蛇にやられたんだよ

ラムダ

……は?

フェシスの名前に、ラムダは素早く反応する。


 ダイオスのほうを見ると、彼は苦笑した。

ダイオス

俺ら、敵討ちのために動いてたんだ

ラムダ

……敵討ち?

ラムダは頭をフル回転させるが、迷い込むように余計に分からなくなってくる。

ラムダ

英雄フェシスが……蛇にやられた?
 永年憧れていたフェシスが……

ラムダ

あぁ、だからレダと一緒にいないんだ

いやに現実感がなくて、どこか冷静な自分が恐ろしかった。

多分、突然変異で生まれた蛇じゃよ

ラムダ

…………

そういうモンは早めに退治するべきじゃ
しかし、フェシスとあろうものも、あっけなかったの……














   

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