…ねぇ…大丈夫?

ハルト…目を覚まして…

 遠くから、俺の名を呼ぶ声がする。

 …俺は一体、どうして…

 …あぁ…確か、敵との戦闘で…

ハルト中将。準備が整いました!

ハルト

ご苦労!

お気をつけて!

 コックピットに乗り込み、離陸の準備をする。

 すると、同じように乗り込んだ隣の機に、顔なじみの姿があった。

!!

ハルト

!!

 彼女の敬礼に対し、答礼で返す。

 思えば、彼女と一緒に大空を翔けるようになり、これが何回目のフライトなんだろう?

 そう思える位多くのフライトを、彼女と共に飛んできた。

 だが、今回のフライトで、俺も彼女も恐らくは…

 彼女の機体の先端についているプロペラが回り出す。

ハルト

感傷に浸るなんて、俺らしくもない…

 彼女と同じようにスイッチを入れ、プロペラを回転させる。

!!

ハルト

!!

 彼女に敬礼をし、その答礼を確認した次の瞬間、俺を乗せた翼は大空へと舞い上がった。

 この世界の空は汚れている。

 俺たちの祖先が、大地に眠る化石燃料を全て使い尽くした結果だそうだ。

 時折、汚れた雲間から垣間見る太陽の光だけが、残された人類の希望であった。

 そして、何とも形容し難い異形のキメラが、空を跋扈(ばっこ)している。

 強いてこれを表現するなら、古い書物で見た、まだこの世界の空が澄んだ蒼だったころの「鳥」という生き物と、複数の足を持つ節足動物を足して2で割ったような姿形だろうか…

 俺と彼女は、そんなキメラから、残された人類を守るパイロットだった。

 俺の放ったミサイルが命中し、地に落ちるキメラ。

 だが、今回のキメラはいくら撃ち落としても、次から次へと新手が湧いて出てきた。

ザ…ザザザ…
ハルト中将!聞こえますか?

ハルト

この声は…あいつの声だ。
この激戦の中、まだ生きていたとは…

ハルト

こちらハルト。聞こえているぞ!

良かったぁ~!
ご無事だったんですね!

ハルト

俺がお前を残して、先に逝くとでも?

いえ!そんなことは決してないと信じていたであります!!

ハルト

だが…今回ばかりは、助かりそうもないな…

 俺の視線の先に、数え切れない程のキメラの赤い瞳が映し出される。

ハルト

…お前は、今どの辺りにいる?俺の視界に、お前の機体は映っていないが…

今は中将の後方を飛行中であります!

ハルト

なら、この先のキメラの大群を、お前も目の当たりにしているだろう?

ハルト

ここは、俺が引きつける。
その間に、お前は退却するんだ!

それはできません!!!

ハルト

これは命令だ!
上官の命令違反は軍法会議にかけられ、極刑に処されることくらい、お前も知っているだろう?

しかし!!

ハルト

俺なら大丈夫だ。
常勝中将と恐れられた、俺の実力を見せてやるさ!

………どうかご無事で!!

 この通信を最後に、俺はキメラの大群へと突撃した…

ハルト中将!大丈夫でありますか?

中将!……………ハルト!!!!

 頭の中に焼き付いた、懐かしい、そして俺を心の底から安心させてくれる、うるさくも優しい声に導かれ、重いまぶたを開いてみると、そこには小さい頃の絵本に描かれた本当の空が広がっていた。

ハルト!!

ハルト

……俺たちは……

……

それよりも、ほら!!

 眼下に広がる、確か『入道雲』と呼ばれる白い綿菓子のような雲を指さし、はしゃぐ彼女。

ハルト

…これが、俺たちが夢見ていた、本当の空ってやつなんだな!

そうみたい。

ハルト

あの、さ…。
俺、お前に言いそびれていたことが…

 そう言いかけた次の瞬間、彼女の体は風に乗り、少し離れた場所に移動していた。

えっ!?何!!

ハルト

何でもない!

 そう言った俺は、その身を風に委ねて、この大空を彼女と共に翔け抜けたのだった。

FIN

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