毎年、ゴールデンウィーク過ぎの5月中旬に催される、

静岡県立前浜高等学校の学園祭 ―― 若葉祭は、
三段階方式の公開だ。

1日目が学校内部公開、
2日目が学校関係者及びマスコミ向け、
3日目が一般公開となっている。

心配していた聖月の体調もかなり落ち着き。
学園祭の当日、学校へ復帰。
初日と二日目を何とかそつなくこなし、
ようやく3日目……。

聖月

いらっしゃいませ―

学食を特別に貸し切り、聖月達1-A = 1年A組は
”コスプレカフェ”をしていた。

基本男子は女装、女子は男装するのだが、
数人の男女がペアになって代わる代わる一般客を
案内するのだ。

朝子

次、三浦ときょーこちゃんだよ

案内を終えた朝子が、
男子・三浦に声をかけた。

うん。分かった

その三浦ひと息つき終わり交代の時間になっても、
聖月は客席の方から戻って来ない。

みーちゃん、まだ給仕してるのかな……

うん。もうすぐお母さんが来るから、それまで頑張るって言ってたよ? ね、ヒロ?

そうそう。お母さんとも見学したいから、今の内だけ
でもって……

笑子とヒロが三浦に説明する。

でもさ、小鳥遊さん……あのコスチューム意外と似合ってるよなぁ

似合う似合わないのレベルじゃないよ。似合いすぎ。
特に、アレつけたから ――

あー、うんうん。アレ、ホント良く似合ってもんねぇ

男子がさざめく。

男子達の視線の先に立つ聖月は、
頭に猫耳のカチューシャ、
そして黒い猫の尻尾をつけていた。

柔らかな金髪をゆるふわなツインテールに結い、
ゴスロリに近い作りのメイド服は、
高い襟や半袖に細かくクオリティーの高いレースが
ふんだんに使われている。

スカートは、幾重にも付けられたペチコートによって、
フワリと膨らんでいるのだが、
不思議な事に膝上15センチ位なのに、違和感も無い。

清楚な白いエプロンにも、
ギャザーを寄せたフリルがつけられて、
メイド服の可愛さを倍増させている。

白いニーハイは、ギャザーを寄せて作ったガーターが
取り付けられ可愛らしさの中に、
少々危ういイメージも付け加えている。
そのメイドコスチュームのオプションとして、
黒くて長い尻尾と猫耳カチューシャがついているのだ。

可愛く見えない訳がない。

楚々とした歩き方も手伝い、幼女にしか見えない。

足音も立てないから、ホント猫みたい……

シミちゃん達も似合うけど、一番似合うのは小鳥遊さんだよね

ほぅっ……と溜息をつくコスプレ男子達に気づかず、
聖月はかいがいしく給仕に徹していた。

聖月

では、ごゆっくりお寛ぎ下さいませ……

教師以外の職員達が座る一角に、
聖月はお菓子やジュースを運び終え、
ペこりと一礼して厨房へ下がった。

そこでは『フードエキスプレス』の皇紀がコック長を
している。

鮫島皇紀

お疲れ、なんか飲むか?

聖月

ん、ミルクティーかな……茶葉が濃いめのが飲みたい

鮫島皇紀

了解

聖月

ごめんね。せっかくお休みに、こっちの手伝いさせちゃって

鮫島皇紀

気にすんな。俺が見てらんなくて手を出しただけだから、お前が気にする必要はねぇし

手前のオーブンでは、
リーフパイが焼き上がる寸前だ。   
   
      

鮫島皇紀

……? 疲れたのか?

俯いて、スカートと手だけの視界に、
皇紀の心配そうな表情があった。

聖月

……っ!? えっ? あっ、あの、ちっ、ちがっ

心臓がバクリと跳ね、慌てた拍子に体が傾いだ。

ぱしっ。

聖月の腕を皇紀が掴み、倒れかけた体を支える。

聖月

あ、あり、がと……

鮫島皇紀

お前、やっぱり疲れてんじゃねえの? 呼んでもボンヤリして返事しねーし。ちょっと座って休んでろ

厨房の端にあった椅子を持ってきて、
聖月を座らせる。

鮫島皇紀

お母さんが来るまで頑張るっつっても、肝心の回る時に疲れてちゃ意味ねえだろ? 少し座っとけ

聖月の横の調理台に、ミルクティーとリーフパイを置き、
皇紀も暫し休憩する。

鮫島皇紀

ありがとう。いっつも心配かけてごめんね

苦笑いする。

鮫島皇紀

別に、これくらい親友なら当たり前だろ?

ぶっきらぼうな言葉に篭められた感情は、
皇紀自身の言う通り昔馴染みとしてなのか、
それとも、別のものなのか ――?

そんな事考える自分の方が少し可怪しいと、
聖月は黙るしかない。

鮫島皇紀

とりあえずそれ、味見しろよ。客に出せるかどうかとかあるし

聖月

あ、うん。いただきます

少し冷めたパイは、サクリとした歯ざわりで、
メープルシロップとバターの香りが鼻に抜けた。

聖月

おいしい……

鮫島皇紀

そっか。 ならいいや

ツインテールのリボンを崩さないように、
聖月の頭をやんわりと撫でて、皇紀は離れていった。
   
      
   
『ちょっと、さっきのアレ、見た?』

『見た見たっ。なんかさ、聖月と鮫島さん、すんごくイイ雰囲気だったよねー?!』

『ぶっきらぼうだけど、さりげなく聖月の事気遣ってて……やぁん、なんだか変な想像しちゃうじゃなーいっ!!』

ヒソヒソ話す女子達の声は、三浦達男子にもかろうじて
届く。

………女子、怖………っ

大定番の恋愛ネタで盛り上がる女子達に、
三浦達は正直引いていた。

モブ・B

確かに、あの2人とのやり取りって、なんかアヤシイ感じはするけど、聖月の好きな人って違う気がする……

腕組みをした京子が呟いた。

幼い顔立ちをしているが、微かに艶っぽい部分が
滲み出ているのを、女子達は敏感に嗅ぎ取っている。

誰かに恋愛感情を抱いているだろうことも。

ただ、漠然とだが、その感情があの鮫島にではない
誰かに向けられているのだと、京子は感じていた。 

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