久住 柾也

失礼しましたぁ

声だけ高らかに浅く一礼した後、
進路指導室のドアを閉めて廊下を歩いていると、
グラウンドで部活中の野球部やサッカー部の声が
開いた窓から風に乗って聞こえてくる。

あ、久住くん

階段を上がろうとした時、
すれ違いざまに同じクラスの男子に声をかけられた
久住 柾也は足を止めた。

久住 柾也

なに?

さっき進路指導の田中先生が呼んでたよ

久住 柾也

おっせぇーよ。もう行ってきた

そっか。ごめーん

ぺろりと舌を出した彼に笑いかけて、
柾也は階段を上がった。

階段を最上階まで上がりきった踊り場には
使われなくなった体育用具などが置かれていて
雑然としている。

柾也はそれらを跨いで屋上へ続くドアノブを
握った。

昭和**年代以降あちこちで”学級崩壊”やら
”校内暴力”とかいった不穏な影が見え始めてから
屋上は完全な立ち入り禁止エリアとなった。

当然ドアには『立ち入り禁止』のプレートが
掲げられているが、誰がやったのか割れている上に
ドアの鍵が壊れていて役に立っていない。

ドアを開けると強い風が吹きつけてきて、
柾也は手を翳して眉を顰めた。

一隅に制服姿の男2人が向かい合って立っている。

片や、両耳ピアスにショッキングゴールドの染髪で
”華やか”通り越し”目がチカチカする程に”
ド派手な男子。

もう一方は、対象的に黒髪・七三分けの地味男。

地味男の方は耳まで顔を真赤にして、
目の前に立っているど派手男子をまともに
見る事も出来ない。

どうやら告白をした直後だったらしい……。

男が男に”恋の告白” ――
今は共学だが2年前まで男子校だった学校では
日常茶飯事的出来事だ。

地味男・宇田川が恐る恐るといった感じで
口を開く。

そ、それで、返事、だけど……

ど派手男子・ツナは頭を深々と下げた。

ツナ

ごめんなさいっ

宇田川は急に気が抜けたようになったが、
明るく笑い出した。
ツナは理由が分からず、キョトンとするばかり。

あ、ごめん ―― これでもボクとしてはかなり悩んだ末だったから、ようやく結果が出せてすっきりしたというか、ケジメがつけられて良かった

ツナ

宇田川……

あ、ものの見事に振られちゃったけど、卒業しても友達でいてくれる?

ツナ

もちろん

本当に良かった……じゃ、ボクは行くね。今日は来てくれてありがとう

去って行く宇田川と入れ違いに、
昇降口から柾也が現れた。

ツナの分のカバンも持っている。

久住 柾也

さて、帰りましょうか

ツナ

うん

2人は階段を降りながら話す。

久住 柾也

でもさーツナ、一体学年いちの秀才くんの何処がNGだった訳?

ツナ

その件に関しましては、黙秘権を行使したいと思います

久住 柾也

お前なー、こんな感じで今年に入って何人目よ。クラスの連中がお前の事なんて言ってるか判るか? 人間嫌いのインポ野郎だぜ

ツナ

アハハハ~

久住 柾也

笑い事じゃないっつーの

途中でチョーさんコト蝶名林学も合流、
3人で1階の昇降口へ向かうと 
”待ってました”のタイミングで女の子が行く手に
立った。

久住 柾也

何か用?

モブ・A

手嶌くん。星蘭女学館・3年D組の後藤佳子って子知ってるよね?



女子は強い眼差しをツナに向ける。

ツナ

後藤?

ツナの眉が思案気に下がる。

柾也とチョーさんは数歩下がり、成り行きを見守る。

モブ・A

後藤佳子よ。生徒会副会長の……

ツナ

あぁ、あの(股のユルい)女か

モブ・A

この間の日曜日。私との約束すっぽかしてホテル行ったって本当なの?

ツナ

おたくに何の関係がある?

モブ・A

あれ1回きりじゃないって聞いたけど?

問い質す女生徒の声が震えている。

ツナ

んなこといちいち覚えていられるかっての



悪びれず、うんざりした表情で吐き捨てるツナに
カッとなった女生徒が右手を振り上げた。

次の瞬間、バシッと小気味よい音が響いた。

モブ・A

二股掛けられて笑ってられるほどバカじゃないわよッ

ツナ

勘違いも甚(はな)だしいって、きっとおたくみたいな女の事、言うんだろうね

モブ・A

何ですって?!

ツナ

1~2回セッ*スすれば情が沸くとでも思ったか?俺、どっちかってーと、女のユルいアソコに突っ込む
より穴(ケツ)の方が好きなんだわ。どーしても俺と付き合いたいってなら、ケツ使わせろ。OK?

きっぱり言い切ったツナの冷ややかな言葉に、
柾也とチョーさんは

きっつぅ

と小さく呟いた。

わっと泣き出した女生徒が踵を返して駆け出した。

それを待っていたかのように強い追い風が吹く。

久住 柾也

水玉

ツナ

強い風は無情にも女生徒の短いスカートを翻す。

モブ・A

きゃあっ

傷ついた彼女の心にさらに追い討ちをかけるよう
スカートがふわりと舞い上がった。

久住 柾也

ざ~んねん、全員ハズレ~っ!



見えた紫色の悩殺下着に3人で大爆笑。

久住 柾也

あれ、お前の趣味か?

柾也に肩を小突かれたツナは、

ツナ

2回目に寝た時、言ってやったんだ ”そんな色気の素っ気もないグ*ゼのお子ちゃまパンツじゃ勃つもんも勃ちゃしねぇってさ。だからだろ

久住 柾也

(それ)にしても、趣味わるすぎぃー

行っちまったぞ。追いかけなくていいのか?

ツナ

もう関係ない

ツナの言葉にチョーさんは肩を竦める。
未練は全くなさそうだ。

久住 柾也

あー、俺らも青春したいねェ

その場を和ませるように柾也が伸びをした。

修羅場はカンベンだけどな

チョーさんが言うと、
他の2人も

違いねェ

と口端を上げた。

***  ***  ***

資産家の子息にしては珍しくチャリ通のチョーさん
とは最初に差し掛かった交差点で別れる。

んじゃ、また明日ぁ~

ツナ

「おぉ、気をつけてなー

ツナ

―― ところでお前、まだネカフェに泊まって
んのか?

その昔、若者達の娯楽と言えば、
カラオケとボーリングくらいしかなかったこの鬼啼島も
近年急速に観光地開発が進められ、
都会にある主だった商業娯楽施設なら最新のモノが
あるし。
もうすぐ島の*端に大型ショッピングモールもオープン
する予定だ。

久住 柾也

ん、まぁ、その日の気分でセフレんちに泊まったり
色々、かなぁ

ツナ

そんな面倒くさい事するくらいなら寮に入っちまえば
いいのに

この間は初めて飲んだ(というか、無理矢理先輩に
飲まされた)酒に悪酔いしたとはいえ  
親友に夜這いしそうになった自分に、
以前と変わらずこうして自分の事をあれこれ
気遣ってくれる、ツナの存在が物凄くありがた
かった。

久住 柾也

それこそ面倒だろ~。門限とか当番とかさ。男、連れ込めねぇのが一番困る

ツナ

ハハハ ―― お前らしいや

柾也は一貫したポリシーとして、同じ学校の生徒
とは肉体関係はもたない事にしている。

先程のツナ同様、屋上で同級生・田中に告られ・
断ったのも、そうゆう理由からだった。

ホント言うと田中には入学式の時から目をつけて
いた。

中肉中背の理想的体型 ――

自分とは正反対な地味で、真面目を絵に描いた
ような奴。

成績は入学以来首位独走状態、
週のほとんどを塾通いとカテキョとの勉強で過ごす
典型的なガリ勉タイプ、なのに……柾也は
見てしまった。

ま、どんな野郎でも雄の本能には勝てない、
という事なんだろうが……。

ゴールデンウィークの特別課外授業に参加した時、
あいつは体調不良を理由に海へは行かず1人
民宿の部屋に残った。

そこで、偶然同じ日程で部活の合宿中だった
都立*高の水泳部顧問と、その……本番、それも
かなり濃い目のセッ*スを致していたのだ。

顧問のスケべ親父に跨って顔面騎乗位で喘ぐ
田中の姿はいつもとギャップがあり過ぎで、
思わず柾也は室内の2人を見ながら1人エッチで
ヌイてしまったくらいだった。

久住 柾也

あ、そりゃそうと、小鳥遊さんのお見舞いは何時に
する?

ツナ

あ、そう、だったな……

昨日聖月が、体育の授業中に倒れ放課後養護の
先生と一緒に診療所へ行って、そのまま静岡市内の
市立病院へ移り、しばらくそこで検査入院する事に
なった。

うちの大地も小さい時から小児喘息で苦しみ、
この島に越すまでは入退院の繰り返しだったから
病気の辛さは人一倍判る。

ツナ

野郎だけで行ったってウザいだけだろうから、時期に
ついては親父に聞いてみるよ

診療所で聖月の初期診察にあたったのはツナの
父・手嶌竜二で、彼が市立病院での精密検査を
勧めたらしい。

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