ツナ

おはようございまーす

朝子

来たっ!

朝子は残りの食パンを口の中に押し込み、
コーヒー牛乳を口にして胸をトントン叩きながら
カバンを掴んでLDKを飛び出した。

これが最近の我が家のいつもの光景 ――

朝子

行ってきまぁすっ

絢音

行ってらっしゃい。車に気をつけるのよー

朝子

オッケー

少し遅れて聖月もテーブルから立ち上がった。

ツナ

おっ。小鳥遊、おはよ

ひょっこり玄関に顔を出した聖月に笑いかける
この男子は新入学の高校で同じクラスになった
手嶌 綱吉(てしま つなよし)。

気作な朝子と綱吉=通称”ツナ”は
入学式のすぐあと意気投合した。

クラスメイトとして付き合ってくうちに
自宅も近所だって事に最近気づいた2人。
出会って1ヶ月、こうしてツナが迎えに来始めて
聖月が知っている限り今日でかれこれ5度目
だった。

聖月

ん、おはよ……手嶌くん

ツナ

ったくもう小鳥遊ってば、俺ら知り合ってもう1ヶ月にもなるのに相変わらずよそよそしいな。俺の事は”ツナ”でいいって言ったろ

そう言ってニッと笑う悪びれないツナの笑顔に戸惑い、聖月は照れたように目線を逸らしだんまりになる。

ツナ

ん? 小鳥遊はテレ屋なのか?

聖月

な ―― ち、ちが……

ツナの言葉にカァァァ――ッとなって聖月が
口を開くと同時に朝子が言葉で制した。

朝子

ちゃうちゃう。聖月はね、ほんの少し変わり者なの。
だからいつも"話しかけないで"オーラ醸し出してるでしょ? わかんないの? 行こうよ、ツナ

ツナ

あ? ―― あぁ

そう言いながらもツナは再び聖月を見ると
その手を差し伸べた。

ツナ

小鳥遊もどう? いつも1人で学校行ってんのなら
待っててやるからさ、一緒に行こうぜ

(え……っ)

―― 自分に差し出されたツナの手

聖月

……いい


と言って聖月はプイっとそっぽを向いた。
その手を朝子が掴む。

朝子

聖月はダメなの。一緒には行けないから。ほらほら
早く行かなきゃ遅刻する。行ってきまーす

ツナ

え、なんでよ

玄関を出ていく2人を見て聖月はふぅ……と
息をついた。

***  ***  ***

手嶌綱吉はスポーツ万能、成績優秀。
入学試験もほとんどフルマーク(満点)に近い
高得点だったそうだ。
頭が良くて・スポーツ万能、おまけにお父さんは
”敏腕外科医”とくれば ――、
当然女子にはダントツの人気で、
他校の女子にまでしょっちゅう告白されている。

そしてなんだか妙に馴れ馴れしいヤツで、
女子高生達の熾烈なラブ・バトルを勝ち抜き
見事・彼の隣をGETしたミス前浜中の小鳥遊朝子
が従姉妹で一緒に暮らしていると分かったとたん、
私にまで何かと声をかけてくる。

===================

『待っててやるからさ、一緒に行こうぜ』

===================

ツナの言葉を思い出し、聖月は顔を赤らめる。

(もうっ! 私の事なんか放っときゃいいのに……
変なヤツ……)

そんな風にうざったく思いながらも、
ほんのちょっぴり差し伸べられた手を
もったいなく思う自分もどこかにいた。

何故そのように思うのか? はそれ以上詮索は
しない。してはいけない気がしていた。

絢音

お待たせ。行きましょうか

聖月

うん

絢音

あら聖月、顔赤いけど大丈夫? 熱、ないわよね

絢音がそう言って聖月の顔を覗き込む。

聖月

うん。ヘーキヘーキ、大丈夫だよ

絢音の運転する車でいつも通り学校へ向かうと
前を歩く朝子&とツナを見つけた。
楽しそうに笑いながらじゃれあっている2人。
聖月はそんな2人に目を向けた。

絢音

やぁねぇ、朝子ったら。あの調子で間に合うのかしら

近づくと絢音がパッパーとパッシングし、
2人がビックリして振り返った。

気づかれないように聖月は顔を動かさずに
目線だけで2人を追う。

朝子

ww ―― うちの車だ

ツナ

え?なんで?

朝子

聖月が乗ってるんだよ

それを聞いてツナは目を丸くした。

ツナ

話が見えないなぁ、なんで小鳥遊だけ? どうしてだ?

興味深々に聞くツナを朝子は振り返って見た。

朝子

……そんなに、聖月のこと気になる?

ツナ

気になるっていうか……単なる疑問さ。なんで別行動
なのかなぁって

学年の違う姉妹、もしくは学校の違う姉妹で別居
してるってならアリかもしれないが、さすがに
同じ家で暮らして同じ学校に通っているのに
別行動は謎である。
ツナが尋ねるのも一理あった。
ハァーと溜息を付いて朝子は話し始めた。

朝子

コレ絶対内緒だよ? 今のところ知ってるのは彼女に親しい人間だけなんだから。生まれた時ね、心臓に疾患があってずっと入院してたの

ツナ

心臓に、疾患?

朝子

うん。6才の時大手術して、一応は完治したらしいんだけど、激しい運動とか長距離の移動とかはまだ無理らしい

ツナ

そっか……

まさかの展開にツナは朝子はを見るが、
朝子はまっすぐ先をみつめたまま話を続けた。

朝子

で、長い間閉鎖された環境にいたせいかあの子、人付き合いがてんでだめでさぁ

朝子の話を聞きながらツナは聖月を思い浮かべた。

サラサラのボブヘアーにリスみたいなどんぐり眼(まなこ)。
いつ見ても誰かと居るわけではなく、一人きりで
本を読んでいる。
朝子と違って大人しく、
体育の時間も木陰で見学している姿を
よく目にしていた。

なんであいつだけ?って疑問には
思っていたけれど ――

(心臓に疾患……そうかそのせいで)

朝子の話を聞いてツナはやっと聖月の事を
知った気がした。

自分に向けられる聖月の態度はなんだか
いつも冷淡だった。
ってか、反応が薄い。
それなのにたまに感じる聖月の強い視線 ――

あれは一体なんなのか……

朝子

聖月に関する情報提供は以上でいい? もうっ!
聖月の事ばっかでつまんない

ぷぅぅ――っと膨れてすねる朝子はツナの腕を
ひっぱって手近な建物と建物の間の路地裏に
連れ込んだ。

ツナ

悪かったよ。ごめん

朝子

もう聖月の事ばっか聞かない?

ツナ

うん。聞かない

朝子

……なら、キス1回で許す

そう言って目を閉じる朝子の唇にツナは
周りを気にしながら唇を重ねた。

今ではこういう関係の2人。

良くも悪くも社交的、というか ―― 
かなり開けっぴろげな朝子としては、やっと掴んだ
本命くんを逃がさないよう、遅くとも夏休みまで
次の段階に進もうと計画してるのだった。

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