聖月

んーもうっ! お母さんってばいつまで
 落ち込んでる気ぃ?

絢音

ん~……分かっちゃいるんだけどねぇ~……

聖月

気持ち切り替えてさっさと寝なよ。そんな風だとまた明日も失敗するよー。じゃ、お休みぃ

絢音

ん、ありがとね。お休み

あぁ~~、それにしても……思いっきり凹む……。

何時にも増して ”ダメダメ” な1日だった。

今日は酷くなるばかりの雷雨と左門さんの体調もあまり良くなかった事が重なり、いつもより数時間早く店じまいした。

愛実だって結局何をしに来たのか? 
分からなかったが、情けない姉に対して呆れていた
のは間違いないだろう……。

プププッ プププッ プププッ ――――

スマホの通話着信。

ん? 誰だろ……

ロクに発信者名も見ず出てたら ――

『絢音? 一体あなた愛実に何を言ったの?!』

それは何時まで経っても子離れ出来ない
母・文乃(ふみの)

絢音

いきなり何よ

母・

愛実の事よっ。一体、何を吹き込んだの?!あの子ったら今頃になって**組の仕事をキャンセルする、なんて言い出したのよ

因みに”**組”とは、
別に暴力団の事ではなく。
映画界で使われる監督を中心とした、
出演者及びその映画製作に携わる関係者の
集まりを示す。

母・

怒らないから、正直に言ってごらんなさい

絢音

正直って……あのさ、悪いけど私何の事だかさっぱり
分からないし。疲れてるんで、この話しは直接愛実としてよ

母・

疲れたなんて ――! たかがパートタイマーでしょっ。妙な所で働いてるから、やっぱりあなたも変わったのね。お母さんに向かってこんな口の聞き方するなんて

これには、流石の私も ”カチン”ときた。

母・

だから反対だったのよ、あんな水商売。いい加減、あんないかがわしい仕事は辞めなさい。変な意地を張らずにこっちへ帰ってくればいいわ

絢音

……そうゆう所、母さんと愛実はそっくりだよね

母・

え ……?

絢音

言っとくけど私、あの子、愛実とは2年前からまともな会話なんてしてないよ。ついでに言えば
”フードエキスプレス”はいかがわしいお店なんかじゃないわ。失礼なこと言わないでっ

母・

そんな話をしてるんじゃないでしょ、今は。だいたい
愛実に ――

絢音

何でも私のせいなの?? いきなり電話してきて、普通の母親なら元気なのかくらい、聞くもんなんじゃないの? そういうの1度だって母さんが言ってくれた事あった? この数十年、私のこと気遣ってくれたのはお店の人や国枝家の人達だけだった。あなたじゃない。母さんがそんな風だから愛実だって煮詰まって、追い詰められて、バカなこと言い出したんじゃないの? もう少し人の話を聞きなよっ。何でも決めつけて、罵るばかりじゃなくてさ

久々に激昂し一方的に通話を切った。

しばらくして再びスマホに通話の着信。

またどうせ母からだと思って放置しても、
相手はなかなかしつこい。

いい加減ムッとして電話に出る。

絢音

もうっ! いい加減にしてよ

鮫島皇紀

あ ―― ごめん、鮫島だけど……

その意外な相手にちょっと驚いて、
慌てて座り直して姿勢を正した。

絢音

あ ―― すみません、変な勧誘がしつこくて

鮫島皇紀

あ、そうだったのか……あ、えっと……今、話して大丈夫?

絢音

はい。もちろんです。あ、あの ―― 今日はすみませんでした

鮫島皇紀

俺の方こそ謝ろうと思って、電話したんだ。そんなに身構えないでよ

絢音

こ、皇紀さんが、ですか……?

鮫島皇紀

あぁ、えっと ―― 昼間はちょっとキツかったかと思って……俺的には、ちゃんと分かってるようなんで ”もういいよ”って意味だったんだ。けど、あれじゃ”突っ放した”ような物言いだって思ってさ

絢音

は ―― は、ぁ……

皇紀さんが話している受話器の向こうから
  
『もっと、ちゃんとフォローしろよなー。絢は、あんたのせいでめっちゃ落ち込んでんだから』

って、夏鈴ちゃんの声がした。すると、皇紀さんは

『うっせーな。お前は少し引っ込んでろ』
と、答えた。

絢音

あ、そっか。皇紀さん、彼女に言われてこの電話くれたんだ……

鮫島皇紀

あ ―― あぁ……ごめんな、その……

絢音

判りました。わざわざありがとうございます。今後は
皇紀さんにも左門さんにも夏鈴にも迷惑かけないように気を付けますから

鮫島皇紀

いや、あの……電話は夏鈴に言われたからばっかじゃないからな

絢音

大丈夫です

鮫島皇紀

……あのさ絢ちゃん。そんなに自分の事、追い詰め
なくていいからさ

絢音

え ―― っ?

鮫島皇紀

言い方、キツかったらごめん。でも嫌いで色々言って
んじゃないし、俺、別に言葉以上の含みとか何もないし。仕事、良く頑張ってくれてるの判ってるよ。礼儀正しいし・キチンとしてるし、偉いなって

絢音

そんな……

鮫島皇紀

ただ ―― 時々変に萎縮してるからさ、もう少し伸び伸びすればいいと思ったんだけどさ。言い方悪かったかなって。だから……ごめんね

あ、あの ―― 明日は午後出になりますけど、ちゃんとしますから

あぁ ―― それじゃあ、また

―― 私の事なんか、放っておけばいいのに。

皇紀さんは、どうしてこんな電話を掛けてきたん
だろ。

どうして、こんな私を気遣うみたいな言葉を
掛けてくれたんだろ……。

心ではそう思っていたのに、口をついて出たのは
まるで逆の言葉で ――
何だか、急に恥ずかしくなってしまう。

『そんなに自分の事、追い詰めなくていいからさ』

『礼儀正しいし・キチンとしてるし、偉いなって』

  
カラダ、休めなきゃ。
ホントは皇紀さんの少し笑ったような声と、
初めて貰った厚意的な事がとても嬉しかったのだ。

ひとりの部屋で何度も何度も繰り返し思い出して
いる自分がバカみたいだと思うのに、どうしても
繰り返してしまう……。

皇紀さんの優しい声を聴いたおかげか?
母さんと話して荒ぶった心もいつの間にか
穏やかになっていた。

  

下がったり ~ 上がったり ――

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