2人掛けのテーブル席に案内した。
小声で問いかける。
―― いらっしゃいま……
なぁにその顔は? せっかく来てあげたのに
愛実 ……
ちょっとさ、何ボ~っとしてんの? 私一応お客なんだけど
す ―― すいません。こちらへどうぞ
2人掛けのテーブル席に案内した。
小声で問いかける。
急にどうしたの?
その質問の主旨は?
新しいドラマの主演が決まったって聞いたけど、仕事、忙しいんじゃないの?
たった1人の妹が貴重な休日潰して会いに来てあげたのに、そこまで迷惑そうにしなくても
べ、別にそんなつもりじゃ……
ま、いいや、注文はオムライスね。アフターでアイスティーと小倉抹茶パフェもお願い
畏まりました
今日は昼過ぎから突然雷雨に見舞われ、
いつもの観光客達に加え雨宿りのお客さんも
大挙してやって来た。
それに、この時間帯はフロアチーフの左門さんを
入れた5人体制で切り盛りしているのに、
頼みの琉奈とバイト1名が季節外れのインフルで
ダウンし。
もう、盆と正月が一緒に来たくらいの忙しさ
なんだ。
―― ご新規、二組入りました。あと、9番さん ――
『あ、あの ―― おトイレは何処ですか?』
はい、こちらを奥へ進んだ突き当りになります
絢ちゃんっ。8番さんの生春巻きあがってるから運んで
彼は厨房チーフの鮫島 皇紀(さめじま こうき)
さん。
左門さんとは恋人同士でこの店から徒歩10分程の
所にある多幸浜のシェアハウスで同棲中。
私はこのパートを始めてまだ間もない、とは言っても、何をやっても要領が悪く左門さんと皇紀さんには
いっつも注意されてばかり。
オッケー、コレね。持って行きます
ごめん、宜しく
”ちょっとぉ~! さっきのまだですかぁ?”
はいぃ、もう少々お待ち下さいませー
”ちゃんと、しないと”
自分に言い聞かせるよう心の中で呟き、
仕事を続ける。
そこへ、電話で中座していた左門さんが
やっとフロアへ戻って来た。
お待たせぇ~、今すぐ入るからぁ
ちょっと左門さん、頼むよ~
ごめん ごめん。もし、俺達でどうしても手が足らないようだったら、羽柴さんが本店からヘルプ回してくれるってから、もうひと踏ん張りだよ
左門さんと皇紀さんは中学・高校時代、
いち学年違いの先輩・後輩同士でもあり、
関東甲信越地方の野球強豪校として名高い
私立星蘭学園の名バッテリーとして名を馳せて
いたそう。
(それ)にしても、今日は何だってこんなに人が多いんだよ~
んな事オレが知るか。文句は雨に言ってよ
”―― えっと、*番テーブルのオーダーは……”
近くに差し掛かった7番テーブルのお客様に
呼び止められた。
悪い。ちょっといいかな
はい、何でしょう
……キミ、何か気付かない?
は? なにか、と……
そう言われて考え、一瞬の後ハッとした。
ガパオライス、ちょっと急いでくれる?
は、はいっ。申し訳御座いません。すぐ、お持ち致します
”しまったぁ ―― すっかり忘れてた”
厨房カウンターへ戻る道すがら、客席に座る
愛実の冷たい視線とぶつかった。
何にも変わってないのね、絢音
皮肉たっぷりに言われた。
さっきまでは英語で喋ってたのに、
わざわざ急に日本語で言ったのは私への当て付けだ
悔しいけど、何も言い返せなかった。
―― あぁっ? ガパオライスの注文忘れてたって?
すみません
すみません、って言ってもな。もう、ひき肉は合い挽きも牛もトリも使い切っちゃったし、参ったなぁ……あ、左門さん! ちょっといい?
んー? 2人で難しい顔取っ付きあわせてどうしたの?
ガパオライス切れてるんだけど、ひとつ、受けちゃってるんだよねぇ
えっ、受けたのはだぁれ?
それが絢ちゃんなんだけど、相当お待たせしてるみたいなんだ
”ど、どうしよう ―― 私のせいで皆んなに迷惑
かけて……!”
―― オッケー、分かった。俺がお詫びしてくる。絢ちゃんは代わりにカウンター入って
は、い――あ、あの! すみませんでした、左門さん
ドンマイ。けど、次からは気を付けてね
と、左門さんは問題の”ガパオライス”を注文した
7番テーブルのお客様へお詫びに行ってくれた。
ホラ、絢ちゃん、カウンター
あ ―― 皇紀さん……叱ら、ないんですか?
皇紀さんはフッとほほ笑み、
叱ってどうすんの? 少しボーっとしてたのは自覚あるよね? それで、俺に申し送りし損ねたのも自分のミスだと分かってる
―― はい
じゃあ、後は自分で反省するだけだ。同じミスを繰り返さないようにね。それとも ―― 怒られた方が気が楽だって言うなら、思いっきり怒ってあげるけどー?
皇紀さんの言葉はある意味、衝撃だった。
叱らない代わりに、自分のやった間違いを
良く考えろ、と言われ。
自分の中に”油断と甘え”があった事に
気付かされた。
満席の状態が長く続くなんてそう珍しい事じゃ
ないし。
妹の突然の来店に気を取られていたなんて、
言い訳にもならないのに……。