2021年3月22日(月) 大安吉日

この佳き日、島に唯一ある小学校と中学校の
共同校舎で第70回目の卒業証書授与式が
賑やかに執り行われた ――。

離島だからこそ、なのか?
ここ数年は少子化の影響が如実に表れていて。

卒業生は小中学校併せても僅か30名足らずだ。

その卒業生の中に我が自慢の……やんちゃ娘・
聖月(みずき)と姪の朝子(ともこ)もいる。

式典も無事終わり、校庭で先生方や友達と
記念写真を撮っている聖月へひと声かける。

絢音

ごめん、聖月ぃ朝子。じゃ、母さん行くね

聖月

あ、うん。今日はどうもありがとう。うちら今夜は夏鈴(かりん)の家に泊まるから

絢音

分かったわ。でも、五十嵐さんのお宅にあんまりご迷惑かけないようにね

聖月

分かってるって。いってらっしゃ~い

途中すれ違った先生や父兄の方々に会釈をしながら
足早に正門へ向かい、そこへ置かれた自転車で
パート先へと急ぐ。  
  

***  ***  ***

”お早うございまーす”と、事務所へ入ると
いたのは嫌味なマネージャーだけだった。

迫田

お早うございます、ねぇ……

と、あからさまな渋顔で腕時計を見る、
四十男・迫田 冬彦。

迫田

ただでも人が少ないんだから、こうちょくちょく休まれちゃこちとら商売上がったりだ

絢音

すいません

と言いながら片隅の印字機でタイムカードを押し。
心の中で『自分は就業時間中でも平気で油売ってる
癖にぃ』 と愚痴る。

迫田

あー、そうそう、小鳥遊さん

絢音

はい?

迫田

ところで ――

立ち上がって、私の前までやって来た。
とっさに私は後ずさる。
迫田はそんな私を好奇の目で見やりながら
ジリジリとその間合いを詰め、

迫田

例の件、真面目に考えてくれた?

絢音

例の件 ―― と、おっしゃいますと?

迫田

まったまたぁ、やだなぁ~とぼけちゃ

私は何もとぼけてなどいない。

でも、背中が壁に当たって、退路がなくなった事に
気が付き、少々焦る。

絢音

あ、あの ―― 私そろそろ

迫田は私の両肩脇の壁へ手をついて、
ニヤリ、不敵な笑みを浮かべた……けど、
  (まるでサマになってない)。

迫田

そう。そろそろ観念しちゃいなよ

私が言ったのはその”そろそろ”ではない。

迫田

こーんな貧乏臭いファミレスでちまちまパートしてるより、贅沢な暮らしさせてやるって言ってんのに何が不満なの?

そこへ『貧乏臭くて悪かったな』と現れる、
グレーのビジネススーツでびしっとキメた
ちょい悪オヤジ風の男、羽柴 仁。

迫田は『あ、せ、専務……』と、慌てふためいた
様子で私から離れて、事務机の方へ戻った。

私は”これ幸い”とレストラン店内へ向かった。

この『フードエキスプレス』は主に静岡県内と
伊豆諸島を中心に事業展開している中規模
外食業だ。

母体企業の株式会社『覇王』は同族会社で。

期せずして私の窮地を助けてくれたあのちょい悪
オヤジは迫田家の三男だが、諸事情により
遠縁の親戚”羽柴”へ養子に出された。

会社内での役職は代表戸締役専務。

対する迫田冬彦は長女・寿乃(ひさの)さんの
婿養子。
だから奥さんにはもちろん、一族全員に
頭が上がらない。
  
 
***  ***  ***

私の名前は小鳥遊 絢音(たかなし あやね)
今のところ独身・35才。

生まれも育ちもこの”鬼啼島”
(詳しく言えば生まれたのはこの島から下田へ
 向かう途中の高速ヘリの中)
   

1度、十代の時、当時付き合っていた男に
引っ付いて上京したが、彼との仲は僅か半年で
破綻し、その後に知り合った男とは結構イイ線まで
行ったけど諸事情により自分から身を引いて。
島に出戻り、未婚のまま聖月を産んだ。

聖月はまぁ、女の子にしては多少 ―― いや、
かなりやんちゃでお転婆なところはあるが、
シングルマザーの元に育った割りにはグレる事も
なく真っ直ぐ育ってくれたのでそれだけは自慢だ。
今年中学を卒業し従姉妹の朝子と共に島内の
公立高校へ進学する。
  

事務所であの嫌味でスケベなマネージャーから
”例の件 ――”と、訊ねられた時は
すっかりど忘れしていたんだけど、
あいつが新店長として赴任して以来、
手を変え品を変え言い寄られるので、
ほとほと困っている。

あの時、もし羽柴さんが来てくれなかったら
どうなっていたか……考えるだけで鳥肌が立つ。

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