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――まったく。
久しぶりに、満たされた光なんてものを、蓄えちまったからか。
『――なんでぇ、らしくもなく怒鳴っちまってよ』
顔を下げながら前を歩くセリンへ、俺は、そんな気遣いをかけちまった。
黙りなさい。もう、会うこともないんだから
声は硬いが、嘘だっていうのが丸わかり。
……あぁ、俺はこういうマジメな子をからかうのが、昔好きだった気がするねぇ。
優等生のようにふるまって、飲み込みもいいが、代わりに演技はダメ。
かつての世界なら、セリンもそんな不器用な生き方、してたんだろうなぁ。
『良い子だったなぁ。無邪気で、一生懸命で』
おそらくああいう子だったら、そんな不器用なセリンでも、ぎこちなくでも話しあうことができるんだろう。
煽(あお)るつもりもなく、感じたままに言ったつもりだったが、無視される。
俺に硬くなる必要は、ぜんぜん、ねぇのになぁ。
(セリン以外を誉めるのは、まぁ、よくあることなんだが)
そうすると、不真面目だの話しかけないでだの、散々に言われるのに。
……返されないのも、寂しいもんがあるねぇ。
『初めて会った時のお前さんも、あんな感じで、無邪気だったのになぁ』
今日は、ずいぶんと口が滑るわね
そう言いながら、手を左右に振るセリン。
カンテラがらがら、本体ぐらぐら。
(まぁ、感覚があるのかってぇと、怪しいもんではあるが)
昔だったら、二日酔いコース並の吐き気があったろうなぁ。
……と、想っていたのに。
(い、かんねぇ)
なんだか、本当に気分が悪いようだ。
言葉を止めていると、セリンはカンテラをふるのをやめて。
まだ、調子は治らない?
さっきとは逆に気づかうような声で、空いた方の手をカンテラに添えてくる。
『おおっと、叩いたって治るものも直らんぜ?』
あなたの口は、元からでしょう
『わかってるなら、スネるなよぉ』
言ったら一発叩かれた。
直らないって言うのに、理不尽だぜぇ。
――まぁ、それぐらいの距離感がいいんだ。
(湿っぽくしちまったら、また、考えすぎちまうからなぁ)
『あいたた……いろいろと漏れちまったら、どうするんだよぉ?』
また、探せばいいでしょう
『へぇ、そうだなぁ。ただ、今の光は、すごかったなぁ』
……
俺の言葉に、セリンの口が閉じる。
――察しが悪いわけじゃないから、どんな意味が含まれているのか、わからないわけじゃないだろう。
むしろ、俺もセリンも、わかってはいるのだ。
知ってもいた。
――望んで吸いこまれた光の方が、灯りも、長さも、ずっといいってことは。
(こんな世界でも変わらないってわけだなぁ)
だが、なかなかそうはいかないってのが、現実というもので。
――現実。
(このパワーワード、どうにか優しくできんのかねぇ)
周囲の闇を、眼のないどこかでとらえながら、声の出ないため息を吐く。
まったくよぅ、かわいい子に触れもしないこんな世の中じゃ、って感じだぜぇ。
……あの子
『んん?』
どれだけの光を、吸ってきたんだろう
こぼすように、セリンが呟く。
話しかけられた言葉なのか、つい、こぼれた言葉なのか。
わからねぇが、ただ、俺は。
『へっ』
いつものように、調子のいい声で答える。
『他人の話だよぉ、気にするだけ損だぁ。時間の無駄だぜぃ』
時間なんて、あってないようなものでしょう
『違いねぇ。くっくっく……』
言葉ではわかっても、時間の作る意味が、確かにこの闇の世界にはねぇ。
とはいえ、と、感じもする。
――今までこの闇の中を、進み感じてきた。
それらに意味が、ないわけじゃねぇからなぁ。
(ない、って感じちまうのも、そうしないようにしてきたんだけどなぁ)
そういう意味では、喜ばしくも、ああ困るわな、という感じ。
……同胞に会えるってのは、自分を想いだすことだってのは、難しいもんだねぇ。
考えてしまうの。あの子はどれだけの闇を、進んできたのかって
『そうだなぁ。まぁ……俺らと、いい勝負なんじゃねえのぉ』
あの無邪気に見える笑顔を、今に至るまで、絶やさず来たのだろうかねぇ。
(……おっかねぇなぁ)
さっきの会話を聞く限り、仮面じゃねぇとは言い切れない。
心からそう想っていても、そうでない面はないとは、まぁ言い切れねぇわな。
(ただ、そうでない道を選んだセリンにゃ、びっくりな光だったんだろうな)
それは、もしかすると、憧れや羨望に近ぇのかもしれない。
いつでもあらゆる時、どんな存在や相手にすら、微笑みを向ける。
誰かのために、なろうとする。
たとえ、自分が危険な身となっても。
(それを、かつての世界では英雄やヒーローって言った気もするが……)
そこまで考えて、また俺は、へっと鼻を鳴らす。
『気にするなよぉ。お前さんと俺の進み方も、別に、変える必要なんてねぇんだからよぉ』
自分で想いついた、英雄やヒーローって言葉に鼻白(はなじろ)む。
――そんなもん、なれねぇからこそ、理想なんだってことじゃねぇか。
(まぁ、英雄やヒーローは、好きだったがね)
ただ、そうなろうとしない……できない者に、それを押しつけるのは酷だって話だぁ。
あのお嬢ちゃんは、そういう意味では、ちょっと眩しすぎる面はあったかもな。
(しかし俺では、よぉ。……耳をふさぐことしか、セリンに、教えてやれなかったからよぉ)
セリンをこうしてしまった自分を想うと、まったく、両手両足がないのがもどかしくなるぜぇ。
そんな俺の言葉に、セリンは、いつもの仏頂面をようやく取り戻して。
もう、慣れたわ
『ふむ。あのお嬢ちゃんも、慣れてはいるんだろうけどよ』
慣れる……
ぽつりと呟いて、セリンは、考え込むような表情になった。
……私より、リンの方が、いい?
『はぁ?』
いや、突然、なにを言い出した。
まったく理解できねぇから、らしくもなく慌てて聞き返す。
『俺が、あのお嬢ちゃんを選ぶって、どういうことさね』
さっきから、彼女のことばかり
『……は?』
想わず、俺は口を止める。
そして、セリンの表情を見て、言われたことをようやく理解して。
(……いやぁ、まったく。そんなこと、あるぅ?)
内部からくる衝動を抑えるのに、必死になった。
しかし、吹き出しそうになった心の揺れを、とどめるのがこんなに大変だとは……!
改めて、相方の顔を見る。
少しばかり口先をすぼめ、眉間には少しのシワ。
否定しなかった俺に対して、不満を感じている、そんな顔。
――フィーリングで言えば、これって、あれか?
言ったら怒られる類の気分に、セリンさんは、なっていらっしゃるのかねぇ?
笑い声を必死で押さえながら、俺は、改めて声を響かせる。
『そうしてしおらしいと、昔を想い出すねぇ』
う、うるさいわね。そんな話、していないわ
本当に、いろいろと隠すのが下手な相棒だ。
まぁ、こうしてからかう、俺も問題なんだろうがねぇ。
(正直に安心させられりゃ、いいんだろうけどなぁ)
そういう意味では、あのお嬢ちゃんの手元の光。
確か、スーって言ったっけか。
俺と反対の方が、セリンとの相性は、よかったのかもなぁって妄想する。
(……あっ、だめだ。俺もセリンのことは、言えねぇなぁ)
――表情がなくなってこんなに安心するとは、俺もまだまだ、枯れてはいないねぇ。
『安心しなよぉ。……花がしおれるようには、させねぇつもりだからよぉ』
俺にも、俺なりの考えや、やり方がある。
それは……ふざけていても、ふざけているからこそ、わかってるつもりではいるのさ。
しおれる……? なにを言っているの
花の寿命を見たことがないセリンに、俺の言っていることは、わからないらしい。
――まぁ、花はまた種をまき、新たな命を咲かせるんだが。
(いつかまた咲く時も、側にいて、照らしてやるがね)
……もっとも、そん時は向こうからお断りされちまうかな?
そんなことを想いながら、セリンの問いかけにちゃんと答える。
『それに、ま、あのお嬢ちゃんと組むのは勘弁だなぁ』
正直な言葉に、不思議そうな顔を浮かべるセリン。
どうして?
『なにごとも、ほどほどが肝心ってことさね』
するりと響く、俺の言葉。
『でないと……』
でないと……?
――スーって言ったか、あの光。
『……男が言っていたことと、同じさぁ。強すぎる光は、おっかねぇってなぁ』
――よくもまぁ、一緒に入れるもんだって、感心するもんだ。
セリンだけじゃない。俺も、同じことを想っていた。
……暖かくも冷たくもなる光を、精一杯の最大で、取り込もうなんて。
『願ってもなれないくらいが、ちょうどいいんだよ。俺にはな』
英雄にもヒーローにも、なれない。
だが、憧れながらも、遠くで見ることで。
……ようやく、そこでしか見えない、膝を折りそうな形を知ることもある。
(その、全部は無理だけど、ってくらいが……いいのかもなぁ)
――俺が照らすセリンという少女も、だからこそ、進むことができるんだろうから。
グリが皮肉屋なのは、知っているけれど
不満げなセリンは、納得がいっていないようだったが。
『いいんだよぉ。寂しがり屋のセリンちゃんは、また、リンちゃんと遊べる日を心待ちにしてればさぁ』
なっ、はっ!?
想わず、大きな声を出す相棒。
否定しようとするその態度が、逆に、違う感情があるって簡単にわかっちまう。
……まったく、かわいいねぇ。
最後に、言ったでしょう。彼女と会うのは、もう、誰も会える光がない時だって……!
焦ったように、早口で否定するセリン。
その様子が、逆に、リンという存在が灯した光の大きさを表しているみたいで。
『――みんなのため、っていうのは、抱えるにはでかすぎるからなぁ』
えっ……
『まぁ、友達じゃないにしろよぉ……初めて会った、お仲間なんだ。忘れないでやれば、いいんじゃねぇかぁ?』
――ずっといるには、辛すぎる相手だが。
……そんなことは、わかってるわ
――想うくらいなら、ちょうどいい。
……ありがとう、グリ
『ふぃぃ? そう言われると、照れちまうぜぃ』
相方は、かすれた瞳を手で拭い。
たまには、ね
俺に向けて、かすかに微笑を向けた。
眼の前の世界は、変わらぬ闇に閉ざされたままだったが。
また、どこかで会えるのかしら
『少なくとも、最後の一人になったら……互いに、会えるんじゃねぇかねぇ?』
この闇の向こうに、同じような光を持つ、さまよう少女がいる。
それは、独りだと感じていたセリンに、どれだけ前へ進む光を与えてくれることだろうか。
グリ。早く、『永遠の光』を見つけましょう
『お前さんが、また泣かない内に、したいところだなぁ』
俺の軽口を受け入れながら、セリンは、カンテラの光を闇へと向けた。
――少しだけ、周囲の闇と、相方の顔が、前より晴れたような気がした。
「ある同じ形の違う歩み」
「ある異人が沈めた光」
一旦完結(?)お疲れ様でした。
リンやセリンの立場が残酷で、だからこそリンの純粋さが時に恐ろしくも感じます。
先の見えない闇を、そこで他人に出会いながら進んでいくというのが何となく人生のようで、そうすると永遠の光=死なのかな、と考えながら読ませて頂きましたが…多分違うかもしれない(爆
>なっつさん
お読みいただき、ありがとうございます!
世界観やリンと対比するキャラ、としてセリンが生まれたので、書き手として嬉しいお言葉です。
また今回、自分の中のなにかを掘り下げていくような感じもありました。ですので、人生のようだというコメントに、逆になるほどと気付かされた感じです。