Wild Worldシリーズ

セアト暦40年
英雄の輝石

21.寂しさと覚悟

   

  

  

アーチェ

レダさんならもうすぐ帰ってくるんじゃないかな
お兄ちゃんがお城へ向かったから

ダイオス

そうか……

 訪れたダイオスに、アーチェが複雑そうな表情で答えた。


 せっかく来たのだからと、アーチェはダイオスに家の中へ入るように促したのだが、「女性がひとりでいるのに、簡単に男を招きいれてはいけないよ」とダイオスに諭され、アーチェは珍しく苦笑した。

 ダイオスのことを信用してからこそ言ったのだが、彼がそういうのなら、無理強いはしない。

 玄関先での立ち話となった。



 ダイオスは、ウルブールの蒼い大きなガラス玉を腰に捲きつけていた。すぐにでも旅に出られるような格好で、小脇に分厚い古びた本を抱えている。




 久しぶりに見るアーチェは、気のせいか少し痩せた。

 ミーハーなところがあり、新しい何かを見つけてはキャーキャーとはしゃいでいた姿が影を潜め、落ち着いているというよりは、沈んでいる。




 そんな彼女を横目で見ながら考えた。

ダイオス

これから、どうするか……

 もし、レダがまだ開放されないのであれば、ひとりで異紡ぎの森へ向かうつもりだった。

 レダがどれほどの情報を持ってくるのかはわからないが、自分はもう十分なものを得たから。



 が、そんな心配はないようだ。


 もうすぐレダは帰ってくる。

 だったら、一緒に行けばいい。





 しかし、それと引き換えになるものは……

ダイオス

元気ないね

アーチェ

そんなことないわ

ダイオス

……それならいいけど

 明らかに無理をしているアーチェに、ダイオスは励ましの言葉も何も言えなかった。

 彼女達兄妹の事情もあまり知らないし、気休めの言葉で慰められるほど小さいことでもないと思う。


 しかし本音は、あまり構っていられない。


 自分はひどいと思うが、やらなければならないこともある。







 だが、ダイオスが思う以上に、アーチェはいろいろなことに覚悟をしていた。

 思えば、兄が帰ってきたとき。

 否、その前、兄の星の研究が違法だと捕まったとき。

 いや、そのもっとずっとまえ、両親が亡くなった頃からだろうか。



 漠然とした不安を常に抱えていたから、何が起こっても動じないよう、強い自分を作り上げてきた。

アーチェ

だから、あたしなら大丈夫

 強く、強く、自分は生きていける。


 家族や周りの人は次々と自分の前から消えていってしまうけれど、その度に乗り越えてきた。

アーチェ

だから、大丈夫……

 そんなアーチェを眺め、ダイオスは肩をすくめて苦笑した。











レダ

率直に申し上げます
フラウを解放してください

 レダがきっぱりと進言した。

 彼がそう願ってくるだろうことを察していたセアト王と、強い瞳でにらみ合う。


 真っ直ぐ、真っ直ぐに。


 それは長い時間のように感じた。

 実際は、それほど時間は経っていないのだろうけれど。


 やがて、セアト王が根負けしたように目を伏せ、息をついた。

セアト

皮肉なことに、あそこが一番、フラウにとって安全な場所ぞ

 声に覇気がない。

 フラウのことになると、何もかも自信をなくしてしまう。

セアト

どこでどう間違えたのだろう

 最近、そんなどうしようもないことばかり考えてしまう。

レダ

それは、フラウのためなんですか?

 痛いところを突かれた。

 本当にフラウのことを考えたら、フラウのためにはならないだろう。

 絶対とは言えないが、なによりそういうことはフラウ本人にしか分からない。



 セアト王だって分かっている。

 それでも……

セアト

あやつの存在を公には出来ぬ
……国のため、仕方なかろう

 セアト王は寂しそうに言った。

 お付の少年が、すごく心配そうに王を見上げている。


 セアト王の頭には、フラウしかなかった。

 常に。



 いつだって、フラウのことを考えていた。


 今、笑っているだろうか。

 泣いてはいないだろうか。

 ちゃんとご飯を食べているだろうか。

 病気などしていないだろうか。


 ……生きているだろうか。





 ここにいる全員が、それを見抜いていた。

 セアト王の弱点。

 セアト王の、心の中の、一番脆い部分。

レダ

王はこんなにも弱みを見せる人だっただろうか

 レダは内心ためらっていた。

 こんなにも打たれ弱ければ、強い言葉を発しにくい。


 それは、レダの悲しいほどのやさしさだった。

 弱いものを絶対にいじめられない。



 しかも相手は王だ。

 この国を背負って立つ者だ。



 下手なことを言ってしまえば、反逆者ともなりかねない。


 ただ、誰もかもフラウのことを想っているだけなのだが……

ケルト

ねぇ、もし僕が牢に入ったら、フラウを解放してくれますか?

ずっと黙っていたケルトが穏やかに進言すれば、あわててラムダが止めようとした。

ラムダ

おい、ケルト、それは……

 しかし、次にケルトは意味のある視線をラムダに投げると、その意味は分からなかったが、ラムダは自然と口を噤んだ。

ケルト

元々は僕が牢に入るはずだった
ねぇ、フラウが牢に入っていなかったとしたら、フラウにとって安全な場所ってどこ?

セアト

それは……

 王は答えられなかった。

 それは、自分自身が聞きたいことだった。

 フラウを守りたい。

 そのために、出来ること……

ケルト

フラウを信じようよ。大丈夫
今までだってやってきたんだもん

ラムダ

砂漠の炎天下の中歩いてきたしな
王様が思うより、フラウはタフだよ

セアト

……砂漠?

 ラムダが何を言っているのか分からなくて、セアト王は思わず聞き返した。

ラムダ

あぁ、申し遅れました、俺、しばらくフラウと旅をしていました
今更ですが、名はラムダと申します

セアト

……旅?

 ラムダの自己紹介など聞いていない。

 しかし自分の知らないフラウに、セアト王はひどく動揺していた。

レダ

一度、城下町で追われていたところを助けたんだ

 今度はレダが言った。

レダ

事情は知らなかったけど、助けて正解だったみたいだね
城下町から逃げるようにして出て行ったけど、その後はどうしたか知らなかった
どうやら、彼と旅をしていたようだね

 レダがラムダを見た。


 今、ラムダのことを、ちゃんと思い出した。

 だから、親密さのある笑みをラムダに投げる。




 レダの変化に全く気付かず、しかし少しの情報でその背景まで分かってしまう、その聡明さに、ラムダは驚いていた。

セアト

城下町で追われていた……?

 セアト王は見る見るうちに青くなった。

 それぞれの表情で、セアト王を想った。

 王の答えなんて、もう出ているのだ。

レダ

フラウは、ここから離れたほうが安全だと思います
















   

pagetop