Wild Worldシリーズ

セアト暦40年
英雄の輝石

20.手をとりその先へ

  

  

  

ラムダ

どう動くべきか、何を話すべきか

  ラムダは頭をフル回転させた。





 目の前の少女のこと、フラウのこと、ケルトのこと、レダのこと……



 直面している問題は山ほどあった。

アスター

あなたはもう解放されたはず
……もう、関わることはない

 話を終えると、アスターは少し疲れたようだった。

 ぐったりとしているように見える。

 最後の言葉をレダに放ち、もう用はないとばかりにひとり静かに踵を返した。



 そして出て行こうとした彼女のその肩を、レダはあわてて掴んだ。

レダ

アスター様、待ってください!

 ほとんど無意識に行動していた。

 引きとめたのはいいものの、何を言ったらいいのかわからなかった。
 

レダ

確かに、俺は解放された

 しかし、もう関わることがないというのは……

 あまりにも寂しくはないだろうか。



 それに、アスターはどうなのだろう。


 一番解放を望んでいるのは、自由を望んでいるのは、もしかしたらアスターなのではないのだろうか。

レダ

俺に何かできることはないのか……









   

レダ

また、会いに来てもいいですか?

 しばらく間があってから、やっと、それだけを言えた。

 どのみち、今はどんな言葉も通用しないような気がする。



 彼女の心の扉の奥には、まだ立ち入らせてもらえない。

 自分では許されない。

 否、どんな人にも許しはしないのだろう。




 だったら、どんなに時間を掛けてでも、少しずつでも、歩み寄りたい。


 そういうことが、必要な人だと思う。

レダ

もっと頼ってほしい

 アスターを後押ししたい。

 レダは、あまりにも薄幸な少女に対して、どうしても何かをしてあげたかった。

 これは、恋愛でも友情でもなく、ただのエゴイズムかもしれない。



 そんなレダを、アスターはじっと見つめた。

 レダの目は真っ直ぐで、にごりはなかった。




 だけど、アスターの答えはすでに決まっていた。

そんなもの最初からひとつしかなかった。


 それを言おうと口を開きかけた時、

ラムダ

あー、何かいい感じのところ悪いけど

 突然ラムダが口を開いた。

 ここまで事情を知って、ないがしろにされるわけにもいかないし、放っておくことも出来ない。

ラムダ

アスター……様? 姫? 
あんたは……あなたは人形じゃないよ

 一番引っかかっていたことを、実に言いにくそうに話し出す。

 人を諭したり説得したり、そういうことは苦手だし、できることならしたくない。

 だけど、どうしても腑に落ちなかった。

ラムダ

ちゃんと心があるだろ?
レダもいるし、好きなことしていいんじゃないの

ラムダ

そんな卑屈になることないよ

アスター

 あなたに何が分かる

 そう思いながらラムダに目を向けると、その真っ直ぐな瞳を受けてなぜか動けなくなった。



 誰かに励まされるたびにアスターの心は沈んでいった。

 誰も、自分のことを本当にわかろうとしているわけではない。



 しかし今回は違った。

 ラムダの真っ直ぐな声と言葉は、なぜか素直に聞き入れられた。

ラムダ

よくわかんねぇけど、ここって結構変なことになってねぇ?
姫様くらい笑ってくれないと、報われないよ

 今度は複雑そうな顔をしたラムダを、アスターはじっと見つめた。




 レダのように手を差し伸べてくれる人はいたけれど、こんな風に、はっきりと自分の気持ちを伝えてくれたのは初めてだ。



 王女という立場ゆえ、裏で何か言われることはあっても、直に感情をぶつけられたことはなかった。



 表面上はごく大切に扱われていても、声音と表情でその人の感情は手に取るように分かるようになってしまった。



 言葉と心が正反対に感じることも多々ある。



 とくに自分の場合、完璧な傀儡を求められているから。



 単に無知なのか単純なのか、それとも偏見を持たないのか、とにかくラムダという少年が、不思議に思った。



 アスターの真っ直ぐな瞳を受けて、ラムダは気がついた。



 こんな状況下において、瞳は濁りもせず綺麗なままだった。

 だから少し安心する。

ケルト

ねぇ、僕、フラウを助けに行こうと思うんだ

ずっと黙っていたケルトが口を開いた。

ケルト

彼女は何も悪くない
王と交渉するか、それが出来なかったら、潜入してでもさ
フラウを犠牲になんて出来ないよ

ケルトの言葉に、ラムダも頷いた。

ラムダ

そうだな、俺も行くよ

 ここまで来て、放っておくのも無理だ。

ケルト

レダはダイオスのところに戻るんでしょ?
ごめんね、身代わりにして

 つらそうに微笑んだケルトに、レダは苦笑した。

レダ

身代わりなんて言うなよ
俺は自ら望んだんだ

レダ

それに、この際だから付き合うよ
何とか交渉しよう
潜入なんてしたら、それこそ悪人だ

 レダの言葉に、ケルトは嬉しそうな顔をした。

 だけど次の瞬間にはもう複雑そうな顔になる。

 それをみて、レダはまた苦笑した。



 ケルトはレダに対して、申し訳ないことをしたと思う気持ちが強い。

 それは、今もまだ続いている。



 それが何となく分かるから、レダはケルトに近づいて、その肩をポンポンと叩いた。

ラムダ

ほら、姫様も行こうぜ

 言いながら、ラムダは何のためらいもなくアスターの小さな手をとった。



 レダたちを見ていたアスターは少しビックリしてラムダを見上げる。

ラムダ

みんなで、お姉ちゃんを助けに行こう






  

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