俺は知ってる

……何をだ

「西園寺撫子」は瞳子と、瞳子が産んだ娘と、そして輝が作った人形以外にもうひとり……オリジナルがいたことを


そうだ。俺は見た。

時計塔の女の、
瞳子の、

そして

自分のために
罪を重ねる父を憂いた
撫子の想いを


















時計塔で。





























最初に撫子が死んだ。
あんたは撫子に酷似した瞳子に目を付けた。
だが瞳子は性格までは似ていなかった

瞳子も似せようとはしたのだろう。
だがあんたのお眼鏡には適わなかった。
それであんたは……撫子を作ることを思いついたんだ








そうだ。森園の家に置いて来た赤子がいるだろう

なってもらおうか、撫子に

瞳子は脅しに屈した。

我が子を
身代わりに差し出せと言われて。
輝と灯里に
危害を加えると言われて。

その結果――。












拒絶反応で瞳子は死んだ。
折よく輝が瞳子を模した人形を作っていたから、あんたはそれを取り上げた。
だがしょせんは人形。瞳子以上に「人間」ですらない。話しかけても返事を返すこともない

医学知識のあるあんたは、輝の作る自動人形と人間の構造が似通っていることをいいことに、禁忌に手を出したんだ


だが、そんな思いつきが
上手くいくわけがない。

失敗する度に撫子は灯里のもとに
戻された。

何度も、何度も。


それで、あんたが何をやってるか察した灯里をも巻き込んだんだろう?
この計画に輝が加担していたと嘘を吹き込んで

そして最後には、実現不可能を可能にした灯里の才能すら欲したんだ



いや、元から灯里は
狙われていたのかもしれない。

なんせ撫子に似せて
育てられたのだから。

何処に証拠が


西園寺侯爵が呻く。

目が晴紘の言動を、
真偽のほどを探っている。

ある。でも言えない。
ここで言ったら出す前に揉み消されるからな



実際のところ、証拠などない。
あるのは自分の目。
時計塔で、鐘の音と共に見えた幻のみ。

でも。

あれがあんたの意思だって、そう思うんだ



あの時
侯爵に寄り添っていたのは
人形の撫子だった。

だが、同時に
瞳子であり
オリジナルの撫子だったと

今になってそう思う。






灯里を守ってほしいと祈る母と
父に罪を重ねてほしくないと
願う娘。

そのふたりの――。






そんなことを言って証拠などないのだろう?
悪あがきも大概にしたまえ

それが性分なんでね


今ここで灯里を西園寺に渡せば
最後のパーツにされるのは
目に見えている。

間違っても
人形技師として生かす未来など
残してはいない。



部外者はどけ! 儂は灯里と話している

へぇ、俺に罪を着せるとか言ったその口で部外者呼ばわりかよ

……証拠ならある



その時、晴紘の背後から
声が聞こえた。

灯里だ。

俺が今まで撫子に施した全ては設計図に残っています。それも1枚だけじゃない。複製にして数か所に分けてあります

パーツとして合った娘も、拒絶反応を起こして捨てられたそれ以上の数の娘の――あなたが不要と言った――データも全て


侯爵の柳眉がつり上がった。

な……にを、言っているのだ?

失敗例も明記しておくことは今後、また同じことを繰り返さないために重要なこと。技術者としては当然のことですから

馬鹿な! それを晒せばお前も犯罪者だと自供したも同じだろう!?

……



正直、灯里が関わっているとは
思っていた。





二回目の十一月六日に
灯里の顔をした奴に会ったのは
このことを言っていたのか、と





晴紘は思う。

だが! それはお前の罪の証だ!
儂が関係している証拠は、

木下女史に謝ったら、俺は全てを話すつもりです。
本人の証言までもをよもや証拠不十分とは扱いますまい

そうでしょう?

くっ……だが、それでも


西園寺侯爵の罪までもが
問えるか、と言えば
揉み消される可能性のほうが高い。

あなたの罪は問えないかもしれない。
揉み消されるだけかもしれない。
でも、だからと言って俺は何もなかったことにはできない



無論、何もなくはない。
三流娯楽誌と大衆の
好奇の目には晒される。


しかし人の噂も七十五日。
いつかは忘れ去られてしまう。


だから


ナイフが煌めく。

彼がナイフを携帯していたとは
思わなかった。

ひっ!


侯爵が後ずさる。
灯里が前に出る。
その動きは駅裏の路地で出会った
黒マントの男を彷彿とさせる。

駄目だ! 灯里!




















その時だった。
歌が聞こえてきたのは。


















これ、は



いきなり消えた視界に
晴紘はあたりを見回した。

侯爵も、そして灯里も
同じように周囲に目を向けている。

……

母さ、ん

そこに。





誰かがいる。

それが撫子なのか瞳子なのか
そのどちらでもないのか

ただ、女が立っている。



彼女はこちらを見た。
簪がしゃらり、と鳴った。

そして。

待ってくれ! 撫子!


突如、侯爵が駆け出した。
薄れていく女を追っていく。

儂を置いて行かないでくれ――!










































気が付いた時には

女も
そして西園寺侯爵の姿も
いなくなっていた。






……何だ今の



西園寺侯爵は立ち去ったのか、
それともあの光の中に消えたのか


ただ、

……お前が消えなくてよかった


灯里まで連れて行かれなかったことを
心の何処かで嬉しく思う反面、

行ってしまったほうが
灯里のためにもよかったのではないか
なんてことを思う。


現実世界で
彼を待っていることを思えば。

俺にはまだすることがあるから

木下さんの?

それもあるけれど……




















灯里は空を見上げた。

つられるように
晴紘も見上げる。












紫季の、
















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