何の罪だよ
心の中では
木下女史を葬った犯人、という言葉が
明滅している。
その反対側で
自分が黙っていれば知る者はいない
という気持ちも残る。
侯爵の言う罪とはやはりあのことなのか
木下さんを……そして他の娘たちも、多分
だが、撫子を再生するには
灯里の力が要る。
複数集まれば灯里の代用になると
言っていたが、
複数が知れば、その分
何処かから情報は漏れる。
共犯は少ないほうがいい。
そして侯爵自身、
撫子の身を大勢に弄られることなど
良く思わないに違いない。
だから
きっと侯爵は
自分に手が及ばない限り
撫子が完成しない限り
灯里が関わっている証拠は出さない。
もし俺が「見た」と証言したとしても
そう。
撫子が完成するまでは。
言い換えれば
完成してしまえば
侯爵は灯里を切り捨てる。
今のままじゃ、罪を問われるのは灯里だけだ
灯里ひとりに罪を背負わせて。
借家を追い出されて
路頭に迷っていた俺を
拾ってくれたのは灯里だ。
今、俺が侯爵の罪を露呈すれば
当然、灯里にも及ぶ。
俺は今までに灯里から受けた
好意を
信頼を
裏切ることになる。
何をとぼけたことを。
お前らが追っていた事件に、お前が庇おうとしているソレが関わっていることは承知しているのだろう?
散々脅しに使っておいて、
いざと自分に手が回りそうになれば
侯爵は知らぬ存ぜぬを貫く。
こんな人目のない場所で
ひとりで待ち構えているのが
何よりの証拠だ。
しかし私には力がある。政界、財界などに友人も多くいる。
これがどういうことだかわかるかな
「知らない」
「何も言っていない」
と言えば
いくらでも揉み消せる。
わかんねぇな
侯爵の物言いに
最後の、
あの時計塔でのやりとりは
今のこの世界と続いてるのだろうか。
……なんて考える。
だとしたら
紫季は人形になってしまうのだが
関わっているのはあんたも同じ。
それにどっちかって言やぁ、あんたのほうが主犯格だろ?
何処までが真実なのだろう。
灯里を犯人に
仕立て上げるのは容易い。
しかし今のままでは
西園寺侯爵に辿り着けない。
「あなたなら
助けてくれると信じています」
……俺は結局誰も助けていない
そもそも
時計塔の女は「誰」を
助けろと言うつもりだったのか。
あれ以来
彼女には会えない。
歯車に消えた撫子が
彼女だったのではないか、と
そう思いそうになるほどに。
撫子を作ったのは輝だ。お前の父親だ。
瞳子が死んだのも娘たちが死んだのも全てはあの男が、
……
……違うだろう?
何!?
オッサンは生身の人間を材料にした人形なんざ作らねぇよ
撫子を完全なものにするために
名もなき娘たちを使おうと
そう発案したのは侯爵だろう。
灯里も輝も人形技師だ。
人間が作りたいわけじゃない。
粋(すい)を集めて作った撫子を
人間に作り替えることへの利点など
あの親子には欠片もない。
無数の歯車で稼働する儚さが自動人形だと自慢してた人形マニアのオッサンが、美意識に反するものを作るわけがない
ふん。見てきたようなことを言う
見たからな
俺は全部見てきた。
木下女史が殺される現場も、
そこから立ち去る男の姿も
オッサンが瞳子にベタ惚れだったのも、
瞳子がそんなオッサンを捨てて西園寺に行ったのも、
瞳子に似せた人形を作るのも、
それをあんたが欲しがっていたのも、
あんたの使いって奴がオッサンに金を渡すのも
そうだ。
瞳子は何故、輝と灯里を捨てた?
ただ単に性格の不一致などという
程度の問題なのか?
そして瞳子を手に入れた侯爵が
人形の瞳子まで欲しがった
真意は何だ?
瞳子は、
何故死んだ?
撫子を作ったのはオッサンだけど、オッサンは「あの」撫子は作らない。
第一、嫁似の人形を作っただけで何の罪だってんだよ
あの金は、何の金だ?
そうだ。
もし俺が考えていることが真実なら……