……あの、セリン

 闇の静けさが周囲に戻り、私達の光が、うすぼんやりと小さくなる。
 そんな時だった。

ありがとう、ございます。リン、たくさん助けられました

 彼女に、そんなことを言われたのは。

……助けた?

 耳に聞こえた言葉を、私はただ言い返す。
 頭のなかは、さっきまでの混乱もあって、うまく動いていない。
 いったい、なにを助けたというのだろう。
 ……わからない。

あの、リンがうまく話せない時、代わりに話してくれましたし。それに、知らないこともいろいろ教えてくださったりで、ありがとうございます!

 理由を聞き、はたして、彼女は本心からそれを言っているのか不安になる。
 ……いや、わかっている。
 それが、リンという存在の、本心なのだということは。

礼を言われるようなことは、なにもしていないわ。……なにも、ね

 それでも、察してはいるはずなのだと、わかっていてほしい。
 リンを救うつもりで、言葉や会話をしていたわけでは、ないのだと。

(私は、早く終わらせたかっただけなのに)

 ――私が茶番と想い、無駄だと信じた、彼女と男の交流を。

(交流……。そうか、そうだったわね)

 心のなかで想いかえした言葉に、独りでうなずく。
 お互いの光と言葉が、混じること。
 交流という言葉を、かつて私は、どこで見聞きしていたのか。
 忘れていたかったその単語は、けれど今、妙に思考へとしっくりきていた。

(まるで、光と光が、元から一つだったかのようだったから)

 リンの手に持つ光と、男が交わした、最後の輝き。
 それは、いつもグリと奪う光とは、違うもののように感じた。
 よく混じり、より強く、スーという光へと流れていたように感じたから。

(……交流という言葉を、教えてくれた形の者)

 ――今は、その姿と交流の記憶を、想いだすことができない。

でも、一つだけ。ごめんなさい、聞かせてください

 私の心と同じように、リンの顔もまた、少し陰る。
 さっきよりも沈んだような顔で、リンは私に問いかける。

あの、どうして……

 一度、そこでためらった後。
 ぐっと、スーを持つ手に力を込めて、リンは口を開いた。

どうしてセリンは、お話を、聞かれないんですか

 リンの言葉に、私は、無言で答える。
 それが、私達の選んだ進み方だと、グリと二人で示すように。
 だが、それで納得し、言葉を止めるようなリンではない。
 もう、嫌というほど、私達にはわかっていた。

どうして……みんなの想いを、形にしてさしあげないんですか

……

 ゆっくり、私は、言葉を作ることにした。
 ――答えは、出ているのだから。

良かったじゃない

えっ……?

 空いた方の指先を、リンの持つ、スーへと向ける。
 見た目では、なにも変わりがない、淡い灯火。
 けれど、グリと同じなら、変わっていないはずがない。
 ――そのためにお話をしたのなら、私以上に、彼女は『ちゃんとしている』のだから。

想い出したって、あんな顔で言われたことよ。――私は、言われたことがないわ

『セリン……それは、よぉ』

 グリが、どこか悩むような声で私にささやきかける。
 でも私は、表情も変えず、落ち着いて、次の言葉を口にする。

 ……あぁ。嫌だ。
 怒りたいのか、泣きたいのか、悔しいのか、悲しいのか。
 遠い闇の向こうに、おいてきたはずなのに。

良かったじゃない。――ずっと、ずっと、強い光が手に入ったからね?

強い光が、手に、入った……?

これで、しばらくは安心でしょう? ……スーと一緒に、闇のなかも、怖くないんだものね

……っ!

『セリン……!』

 珍しい、グリの、怒るような声。

 ――だって、私、知ってるもの。
 そうして、満ち足りた光の形が、ずっと長い間灯っていること。
 グリの心の中でも、しばらく、暖かな想いが残り続けていること。
 強い光の力が、この闇の重さを、たくさんやわらげてくれること。

(知って、いたもの。忘れようと、していたもの)

 ……でも。
 暖かな時だったからこそ、わかる。
 微笑みながら、私に託してくれた光が、忘れたくないほどあったからこそ。
 その光が、どんなに強かろうと。
 与えられた言葉が、いかに優しかろうと。
 私のことを心配してくれる光が、グリと一緒にいてくれようと。

(この闇の冷たさを、余計に、わかってしまう。……あたたかいから、冷たいなんて、つらいよ)

 別れ、消え、闇だけが残される。
 私とグリだけが、二人だけ、ずっと。

 ――そんな、終わらない進み方を。
 ――想い出したくも、なかったのに。

……セリンは、どうしてそんなに、お辛い顔をされているんですか

 リンの言葉に、理由をわかる私は、けれど素直に言葉を返せない。
 むしろ、理由がわかるからこそ、なぜそう聞けるのかを聞きたかった。

逆に、聞きたいの。どうしてあなたは……そんなに相手を、灯そうとできるの

灯す……リンが、光を、灯す? で、でも、リンはお話を聞いているだけですよ?

 本当に、不思議だと感じているような、彼女の表情。
 裏表のない、ただ、その手にある光のような輝きに、私は答える。

それは、同じ意味よね

 お話を聞き、相手に、今自分が置かれている状況を告げる。
 決して終わることのない、闇だけが支配する世界で、一瞬だけ戻されたかつての形。
 行先のない中に残された選択肢が、光か闇へ戻るしかないという、お話だなんて。

相手の心を、光から闇へ、絶望させる行為よね

絶望……

 ぽつりと呟きながら、彼女は眼を見開く。
 私の言葉に、苦しみを受けているのかもしれない。

私には、わからないわ

でも、でも、リンは光を取り戻して差し上げたいんです

――それは、あなたの考え

 だから私は、伝えなければいけない。
 ……あなたが、リンが。
 暖かいと想う会話。
 それが、暖かいだけじゃない、冷たいものでもあるということを。

ただ、受け入れてくれる相手ばかりじゃない

 とても辛く、冷えてしまう、者達もいる。
 暖かいはずなのに、まるで闇のように変わってしまう形もある。
 それだけ、周囲に広がる、この闇は深く。
 ……お話をするということの闇も、また深い。

甘い考えは、身を滅ぼす。あなたも、あなたの灯らせた光も

 ――あの男と、私は、似ている。
 だから、途中から、止められなかった。
 男の出した結論を。
 かつての世界に生きながら、まるでこの闇のような暗さをまとった、男の話を。
 ……私も、知りたくなってしまった。

光は、燃料。『永遠の光』にたどり着くために残された、この闇の中の、最後の希望

 ――そして、知った。
 光をえても、なお、男が闇に呑まれたことを。
 かつての世界で、光を見つけたはずなのに。
 ……彼女が、その光をすくいあげたのは、確かにそうだ。
 ただ今回のようなことは、いつもそうなるとは、ありえない。

私とグリは、そう結論づけた。……そう考えなければ、私達は、前へ進めなかった

 前へ進み続けるために、必要なこと。

 ――今回のような、不安定な心は、いらないの。

繰り返される、笑顔と非難。手に入れるのは、優しさと別れ、苦痛と恨み。どんなに光り輝いても、私の中にしか残らない、光の形達

 ――だったら。

……『永遠の光』だけ、あればいいの。そのためなら、私達は、最後に光となってもいい

(私は、ただ、グリの光が続く限り……闇を進む。それだけの存在で、在り続ける)

 ――たとえそれが、この闇のような、一方的な行為なのだとしても。

セリン……

 かぼそく呼ばれる、私の名前。
 悲しむように、心をなでるように、耳と心を揺さぶる声。

 ――わかってるわ。
 あなたが、なにを進んできたのか。
 今まで出会ってきた、光の形や、あの男へもそうしてきたように。
 ……私にも、そんな眼を、向けてくることは。

セリンは、そうして。そんなにたくさん、考えられて。……この闇の中を、歩いてこられたのですか

 小さく細い指先で、空いた手を、胸の前で握り。
 顔を突き出すように話しかけてくる、その仕草。
 落ちこみながらも、こちらを見つめてくる、その眼元は。
 ……今にもゆらいで、泣いてしまいそうなのに。

(それでも、まっすぐに見つめてくるのね)

……そうよ

 少しばかり、気持ちを告げられたからだろうか。
 私の心は、しばらく感じたことのない、奇妙な落ち着きを感じていた。

たくさんの方達と、触れあわれたのですね

 うらやましがるような、リンの言葉。

(――あなただって、そうでしょうに)

 そう言いかけて、口をつぐむ。
 ……光に出会うためでなく、出会うことそのものを、求めている。
 なら、数を競うような私の考えは、答えとしてあっていない。

(もし、光がなくても。……もし、闇が、触れあいたいと願っても)

 ……彼女は、リンは、言葉を交わそうとするのだろうか。

あの、どんな方達と、お会いになられたのですか?

 リンの言葉に、少しだけ顔を下げる。

優しく、いろいろなことを教えてくれた。そんな者達も、いたわ

 想うより心は荒れず、冷静に、私は自分の過去を口にすることができた。
 ……顔を下げたのは、こうすれば、グリの光が届かなくなるから。

(顔を見られたくないなんて、初めて、想った)

 今、私は、どんな顔をしているのだろう。
 ――グリは、なにも言ってくれない。

暖かな光は、グリの光を、より増してくれた。私にも、知らない知識を、たくさん教えてくれた

 代わりに、心のなかへ光を照らす。
 沈めてしまった、今も忘れない形と想いを、ゆっくりと引き上げるために。

グリが知らないことや、教えにくいこと。……私という形のために、微笑んでくれた形は、たくさんいたわ

 光の下の日光浴、服の身だしなみ、食事のおいしさに、指先を使ったコミュニケーション。
 みんな、この暗闇の世界で怯えながら、それでも、私のためになにかを教えてくれようとした。

 ……いつか、誰かのために、私へ残そうとしてくれた。

リンも、そうした方達に、たくさん会いました

 嬉しそうに語る彼女に、私は、眼を細め。

逆も、あったわ

 ――でも、残されたのは、暖かさだけじゃない。

……

 口を細め、冷たく放った言葉。
 驚きも返答もなく、無言になるリン。

(やっぱり、一緒なのね)

 落ち込むようなその表情が、私に、その意味をわからせる。

 ……この闇を進むということに、違いはなく。
 異なるのは、受けとり方だけなんだと、いうことを。

グリを奪い、私を襲い、この闇を抜けようとした者達もいたわ。……光と闇の関係を読み損なったのか、いつも、闇に呑まれてしまっていたけれど

 闇の深さは、実のところ、私にもよくわからない。
 グリもまた、自分がどこまで光を強く放ち、小さくできるのか、ちゃんとはわかっていないようだった。
 ……どちらも、私と自分を危険にさらすことであるから、グリはできなかったのだ。

(そんな闇を、無理に進もうとしたら、いけないのに)

 グリの光を奪い、私に怒る、光の形。
 そうした声に出会うのは、今の進み方を選ぶ前、珍しいことではなかった。
 むしろ、怒りや苦しみの声をあげない光の方が、ずっと少なかった。

その、暖かさと、冷たさの、繰り返し。その中で私は、気づいてしまった

 それは、リンもまた、同じことのはずだと想えた。

気づいた……。なにに、気づかれたんですか

 手元のグリを、胸元へと上げながら。

 ……少数の暖かな光を、愛しく、哀しく、想いだしながら。

 私は、自分の考えを告げた。

この闇に眠る光も、私達も、私達の持つ光も――全て、仮初めのものなんだって。いつかは消えてしまう、ものにすぎないって

そう……気づいたのよ

 いつしか私は、そう、割り切るようになっていた。

(どんなに大切なものも、痛いことも……全て、私の前から、消えてしまうのだから)

 ……そして私も、そうなるのだ。
 『永遠の光』が見つかれば、私も、幻となる。
 なにも、なかったかのように。

かりそめ……。かりそめって、ええと

 ちらりと手元の光を見て、はっと顔を上げるリン。

一瞬のものだと、言うことですか?

ええ。だから、そんなものに想いをかけるのは――間違ってる

……っ!

かすかな灯りにすがる、私達。その私達も……いつ消えてしまうか、わからないのだから

(……あの時を、想いだす時が、くるなんて)

 ――かつて、グリにその気持ちを打ち明けた時。
 私は、言葉も表情も、なくしていたように想う。
 ただ、胸の奥が苦しくて、喉の奥から叫ぶことしかできなくて。
 そんな、進むことを止めた私に、グリは優しく語りかけてくれた。

『お前が望むなら、おれぁ、逆らえねぇからなぁ。……いいんだよぉ。無理に光なんて、見続けてたって、眼がつぶれちまうからなぁ』

 ――グリは、ずっと、変わらない。
 変わらないで、私のために、自分のことを我慢する。
 手元の硬さを、だから、私はすがってしまう。

 あれから、私のわがままを聞いて、グリは光を取りこみ続けた。
 強くて形になりそうな光も、淡くて消えてしまいそうな光も、なにも言わずに吸いこみ続けた。
 ……輝いた光の方が、ずっと強いって、グリは自分で知っているはずなのに。

(私の光を、消さないために。……自分の光が少なくても、なんとか、照らし続けてくれた)

 そんなグリの想いに、私は、感謝してもしきれない。

 ――それが、『永遠の光』をえるために、私達が選んだ進み方。

でも、それは……

 だから、それは。
 リンの進み方と、違っても。
 話しあっても。
 ゆらいでは、いけないもの。

ひどいこと? でも、暖かさを灯して、取り込むのはいいことなの? 冷たさを想い出させ、絶望した光を奪うのは、思いやってのことなの?

そ、れは……

 言いよどむリンは、やっぱり、足りないと感じる。
 最初から、私が感じていた、違和感。
 この胸の内に感じる、苛立ちの理由。
 ――そのざわつきを、私が選んだ道とともに、リンへとぶつける。

なら……なにも感じさせず、眠らせたまま、この闇を払う光に変える。暖かさも、冷たさも、もう、起こす必要なんてない。……だってそれは、この闇で、変わってしまうものかも知れないから

 ――かつての世界の、大切な想い。記憶。
 それが、光のために灯されるなんて、そんな哀しいことがあっていいはずがない。

だから私達も、いつか、『永遠の光』とともに燃料となる。――なるのが、当たり前のこと。それまでは、ただ、この闇を払う光になるの。……そう、あるべきなのよ

ただ、進み続けるために……

そう。前へ進む、そのために

 力をこめて、私は、リンに告げる。

――ただ、光の燃料を、吸い続ける。そのなかに、暖かさや怒り、苦しみがあっても。

……もう、眠らせてあげたい。それが……私達の選んだ、光の形よ

 そう、私は言い切り。

 ――この闇の中で目覚めた、遠い、あの時を想い出す。

……私も、あなたも、同じよ

同じ……?

なにをしても、他人を不幸にする。自分の存在そのものが、他者への不幸になる。そうしなければ、形を保つことすら、ままならない

 ――目覚めた時、私にあるのは、まっくらな世界と記憶だった。

 この闇の世界で生まれる前、なにをしていたのか。
 誰であって、どこに住んで、どんな形を知っていたのか。
 ……そんな、形として大切な記憶を、私には何一つ想いだすことができなかった。

ただ、照らされていた。なにも想わずに伸ばした手を、支えてくれたものがあった

それが、グリさん……

 手元に残されたグリには、かつての世界らしき記憶が、残ってはいたようだけれど。

(私には、なにもなかった。暖かな光で、形を与えてもらう。……ただ、それだけしか)

 グリの言葉もうまくわからないなかで、私が知っていたのは、『永遠の光』という言葉。
 形にもならないその響きを、グリとともに言葉にできた時、胸が暖かくなったのを覚えている。
 ……それからは、ずっと、それを目標に歩き続けてきた。
 私にできたのは、見聞きした知識を、考え、吸収すること。
 かつての世界の彩りを、想像し、受け答え、自分の形に取り込むこと。
 ――自分でも、不思議だった。
 私はその世界を、見たことも聞いたことも、あったかどうかわからないのだから。

(グリの光のおかげか。それとも、私自身のなにかが、想いださせているのか)

 さきほどの、男との会話もそうだ。
 まるで、かつての世界の男と女性が、見えているかのように。
 私は、男が語る内容を、感じることができた。
 ……それは、ずっと前に忘れようとした、懐かしい感覚。
 グリが光を吸いとるように、私が、かつての世界の記憶や想いを受けとる感覚。
 自分にもわからない理解力で、出会った者達の境遇や気持ちを、わかることができた。

(――だから、もう、わかりたくなかった)

 わかってしまうことは、つまり。
 相手の隠した想いも、わかることだから。

だから私は、目指したの。それが、この世界での、進み方だと想えたから

 頭の中で大きく残り、身体を動かしたのは、不思議な言葉の存在。

……『永遠の光』、ですね

 うなずき、その言葉の不可解さに、不快感も持つ。

 ――そんな言葉を、知らなければ。
 そんな言葉に、希望を持たなければ。
 そんな言葉が、この闇に対するものだと、確信できなければ。

この闇の中、光を食らう私達に、幸せなんて許されない

 ――私とグリの間に、淡い光を灯してくれた、大切な言葉。
 けれど、その言葉が、逆になければ。
 私もグリも、この身と共に、わからないまま。
 ……一つの光として、消えていけたのだろうか。

だって、そうでしょう。……あなたの言う、みんなが大切にしている光。それが、私達を照らし出しているのだから

 かつての世界で、みんなが過ごした、大切な光。
 それを奪い続ける、私達。

――暖かさが、欲しいだなんて。そんな自分勝手なこと、許されて、いいはずがないでしょう?

 だから私は、リンに告げるのだ。
 暖かさを求め。
 冷たさを受け止め。
 それでも、進み続けることの……辛さを。

自己満足は、身を滅ぼすわ。……もう、やめなさい

 そこまで言って、ようやく私の気持ちは、落ち着き始めた。
 胸のなかでざわついていた、まるでナニカのような、不気味で黒い影はまだあるけれど。

(そう。……私も、例外じゃない)

 ――あなたが、お話ししたいと願う、そんな暖かい光じゃないの。

 眼をそらし、冷たい雰囲気を演じて、口を閉じる。
 もう、お話しすることはない。
 私はそう、彼女にわからせようとした。

……

 じっと、リンは私の顔を見続けているようだった。
 気になって、変わらないまっすぐな瞳へと、しかたなく顔を戻す。
 最初の、どこか悲しむような顔は、もう消えているようだった。

 ――だから、予想できなかった。

……セリンは、優しいですね

 かすかに微笑み、自然と漏れ出た、リンのその言葉を。

や、やさ……なん、え?

リンのこと、心配してくれているんですね

――っ!

それに、今まで、一緒に歩いてくれた方達のこと。……とても、大切に想われているのですね。ずっと、ずっと

……やめて

そして、今でも……

やめてって、言ってるでしょ!

 私は、また、絶叫した。
 自分の中の黒い塊が、一気にはじけ飛ぶように。
 胸の内から、叫ぶことを、願われていた。
 それはさっきまでの、リンに対する苛立ちと違っていた。
 触られると、想わず払いのけてしまうような、繊細な心地。
 まるで、刃物の傷へ触れられた時のような、熱と痛みを感じるもの。
 ……治ることのない、忘れられない、心へ直接ふれられたようなもの。

確かに、リンには、許されないのかもしれません。いえ……許されないん、でしょう

 まっすぐに、リンは、自分の行いを受け止める。
 開き直っている、というわけではない。

(私にだって、それくらいは、わかっている)

 むしろ……開き直っているのは、全てをふさぎたいと願う、私の方だ。
 リンは、私と違う。
 ……暖かさだけが欲しくて、痛みやつらさが大丈夫でもなくて、光を求めているわけじゃない。

だから、リンは……せめて、見送りたい。恨まれても、憎まれても、たとえ殺されそうになっても。……リンは、みなさんの光やお話とともに、『永遠の光』へ歩きたいと願うのです

 先ほど、男が言っていた言葉が、想い出される。
 ――背負い、忘れず、歩く。
 リンの言葉と、まっすぐと立つ身体には、なぜか、そんな言葉がしっくりくるように想えてしまう。

セリンも、それを知っているから。だから今、お話ししてくれているんですよね

……っ!

 ……やめて。
 ――闇に閉じ込めたかった、暖かくて苦いものを、どうして掘り起こそうとするの?

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