俺が教室にたどり着くと眞たちが修羅場っていた。
職員室に日誌を取りに寄っている間に何かがあったらしい。
俺が教室にたどり着くと眞たちが修羅場っていた。
職員室に日誌を取りに寄っている間に何かがあったらしい。
……
……
……じゃ、じゃあ日曜日ね
梨子が作り笑顔を浮かべて自分の席に戻っていった。
何事かと前後席腐れ縁の悪友たちを見ると夏澄が般若の形相を顔に貼り付けていた。
【131ミリメートル・最終話】
日曜日、午前9時。某駅改札前。
梨子は携帯で時間を何度も確認していた。
露出の少ないパステルカラーのワンピースに身を包んだ梨子は眞には劣るがなかなか可愛らしかった。
今時の言葉を用いるならまさに女子力が高い子とは梨子のような少女を言うのだろう。
眞は時間にルーズな性格ではないがなかなかやってこない。
電光掲示板に人身事故による電車の遅延情報が流れていた。
朝比奈?
不意に肩を叩かれて梨子はびくっとした。
恐る恐る振り向くとあまり会いたくない人物が立っていた。
か、夏澄、くん
モノトーンでまとめた服装の夏澄は今から葬式にでも行くかのような雰囲気だった。
青いショルダーバッグだけがそれを否定している。
塾行くところだったんだ。
まだ時間大丈夫だし、ちょっと立ち話でも
あ、うん……
有無を言わさぬ態度で夏澄は柱を背にした梨子の横に並んだ。
そのストラップ可愛いな
これ?
梨子が白い携帯に付けたひよこのストラップを指差す。
眞ちゃんが誕生日にくれたの
朝比奈は、今日眞と遊ぶんだっけ?
そうなの。
二人でお出かけするのは初めてで……楽しみなんだ
へえ。なんか意外だな
そ、そう?
朝比奈ってもっと優しくて穏やかな奴と友達になりそう。
眞のイメージとは違う気がした
眞ちゃんは、優しいよ?
私の理解力に合わせて勉強教えてくれるし、口数は少ないけど、なぜだか親しめる感じで、
夏澄に足りないものは他でもない愛想だということを本人は気付いているのだろうか。
へえ。
俺に対するのと大分違うんだな。
眞の態度
……夏澄くんは、眞ちゃんが嫌い?
別に。
なんだかんだで仲いいんだろうな
そう、なの?
悪友ってやつだよ
そっか……。よかった
なんで?
えっと、みんな仲良しで居られたらいいな、って
……でも、朝比奈のせいで眞のこと嫌いになるかも
え……
分からない?
……分かん、ない
……そう
……私ね、今日眞ちゃんに告白しようと思うの
……眞は女だよ
女の子同士だけど、眞ちゃんなら分かってくれると思う……
ねえ
夏澄は梨子に向き直った。
唐突に表情を変えた夏澄の声色に梨子が驚いて顔を上げる。
眞は在夜と付き合ってるから
――
梨子はその大きな瞳を驚きに見開いた。
……う、そ
嘘じゃない
うそ
今年の三月から。
在夜の家に行った時あいつらお揃いのマグカップだっただろ
だって、在夜くんのお姉さんのじゃ
眞は蠍座だ
……
梨子はふるふると首を横に振ってその事実を認めたくないと主張した。
在夜くんはそんなことしない
だから――
でもっ!
梨子のいつになく強い語調に夏澄が黙る。
私、眞ちゃんのことばかり考えちゃって、夢にまで見て、……さ、眞ちゃんのこと考えながら……ひとりでするのは、もう寂しくて切ないから
な……
夏澄は絶句した。
彼が好きなのは人見知りでまっすぐで可愛らしい、純真な梨子。
その梨子が眞のせいで不純に走るなど信じられなかった。
信じたくなかったのだろう。
夏澄はショルダーバッグに手を入れた。
だから、私は眞ちゃんが欲しいの……!
おもむろにペンケースを開ける。
カチカチカチ、と小さくプラスチックの音がした。
――ぶつ、
弾けるような音がした。
――――
梨子は携帯を握りしめたまま何も言わずに崩れ落ちた。
だって朝比奈が俺を見てくれないから
広がってゆく血を見つめて夏澄がぽつりとこぼす。
無垢なままで居てくれないから。
眞なんかに気を取られるから。
眞のせいで自分を汚そうとするから
頸動脈から脇腹までを袈裟斬りにされた梨子はもはやきれいではなかった。
淡い色のワンピースを鮮烈な朱が染めてゆく。
そんな手も心も身体すべてもなくしたら、俺を見てくれるよな
夏澄は緋色になったカッターナイフを眺めて少し笑った。
俺もそっちに行くよ?
自ら喉を切って夏澄も膝をついて倒れる。
131ミリメートルの狂気はいとも容易く二人の命を奪った。
流れた血が混じり合い、往来の人々もようやく惨劇に気付いたのか悲鳴を上げはじめた。
眞はまだ、来ない。
しばらくして警察やら何やらが到着して、脈の確認などをとっていた。
そのうち階段から人々が降りてきた。
人身事故に足止めされていた人たちが一度にやってきたらしい。
その中に眞の姿を見つける。
俺は本来此処に居るのは不自然なんだよな。
偶然通り掛かったなんて言い訳も通じないだろうし。
ああでも、眞にあんなもの見せたくないなぁ。
――眞
改札を出てきた眞を呼び止めると俺の存在にびっくりしたようだった。
在夜? 誰かと待ち合わせか?
まあそんなところ
私は今日梨子ちゃんと約束が……
眞
俺は眞の両肩に手を乗せた。
無理な話だけど、できるだけ落ち着いてほしい
……?
首を傾げる眞。
ふと俺の肩越しに警察の集まりが見えたらしく訝しげな顔をして、それから固まった。
梨子ちゃんの携帯
俺が振り向くとちょうど梨子の遺体が担架で運び出されるところだった。
布が被せてあったが片腕が少しはみ出ていて、梨子の細い手首としっかり握りしめたままの携帯が見えた。
だってあれは私があげたストラップだ
そのひよこのストラップは血に濡れていた。
梨子ちゃんっ……!
惨劇の方へ一直線に走り出そうとする眞を後ろから引き止めて、その両の目を覆った。
眞。見ないであげたほうがいい
な、なんでっ……!
こんなに取り乱す眞は初めて見た。
友人の命がなくなったのではないか――その恐怖は計り知れないだろう。
きれいなままの思い出にしてあげるのが二人のためだよ
ふた、り……?
眞を現場の逆方向へ引っ張っていって、そこで俺は夏澄が梨子を殺した後自殺したことを話した。
真実を曲げないように配慮しながらなるべく怖くないような表現で説明した。
梨子ちゃん……夏澄……
眞は数え切れないほどぽろぽろと涙を流した。
私のせいで……私がもっと早く此処に着いてたら……
眞のせいじゃないよ。
だから自分のことを責めたりしないで
だって……私がちゃんと梨子ちゃんに説明してたら……
それなら俺が言えばよかったんだ
在夜のせいじゃない
俺の胸に縋り付いて泣きじゃくる眞の頭をよしよしと撫でた。
計画通りに事が運んでよかった。
梨子が気になる子が居るというのでちょっと偵察してみたらうっかり好きになってしまったんだ。
手に入れると決めたものはどんな手段を使ってでも必ず俺のものにしたい。
眞を独占したかった。
だから夏澄も梨子も邪魔だった。
夏澄は眞と悪友の関係にあり、なんだかんだで行動を共にすることが多かった。
梨子は人見知りな性格から俺にべったりだった。
三人を近付ければ何が起こるかなど容易に予想できた。
後は上手く誘導できるように立ち回るだけ。
三人のうち誰かが俺の計画に気付くかどうかだけが勝率の高い賭だった。
付き合いの長かった悪友を失い、自分を慕ってくれていた可憐な友人を失った。
眞には本当にもう俺しか居ない。
暫くは深い傷を抱えることになるだろう。
そして必ず俺を頼る。
悲しみの淵に立たされた人間は一番つらかった時にそばに居てくれた人に依存する。
俺は今よりももっと眞の唯一になる。
大丈夫。必ず幸せにするから。
だから俺だけ見て生きてね、眞。
インデックス
sideⅠ…竜崎夏澄(Ryuuzaki-Kasumi)
sideⅡ…朝比奈梨子(Asahina-Riko)
sideⅢ…神山眞(Kamiyama-Sana)
sideⅣ…斎島在夜(Shijima-Ariya)
fin.