第5幕
秘められた願い

チアキ

これで…とりあえず、血は止まったと思うよ

常に携帯しているという救急箱から取り出した包帯で、手際よく傷口を塞ぐ…おそらく、戦闘要員のレンマのために必要な技術なのだろうか。チアキは、なおも怒りが収まらない様子で私を睨めつけた。

キャラメリゼ

…アドレナリンって、すごいな

チアキ

そうじゃない!!

チアキ

いくらアドレナリンが出てたって、これで今まで歩いてたって言うのはおかしいってば!!

キャラメリゼ

でも、痛みがひどくなかったのは事実だ。ちょっと捻ったかなーくらいの痛みだったし…

チアキ

その時点で言う!!捻挫って馬鹿にならないんだよ!?

キャラメリゼ

はは…すまない。礼を言うよ

チアキ

もう…

チアキ

今日はここで休もう。君を歩かせるわけには行かない

キャラメリゼ

私は大丈夫だよ。一晩過ごすのなら、少なくとも水場を確保しなきゃ…

チアキ

だめ!!

チアキ

水は…僕がなんとか探してくる。何か容器の代わりになるものがあれば…

チアキ

ひいっ!?

視界の端を、なにか黒いものが横切った…あれは…

キャラメリゼ

ただの烏だよ。大丈夫

チアキ

なっ…なんだよもう…!びっくりさせるなぁ!!

チアキ

って……怪盗さん!!あれ!!

キャラメリゼ

ん?

烏が飛び出してきた茂みの方を見ると、薄暗い視界の先に、うっすらと建物のような影が見えた。

チアキ

あ、あれ……

キャラメリゼ

木こり小屋…かな?行ってみよう!

チアキ

あっ、ちょっと怪盗さん!!肩貸すから!!右足に負担かける歩き方はしちゃダメだよ!!

チアキに連れ添われる形で、私たちは木こり小屋までやってきた。長く使われた形跡はないが、近くに川もあり、電気も通っている…一晩過ごすには申し分ない施設が揃っていた。ベッドもちゃんと複数あるみたいだし…私が床で寝ることも考えたが、その心配はなさそうだ…。

チアキ

はあぁ…疲れたぁ…

キャラメリゼ

世話をかけたね…何か杖になるようなものを探してくるよ。その間に、そこの川で水浴びでもしてくるといい。気休め程度にはなると思うよ

チアキ

そうだねぇ…落ちた川は濁流だったし…

チアキ

覗かないでよ!!

キャラメリゼ

覗かないよ!!

訝しげな目線を向けてくるチアキを見送り、私は壁伝いに小屋の探索を始めた。部屋数は、暖炉とベッドがある大部屋と、裏口から出たところにある物置の2つ…暖炉があるなら、火かき棒くらいあるだろう…あまり杖として使いたくない代物ではあるが…ないよりいいだろう。

キャラメリゼ

あったあった…以前ここを使った人は、ガサツな人だったみたいだね。暖炉の中身がそのままだ…

暖炉は手入れをしないと使えそうにないな…今が夏季でよかった…
近くにあった棚からマッチを見つけ、自前のカンテラに灯す…うん、手が塞がるね…

キャラメリゼ

うーん…しばらくは仕方ないか…物置にも電気がついてるとは限らないし…調べる間だけ…

この後、裏口を開けるために火かき棒を壁に立てかけておいたら横に倒してしまい、しゃがんで取るにも右足が自由に動かないため、縺れて盛大にコケた…なんてことがあったが、それは墓まで持っていくとして…私は無事に物置へとたどり着いた。光源はやはり無さそうだ。

キャラメリゼ

チアキがいる前じゃなくてよかった…流石に目も当てられないよ…あんなの…

天井から吊り下げられていたフックにカンテラを掛け、私は物置の中を見回した。ホコリが積もっているが、雑然とした様子はない。猟銃や斧といった道具の他、ロープや薪といった、暖炉にくべられそうなものも置いてあった……今のところ使い所はないけど…

キャラメリゼ

このあたりの地図とか…あったりしないかな…

キャラメリゼ

ホコリの積もり方から、少なくとも2年以内に人の手が入ってる…斧も錆びていないということは、手入れがされているということ…ここの用途が木こり小屋だとしたら…このあたりの地形を描いたものくらいはあるかもしれない…そこから方角を割出せれば…!

チアキ

キャラメリゼ!

キャラメリゼ

っ!!

背後から名前を叫ばれ、思わず肩を跳ねさせてしまった…声の主は、彼女以外ありえない。

キャラメリゼ

な、なんだチアキか…驚かさないでくれよ…

チアキ

それはこっちのセリフだよ!戻ってきたらどこにもいないし、物置の方ではなんかガタガタ言ってるし…!!

チアキ

置いてかれたと…思ったじゃん…

キャラメリゼ

……怖かった?

チアキ

そっ…そうじゃない!!勝手に逃げるなってこと!!怪我もしてるんだし!!1人で動くなってこと!!!!

キャラメリゼ

あはは、そっか。ごめんよ。

キャラメリゼ

安心していい。私は君を置いて行ったりしないし、この状態で夜道を歩くほど、頭が弱い訳でもない

チアキ

そ、そう…ならいいんだけど!!

チアキ

君も水浴びしてきなよ。探しものがあるんだったら、僕が探しておくから

キャラメリゼ

……そう?なら、お願いしようかな

チアキ

任せて!そして君は早くベッドに入ってや休むといいよ!

キャラメリゼ

……なら、そうさせてもらおうかな。

確かに、こんな所で急にいなくなったのは失敗だったかもしれないね。レディに怖い思いをさせてしまったのは、失敗だったなぁ…。
チアキに地図があるかもしれないということを伝え、私は小屋の前の川に向かうことにした……あ、そうだ。

キャラメリゼ

ないとは思うけど…覗くなよ?

チアキ

覗かないよ!!

顔を真っ赤にさせて返すチアキにヒラヒラと手を振り、私は水浴びに向かった。

キャラメリゼ

ここが森の中でよかった…日焼け対策はしてきたとはいえ、これが炎天下だったら、仮面焼けとかしていたかもしれないなぁ…

さっぱりはしたが、来ている服を変えることはできない。気持ちよーく、パリッとした服が着たいなぁ…明日の朝、髪もゴワゴワになってそう…温かいお湯が浴びたい…と、半ばオフモードになりながら小屋の中に戻ると、チアキがベッドに腰掛けて、何かとにらめっこをしているところだった……どうやら、捜し物は見つかったようだ。

キャラメリゼ

あったかい、地図

チアキ

怪盗さん!見てよこれ!!

キャラメリゼ

ん?ああ…

地図を覗き見ると、それはかなり古いもののようだった。一体何年前のものだろうか…と思考を回らせようとしたところ、チアキは地図のある一点を指さした。

チアキ

これ…!ここ、若しかしたら、なにかの集落とかじゃないかな!?結構広い窪地になってるし…名前が書いてあるよ!!

キャラメリゼ

レ・ルカ二……かな。そうかもしれないね。明日、向かってみようか

チアキ

やったぁ!!これで文明的な生活が送れる…!!

キャラメリゼ

あはは…そうだね。この辺りに集落らしいものはここしかないし…君のお仲間も、ここに向かっているかもしれないね…

チアキ

そうだといいなぁ…

チアキ

ふあぁ…なんか、安心したら、ちょっと眠くなってきちゃった…

キャラメリゼ

ずっと気を張っていたからね…私も疲れた。

チアキ

物置から非常食も見つけたけど…どうする?食べる?

キャラメリゼ

私は…明日の朝食べられればいいよ。お腹がすいているなら食べるといい…私は、寝る

チアキ

あはは…もう疲れきってるね…僕も寝るよ…お腹は減ってるけど…それよりも眠い…

キャラメリゼ

ああ。なら、それがいい

電気を消し、それぞれのベットに寝そべった。掛け布団は用意されていたが、ホコリがすごくて、一度外で払わなければとても使えたものではない。風邪をひく陽気でもないから、一晩くらい大丈夫だろう。

チアキ

……ねえ、怪盗さん。いなくならないでね

キャラメリゼ

さっきも言っただろう?私は、君を置いていったりはしない

チアキ

……君ってさ、根は優しいよね

キャラメリゼ

そうかい?それは嬉しい褒め言葉だね

チアキ

……なんで、怪盗なんてやってるの?

キャラメリゼ

…………

なんで…か。なんでだろう。

チアキ

……あれ、もしかして、地雷?

キャラメリゼ

いや、違うけど…そうだなぁ…どうしてだろう

チアキ

え?

キャラメリゼ

理由が見つからないんだよ…何というか…気がついたら、怪盗になってた。

チアキ

なにそれ…洗脳みたいだね

キャラメリゼ

洗脳…かぁ…でも、そうかもしれないね

チアキ

洗脳されたの!?怪盗になれーって!?

キャラメリゼ

違うよ、言葉のあやさ。それから…洗脳されていたのは、怪盗になる以前の私だ

チアキ

……キャラメリゼに、なる前の…?

キャラメリゼ

……私はね。結構、なんというか…決められたレールの上に生まれたんだ

チアキ

君も…将来が決定づけられた位置にいたってこと…?

キャラメリゼ

……ああ、そう。

あれ…

キャラメリゼ

……僕は…ずっと、その道から外れるなっていう、洗脳を受けていた

どうしてだろう

キャラメリゼ

でも…僕には、その才能がなかったんだ。天才肌だった父親には、どうしても追いつけなかったし…追いつくためのスタート地点にも、立てなかった

彼女に話すのは、あんなに躊躇われたのに…

キャラメリゼ

なのに、周りからかかる期待は、誰よりもデカかった…あの人の息子だから…きっと、すごい秀才になるに違いない…やる気がないから、伸び悩んでいるだけなんだ…って

僕のことを話すのは、こんなに簡単だったのか…

キャラメリゼ

でも、それは違うんだ…僕は…自分で言うのもなんだけど、誰よりも努力をしていたよ。ほかの弟子が楽しげに喋っている時も、その輪に加わろうとせず、練習した…誰もが眠っている時間に、こっそり練習もしたし、道具だって、誰よりも念入りに手入れをした…でも、それでも、僕はダメだったんだ

キャラメリゼ

終わりが見えてるのに、周りは期待をやめない…それを裏切ることだけはしたくない…でも、結果はいつもそれを裏切るんだ…努力しても、練習しても、何も実らない、育たない…でね。きっと、僕は…

キャラメリゼ

それから少しして、壊れちゃったんだろうね。裏切ることしか出来ないなら、いっそのこと、全て裏切ってしまえって…で、気がついたら…

ズボンのポケットを漁る…そこには、いつも入れているお守りがある。きっと、あの時事件に関わった人しか知らない、手のひらサイズのお守りーー

キャラメリゼ

こいつを盗んでた

チアキ

……それは…

キャラメリゼ

『ソーサラーリング』…私が、キャラメリゼとして初めて盗んだお宝だよ

チアキ

…キレイな指輪だね

キャラメリゼ

なんでこれを盗もうと思ったのかはわからない…こんな、無名の美術品を…一体、私はどこで知ったんだろう…ってレベルのものさ。

チアキ

…そう言われると…ちょっと不気味だね

キャラメリゼ

あはは、そうだね。不気味だ。

チアキ

……怪盗も、大変なんだね

キャラメリゼ

ああ。大変だよ。人間である限り、現実からは逃げられない

キャラメリゼ

絶対に、逃げられないんだよ

ーーそれから、二三言は話して眠りについた。何か不思議な夢を見た気がするが…あまり覚えていない…ただ、記憶の片隅に、満天の星と、少年の声が残っていた…

力が欲しいか?君自身と…この世界を変える力がーー

第5幕 3ホール目 秘められた願い

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