第5幕
大!遭!難!!

素直に川に沿って歩いていけば、こんなことにはならなかったのだろう。しかし、気づくのがおそすぎた。四方を木々で囲まれたそこでは、とても方位の確認なんてできそうにない。さて…どうしたものか…

チアキ

だいたい…フックショットがあるなら先に言ってくれれば…!崖なんか飛び降りなかったのに…!!

キャラメリゼ

どうして敵側の君に、こちらの手を明かすような真似をしなくてはならないんだい?

キャラメリゼ

……というか!!

チアキ

な、なんだよ…

キャラメリゼ

君はバカなのか!?あの高さから飛び降りたら、下手したら死んでしまうと分かっていたんだろう?なのに、どうして飛び降りたりしたんだ!私が勢いを殺そうとしなければ、君は…!!

チアキ

君が自ら死を選ぶような選択をしたからだろう!?

チアキ

目の前で人が死ぬのは…もう、ゴリゴリなんだよ…

キャラメリゼ

…………はぁ……

キャラメリゼ

いがみ合うだけ無駄だね…やめよう。体力が削られるだけだ…

チアキ

そうだね…

しばらく黙りこくって森を進んだ。しかし、景色は一向に変わらない。どこか開けた場所に出られれば、方角を確認する手段が出来るのだが…

キャラメリゼ

………

チアキ

……ねえ、ガンガン進んでるけど、どこを目指してるの?

キャラメリゼ

空が見える場所だよ。夜になる前に見つけられれば、星の位置で方角がわかる

チアキ

すごい…怪盗ってそんな知識まで持ち合わせてるんだね…!

キャラメリゼ

………多分

チアキ

頼りないなぁ…

キャラメリゼ

とりあえず、まずは方角を確かめなきゃ始まらない…他にいい方法があれば、提案してくれると嬉しいな?

チアキ

……風の向きとか…

キャラメリゼ

残念だけど、イタリアの気候問題は把握してない

チアキ

ほぼお隣じゃん!!そんな変わらないよ!!

キャラメリゼ

絶対に?

チアキ

………多分…だけど…

キャラメリゼ

ほら信用ならない。それなら位置が固定の星を見る方が、まだ現実的だね

チアキ

むうぅ……

そうは言ったものの、進めど進めど開けた場所なんて見つからない。日が落ちてきて、乾いてきたとはいえ、衣服が濡れていたせいもあり、疲労感が増していく…どこか休めそうな場所も、探し始めた方がいいかもしれない。

チアキ

はぁ…いつまで歩けばいいんだろう…

キャラメリゼ

少し休むかい?

チアキ

ううん、いい。もう少し頑張る

キャラメリゼ

……あまり無理はしないでよ。倒れられると困るし…連れて行けないからね

チアキ

大丈夫だよ。その言葉、そっくりそのままお返ししてあげる!

キャラメリゼ

……分かってるよ。

ここまで軽口を叩けるならまだ平気か…正直なところ、少し休みたいのは私の方なのだろう。荒れた道を歩き続けたせいか、右足が重たい…

キャラメリゼ

休めそうな場所を見つけたら、マッサージでもした方がいいかもしれないな…こんなに体力なかったのか、私は…

チアキ

僕より、怪盗さんの方が疲れてるみたいだけど…大丈夫?

キャラメリゼ

へっ…?私が…?

図星すぎる…でも認めたくない…!!

キャラメリゼ

何を言っているんだい?私は平気さ!

チアキ

そう…?でも…

キャラメリゼ

っ……!?

突如、膝裏に軽い衝撃がし、私はその場にへたり込んでしまった…いつの間にか後に回り込んでいたチアキが、そんな私を見て少し吹き出す。

キャラメリゼ

何するんだ!!

チアキ

ほら!普通の人なら踏ん張れる衝撃で倒れちゃったじゃん!!

チアキ

ちょっと休憩しよ。ね?

キャラメリゼ

………ああ…

………恥ずかしい…何やってるんだ私は…!!チアキの手を借り、木に凭れられるような場所へ身を移す…倒れた時に変に捻ったのか、右足の痛みが増した気がする…これは冷やした方がいいかもしれない…。

チアキ

ふへー…ここが砂漠とかじゃなくて良かったよね…木がたくさんあるから、まだ涼しい気がするし…

キャラメリゼ

…ジャポンは、ヨーロッパより暑いって聞いたことがある。実は今、肌寒いんじゃないのかい?

チアキ

あー…そう言われてみると…贅沢は言わないけど、風がしのげる場所位は見つけたいなぁ…

キャラメリゼ

………

チアキ

!怪盗さん…?

キャラメリゼ

乾ききってないけど、ないよりマシだと思う。羽織ってなよ

チアキ

そんな…いいよ。それじゃ、君が寒くなっちゃうよ?

キャラメリゼ

私はヨーロッパ人だから平気だ。慣れてる。それに…レディが体を冷やすのは、良くないからね

チアキ

え……どうして、僕が女だって…?

キャラメリゼ

どうして?…って…見ればわかるだろう?

チアキ

みればわかる…………

チアキ

っ!!!???

キャラメリゼ

?どうしたんだい、そんなに顔を真っ赤にしてーー

チアキ

へ、ヘンタイ!!!!

キャラメリゼ

はぁ!?

チアキ

あっ…いや、でも…そ、そうだよね…最初は男だと思うから、平気だと思うよね…

チアキ

で、でも!!勝手に服を脱がすのはどうかしてると思うし、そもそも服を脱がす要因がーー

キャラメリゼ

待ってくれ。何の話をしている?服を脱がすって…まさか、私が、君のを…ってことかい!?

チアキ

そっ……そう…だって、見ればわかるって…

キャラメリゼ

異性の服を脱がせるわけがないだろう!!!!!!!

チアキ

いいいいい異性いいい!?!?か、怪盗さん…き、君もしかして……

チアキ

女の人だったの!?!?!?

キャラメリゼ

何でそうなるんだよ!!!!私は男だ!!!!

チアキ

へっ……じゃ、じゃあ…尚更なんで…?どうして、僕が女だって分かったのさ…?

キャラメリゼ

だから…性別なんて、一目見たらわかるって、さっきから言っているだろう?

チアキ

そんな…じゃあ、最初からってこと…?

キャラメリゼ

…ああ。最初から

チアキ

……

チアキは、『ありえない…』と言ったような顔をして固まってしまった…そんなに驚くことだろうか…?性別の分別くらい、誰にだってつくだろうに…

チアキ

…すごいんだね、フランス人って…初めて会って、僕が女だって分かったの、君で3人目だよ

キャラメリゼ

嘘だ?

チアキ

ホントだよ…1人目はイサトさん。2人目は…この間会った男の子。で、君だ

実質2人…!?どういうことなんだ…ジャポンは、そんなに人の区別を付けるのが苦手な国なのか…!?

チアキ

あはは、そんなに驚くことかな?

キャラメリゼ

驚くさ…だって、君は、どこからどう見ても…

チアキ

……僕ね、男として育てられてきたんだ

キャラメリゼ

……男として…?どうしてそんなこと…

チアキ

僕の家…ツイタチ家は、代々続いた地主の家柄でね。僕は、その跡継ぎとして生まれたんだ。

チアキ

でも…僕は女だった。女は、頭領にはなれないんだよ。

キャラメリゼ

……どうして?

チアキ

そういう掟なんだ。バカバカしいとは思うけどね

チアキ

……弟が生まれてくれれば、それが次の跡継ぎになるはずだった…でも、2人目が生まれる前に、僕の両親は事故で亡くなった…

チアキ

残った僕が、頭領にならざるを得なくなったんだけど…それは、掟を破ることになる…じゃあ、どうすればいいか…

キャラメリゼ

…仕方ない、じゃダメなのか…?そういうこともあるって…

チアキ

……

チアキ

『ツイタチ・チアキ』は、女じゃなくて、男だったんだ

キャラメリゼ

……?

チアキ

周りの家にも、本家の人間にも…僕にも、そう言って、僕を育て始めたんだよ

キャラメリゼ

そんな…!

どうしてそんなことが出来るんだ…!?それじゃあ、チアキは…!!

チアキ

だから、僕は男らしい性格で、男らしい容姿に育てられた。女だって、見られるわけがないんだよ

キャラメリゼ

………狂ってる…人間は、人形じゃないんだぞ…?

チアキ

……でも、それが僕らにとっての『普通』なんだよ。

そう言うと、チアキはぐいーっと伸びをして、立ち上がった。日はとっくに沈んでしまい、辺りは紫色に染まっていた。

チアキ

……イサトさんたちのところに来て、僕の世界は変わったよ。やっと、本来あるべき『ツイタチ・チアキ』として、生きることができるようになったんだ

キャラメリゼ

本来、あるべき……

チアキ

……ありがとう。びっくりしたし、変な勘違いもしたけど…嬉しかったよ。気づいてくれて、ありがとう

キャラメリゼ

…………

チアキ

そろそろ行こ。真っ暗になる前に、いい場所探さなきゃ!

ついこの間、ベルリーナに説いたことが、ブーメランで返ってきたみたいだった。差し出された手を掴み、少しふらつきながら立ち上がる。思った以上に疲れているみたいだ…

チアキ

怪盗さん、結構あったかい手してるんだね

キャラメリゼ

眠いんじゃないかな。流石に疲れているようだ

チアキ

あはは、子どもみたい!

チアキは跳ねるように先へ走っていってしまった。まったく、どちらが子どもなんだか…視線の先でキョロキョロしている彼女に追いつこうと、私は、少し歩調を速めてーー

キャラメリゼ

っぐ……!?

右足に鋭い痛みが走り、思わずその場に蹲る…なんだこれ…尋常じゃない…!!

チアキ

ど、どうしたの?大丈夫!?

キャラメリゼ

っ……大丈夫、じゃ…ないかも…

チアキ

足…?ちょっと見せて!

キャラメリゼ

あっ…まっ……っ痛……!!

チアキ

!……ちょっと、これ……

チアキ

なんで言わなかったんだ!!

顕になった右足は、踝の辺りが深く切れており、そこら流れ出た血液で真っ赤に染まっていたーー

ベルリーナ

……………

ベルリーナ

ブリュレさん…今日も来てない…もう1週間経つんだ、あれから…

アマンド

リーナ!!

ベルリーナ

アマンドさん…?どうかしたのですか、そんなに慌てて…

アマンド

先生が、呼んでる…今すぐ、職員室行って…

ベルリーナ

……?はい…

ベルリーナ

失礼します、アラモードです

先生

ああ、リーナ…来てくれたんだね

ベルリーナ

はい…あの、何か御用でしょうか?

先生

ああ……先週の月曜から、サヴァランが登校してないことは知っているね?

ベルリーナ

………はい

先生

……じつは…

先生

この一週間、彼は一度も家に帰っていないそうだ

ベルリーナ

………へ……?

先生

最後に一緒にいたのは君だと聞いて…何か、知らないかい?

ベルリーナ

………

ベルリーナ

あの夜から…ずっと…?

大嫌いだ

ベルリーナ

っ…………

先生

なんでもいい、何か、手がかりになるようなことがあれば…!

ベルリーナ

……すみません。何も…

先生

………そう、か……わかった。ありがとう…

先生

このことは、このあとショートホームルームで話すつもりだ。なにか思い出したら…頼むよ

ベルリーナ

……はい

ベルリーナ

…………

ベルリーナ

ブリュレさん……一体、どこに…?

第5幕 2ホール目 大!遭!難!!

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