第5幕
大!遭!難!!
第5幕
大!遭!難!!
素直に川に沿って歩いていけば、こんなことにはならなかったのだろう。しかし、気づくのがおそすぎた。四方を木々で囲まれたそこでは、とても方位の確認なんてできそうにない。さて…どうしたものか…
だいたい…フックショットがあるなら先に言ってくれれば…!崖なんか飛び降りなかったのに…!!
どうして敵側の君に、こちらの手を明かすような真似をしなくてはならないんだい?
……というか!!
な、なんだよ…
君はバカなのか!?あの高さから飛び降りたら、下手したら死んでしまうと分かっていたんだろう?なのに、どうして飛び降りたりしたんだ!私が勢いを殺そうとしなければ、君は…!!
君が自ら死を選ぶような選択をしたからだろう!?
目の前で人が死ぬのは…もう、ゴリゴリなんだよ…
…………はぁ……
いがみ合うだけ無駄だね…やめよう。体力が削られるだけだ…
そうだね…
しばらく黙りこくって森を進んだ。しかし、景色は一向に変わらない。どこか開けた場所に出られれば、方角を確認する手段が出来るのだが…
………
……ねえ、ガンガン進んでるけど、どこを目指してるの?
空が見える場所だよ。夜になる前に見つけられれば、星の位置で方角がわかる
すごい…怪盗ってそんな知識まで持ち合わせてるんだね…!
………多分
頼りないなぁ…
とりあえず、まずは方角を確かめなきゃ始まらない…他にいい方法があれば、提案してくれると嬉しいな?
……風の向きとか…
残念だけど、イタリアの気候問題は把握してない
ほぼお隣じゃん!!そんな変わらないよ!!
絶対に?
………多分…だけど…
ほら信用ならない。それなら位置が固定の星を見る方が、まだ現実的だね
むうぅ……
そうは言ったものの、進めど進めど開けた場所なんて見つからない。日が落ちてきて、乾いてきたとはいえ、衣服が濡れていたせいもあり、疲労感が増していく…どこか休めそうな場所も、探し始めた方がいいかもしれない。
はぁ…いつまで歩けばいいんだろう…
少し休むかい?
ううん、いい。もう少し頑張る
……あまり無理はしないでよ。倒れられると困るし…連れて行けないからね
大丈夫だよ。その言葉、そっくりそのままお返ししてあげる!
……分かってるよ。
ここまで軽口を叩けるならまだ平気か…正直なところ、少し休みたいのは私の方なのだろう。荒れた道を歩き続けたせいか、右足が重たい…
休めそうな場所を見つけたら、マッサージでもした方がいいかもしれないな…こんなに体力なかったのか、私は…
僕より、怪盗さんの方が疲れてるみたいだけど…大丈夫?
へっ…?私が…?
図星すぎる…でも認めたくない…!!
何を言っているんだい?私は平気さ!
そう…?でも…
っ……!?
突如、膝裏に軽い衝撃がし、私はその場にへたり込んでしまった…いつの間にか後に回り込んでいたチアキが、そんな私を見て少し吹き出す。
何するんだ!!
ほら!普通の人なら踏ん張れる衝撃で倒れちゃったじゃん!!
ちょっと休憩しよ。ね?
………ああ…
………恥ずかしい…何やってるんだ私は…!!チアキの手を借り、木に凭れられるような場所へ身を移す…倒れた時に変に捻ったのか、右足の痛みが増した気がする…これは冷やした方がいいかもしれない…。
ふへー…ここが砂漠とかじゃなくて良かったよね…木がたくさんあるから、まだ涼しい気がするし…
…ジャポンは、ヨーロッパより暑いって聞いたことがある。実は今、肌寒いんじゃないのかい?
あー…そう言われてみると…贅沢は言わないけど、風がしのげる場所位は見つけたいなぁ…
………
!怪盗さん…?
乾ききってないけど、ないよりマシだと思う。羽織ってなよ
そんな…いいよ。それじゃ、君が寒くなっちゃうよ?
私はヨーロッパ人だから平気だ。慣れてる。それに…レディが体を冷やすのは、良くないからね
え……どうして、僕が女だって…?
どうして?…って…見ればわかるだろう?
みればわかる…………
っ!!!???
?どうしたんだい、そんなに顔を真っ赤にしてーー
へ、ヘンタイ!!!!
はぁ!?
あっ…いや、でも…そ、そうだよね…最初は男だと思うから、平気だと思うよね…
で、でも!!勝手に服を脱がすのはどうかしてると思うし、そもそも服を脱がす要因がーー
待ってくれ。何の話をしている?服を脱がすって…まさか、私が、君のを…ってことかい!?
そっ……そう…だって、見ればわかるって…
異性の服を脱がせるわけがないだろう!!!!!!!
いいいいい異性いいい!?!?か、怪盗さん…き、君もしかして……
女の人だったの!?!?!?
何でそうなるんだよ!!!!私は男だ!!!!
へっ……じゃ、じゃあ…尚更なんで…?どうして、僕が女だって分かったのさ…?
だから…性別なんて、一目見たらわかるって、さっきから言っているだろう?
そんな…じゃあ、最初からってこと…?
…ああ。最初から
……
チアキは、『ありえない…』と言ったような顔をして固まってしまった…そんなに驚くことだろうか…?性別の分別くらい、誰にだってつくだろうに…
…すごいんだね、フランス人って…初めて会って、僕が女だって分かったの、君で3人目だよ
嘘だ?
ホントだよ…1人目はイサトさん。2人目は…この間会った男の子。で、君だ
実質2人…!?どういうことなんだ…ジャポンは、そんなに人の区別を付けるのが苦手な国なのか…!?
あはは、そんなに驚くことかな?
驚くさ…だって、君は、どこからどう見ても…
……僕ね、男として育てられてきたんだ
……男として…?どうしてそんなこと…
僕の家…ツイタチ家は、代々続いた地主の家柄でね。僕は、その跡継ぎとして生まれたんだ。
でも…僕は女だった。女は、頭領にはなれないんだよ。
……どうして?
そういう掟なんだ。バカバカしいとは思うけどね
……弟が生まれてくれれば、それが次の跡継ぎになるはずだった…でも、2人目が生まれる前に、僕の両親は事故で亡くなった…
残った僕が、頭領にならざるを得なくなったんだけど…それは、掟を破ることになる…じゃあ、どうすればいいか…
…仕方ない、じゃダメなのか…?そういうこともあるって…
……
『ツイタチ・チアキ』は、女じゃなくて、男だったんだ
……?
周りの家にも、本家の人間にも…僕にも、そう言って、僕を育て始めたんだよ
そんな…!
どうしてそんなことが出来るんだ…!?それじゃあ、チアキは…!!
だから、僕は男らしい性格で、男らしい容姿に育てられた。女だって、見られるわけがないんだよ
………狂ってる…人間は、人形じゃないんだぞ…?
……でも、それが僕らにとっての『普通』なんだよ。
そう言うと、チアキはぐいーっと伸びをして、立ち上がった。日はとっくに沈んでしまい、辺りは紫色に染まっていた。
……イサトさんたちのところに来て、僕の世界は変わったよ。やっと、本来あるべき『ツイタチ・チアキ』として、生きることができるようになったんだ
本来、あるべき……
……ありがとう。びっくりしたし、変な勘違いもしたけど…嬉しかったよ。気づいてくれて、ありがとう
…………
そろそろ行こ。真っ暗になる前に、いい場所探さなきゃ!
ついこの間、ベルリーナに説いたことが、ブーメランで返ってきたみたいだった。差し出された手を掴み、少しふらつきながら立ち上がる。思った以上に疲れているみたいだ…
怪盗さん、結構あったかい手してるんだね
眠いんじゃないかな。流石に疲れているようだ
あはは、子どもみたい!
チアキは跳ねるように先へ走っていってしまった。まったく、どちらが子どもなんだか…視線の先でキョロキョロしている彼女に追いつこうと、私は、少し歩調を速めてーー
っぐ……!?
右足に鋭い痛みが走り、思わずその場に蹲る…なんだこれ…尋常じゃない…!!
ど、どうしたの?大丈夫!?
っ……大丈夫、じゃ…ないかも…
足…?ちょっと見せて!
あっ…まっ……っ痛……!!
!……ちょっと、これ……
なんで言わなかったんだ!!
顕になった右足は、踝の辺りが深く切れており、そこら流れ出た血液で真っ赤に染まっていたーー
……………
ブリュレさん…今日も来てない…もう1週間経つんだ、あれから…
リーナ!!
アマンドさん…?どうかしたのですか、そんなに慌てて…
先生が、呼んでる…今すぐ、職員室行って…
……?はい…
失礼します、アラモードです
ああ、リーナ…来てくれたんだね
はい…あの、何か御用でしょうか?
ああ……先週の月曜から、サヴァランが登校してないことは知っているね?
………はい
……じつは…
この一週間、彼は一度も家に帰っていないそうだ
………へ……?
最後に一緒にいたのは君だと聞いて…何か、知らないかい?
………
あの夜から…ずっと…?
大嫌いだ
っ…………
なんでもいい、何か、手がかりになるようなことがあれば…!
……すみません。何も…
………そう、か……わかった。ありがとう…
このことは、このあとショートホームルームで話すつもりだ。なにか思い出したら…頼むよ
……はい
…………
ブリュレさん……一体、どこに…?