Wild Worldシリーズ
Wild Worldシリーズ
セアト暦40年
英雄の輝石
18.強く脆い者たち
どこへ行かれるのですか?
迷わず進む小さな背に問いかける。
予想通り答えはないが、同じ速さでついていく。
そして、フリーフォールの部屋の前で止まると、レダは首を傾げた。
こんなところに、何の用だろう?
目の前の少女は、少し躊躇ったあと、両手で扉を開いた。
2人の瞳に飛び込んできた映像は、とんでもないものだった。
フラウが素顔を見せると、セアト王と一部の兵士達は動揺を隠さなかった。
そのざわめきに、ラムダとケルトは顔を見合わせて首を傾げた。
フラウ……
一番うろたえている王は、背中に冷たい汗をかいた。
お久しゅうございます、王
フラウが感情を殺した声で儀礼的に口を開く。
彼はわたくしめの友人であります
詳しいことは存じませんが、彼を釈放してくださいませんか?
ならぬ。そちにそのようなことはできぬ
フラウは一体何者だ?
ラムダは自分が口をはさむべきではないと空気で感じ取っていた。
ただ心配そうにフラウを見つめる。
ケルトは、ラムダとは逆に口を挟む隙をうかがっていた。
まさかフラウのような女の子を身代わりにするわけにはいかない。
だけど、フラウの威圧とセアト王の威厳の前にタイミングを計れなかった。
セアト王は突然現れたフラウのことしか考えられなかった。
しかし、フラウの目を見れなかった。
罪悪感と、憂いが混じる。
それと、疑問。
今になって、どうして自分の目の前に出てくるのか。
彼のような方が罪人だとおっしゃるのであれば、わたくしは一体なんなのでしょう
街の中も堂々と歩けない
わたくしの存在は、いったい何なのでしょう
セアト王とは逆に、フラウは彼を真っ直ぐに見据えた。
フラウの問いに、セアト王は答えを出せなかった。
ただ、黙り込む。
本当は、フラウを自由にしたい。
だけど、様々な思惑が入り混じる環境において、それは危険なことだった。
王様?
お付の少年が、不安そうにセアト王を見上げた。
それにも気付かず、セアト王は必死に言葉を探す。
フラウを救える言葉を。
何か言えたらよかった。
だが、何も言えない。
沈黙が落ちる。
フラウ、お前……
…………
耐えかねてラムダが心配して呟けば、フラウは小さく笑った。
少し悲しそうに。
ケルトのことも、フラウのことも、ラムダは何も知らなかった。
仲間なのに……
事情が事情なのだろうが、自分では力になれなかったのだろうか。
フラウが何を抱えているのか、それはまだ分からない。
オレ、一体何のために一緒にいたんだろう?
共通の目的があったから共に旅をしていた。
それだけだろうか。
自由になれないわたくしは、どこへいても同じなのです
彼を釈放してください
しかし……
セアト王は知らなかった。
佳境の中で、フラウがどれだけ強くなったかを。
敵も味方も区別がつかず、騙し騙され、隠れては逃げ続け、そんなことを続けているうちに、思い知った。
あたしは孤独だ
でも、それを決して口外しなかった。
口に出したら終わりだと思っていた。
強く生きてきた。
しかし、そろそろ限界が来ていた。
気が休まらない、そんな生活に疲れたのだ。
もう、いい頃だろう。
自分で自分を許した。
自分はラムダのように自由ではなく、ケルトのように夢中になれるものもない。
もう、いいだろう。
やめよう。何もかも
こんな行動を起こして、ラムダたちにどう思われるか分からないけど。
ケルトを利用して、終わりにしよう。
あなたは罪を犯してはおりません!
犯罪者の身代わりなんてこと…!
兵士の1人が黙っていられず口を挟めば、
わたくしの存在自体が罪なのです
フラウがきっぱりと言い放った。
ラムダの何か言いたそうな目を受け流し、ケルトの心配そうな顔を見ない振りして、振り切るように言葉を紡ぐ。
でなくば、わたくしの存在を、世に知らしめます
強い瞳だった。
あの人に似たな
彼女を牢へ連れて行け
力のない言葉だった。
兵士たちに動揺が走る。
しかし王っ!
抗議する兵士に、軽く首を振った。
フラウの決意を揺るがせるとは思えなかった。
兵士は王に期待していた。
だが、王もフラウには弱いのだと悟った。
命令ぞ。素直に従え
……承知しました
寄ってきた2人の兵が、フラウの腕を取り連れて行く。
迷いのある兵士達と、迷いのないフラウが並んでいると、どちらが牢に入れられるのかよく分からない。
そんな構図に、ラムダもケルトも出遅れた。
だが、フラウがそれを望んだ以上、自分達に何が出来るのだろう。
ラムダは拳を握り締めた。
ゆっくりと嫌な音を立てて扉が閉まる。
それを見届けたセアト王は、力なくうなだれた。
ケルトよ。フラウに免じてお前を解放する
しかし、再び同じことが起これば、今度こそ容赦はしない
うなだれたまま部屋を出て行った。
他に誰も何も言わなかった。
セアト王はうつむき加減だったから気がつかなかった。
その扉付近に、2人の人物がいたことを。
お付の少年は2人に気付き、彼よりも小さな少女にだけ頭を下げ、王の後を追った。
部屋はシンと静まり返る。
一体、どうなってんだよ
気がつけば、何も出来ないままフラウが連れて行かれてしまった。
そんな自分にイラつき、ラムダは吐き捨てた。
ケルトはひどく動揺し、分けも分からずおろおろと頼りない動きを繰り返す。
自分が牢に入れられて終わりだとずっと思っていた。
まさかこんな展開になるなんて夢にも思っていなかった。
これでは、フラウを差し出しにきたようなものだ。
どうすればいいのか。
フラウを取り戻したい。
だが、そんなことが可能なのか……
次の手を必死に考えていた時、澄んだ声が響いた。
あの方は、この国で唯一にして最大の弱点
曇りのない声だった。