西園寺侯爵……



そこに立っていたのは
ここにいるはずのない老人の姿。

何故




撫子を失った後、
侯爵は公の場から姿を消した。
俺と灯里の前からも。


修理を依頼する人形が
なくなったのだから
当たり前と言えば当たり前なのだが。











それなのに



何の用だ

また、撫子を作れとでも言うつもりか


「撫子」は灯里の父・輝の作品で、
一般的な自動人形とは
構造がかなり違っている。

同じものを作れるのは
灯里くらいだ。



だから侯爵も
修理の際には必ず
灯里の元へ持ち込んでいた。



……それはもう何度も依頼をしている。
断られ続けているがね

ええ。私に撫子は作れません。
侯爵が望む「撫子」は

断れば人形技師として生命は終わるぞ。
一線を退いたとは言え、私にはそれだけの力がある



どうやら
依頼を断られ続けたのに
業を煮やして

自ら乗り込んで来た。
というところらしい。




しかしこれは
依頼の態度ではない。

脅す気かよ!




何か策があるとでもいうのか?

否、侯爵のことだ。
勝算もなしに来たりはしない。

何とでもわめくがいい。
力なき者がいくら声高に叫んだところで獣の遠吠えほどの価値もないし、正義面をしたところで道化にしか見えん

……




何を考えている?



……あなたは人形を不幸にする

何を指して不幸と決めつける。
現に輝は私の意見に共感したからこそ「撫子」を作ったと言うのに

オッサンが?



そうだろうか。

輝の人形に対する考えは
人形を作る者としての考えは
侯爵のそれとは違う。

彼は人形が人間に近付くことを
良しとは思っていない節があった。




侯爵に
共感するとは思えない。


それでも

愚かな。
ガラクタを作るしか脳のない凡才には我々の崇高な理想が理解できんか



やはりあの金か?
金を受け取ったことを
都合良く解釈しているのか?

あんた、自分の娘を「ガラクタ」って言うのか?


輝ならば
人形を「ガラクタ」とは言わない。

あれは最後の最後に私を裏切った

裏切っ……































撫子! 何故、



あの日。







侯爵が振り下ろしたナイフは
偶然倒れ込んで来た
撫子に刺さった。



俺と灯里はそのおかげで
命拾いをし





撫子は





歯車に砕かれて消えた。












































意思のない人形には
裏切ることなどできない。

しかし
長い間「撫子」を
娘のように見ていた侯爵には

庇うような形が
「裏切り」に見えたのかもしれない。



……それで?
また脳味噌取り出して人形に載せるつもりなのか?

私に従えば命までは取らない。
私の理想の「撫子」を作り出るのはお前だけだからね

……

お前は自分と父親の罪を背負って生きて行かねばならない。
私の元で生きるしかないんだ。わかっているだろう?

何の罪だよ



父親の罪とは
「撫子」を作ったことだろうか。

侯爵の理念に共感して
娘たちをパーツにしたことだろうか。


しかし輝が本当に
そんな人形を作るだろうか。






















人と同じもの――人をを作り出すということは自身が神と化すことと同義だ

技術の問題ではなく、倫理に近いのかもしれない




そうだ。


倫理とやらを吹っ飛ばせば、人間のように作ることは可能……?

だが、それはもう自動人形ではない。
自動人形はからくりと歯車から生まれる儚い娘たちなのだよ


あの時も思った。

オッサンは生身の娘の手足を
人形に付けたりはしない。

人形を至上と考えるからこそ
「異物」を付け加えはしない。












では何の罪だ?


そして
灯里の罪とは……














脳裏に


過去に見た男の姿がよぎった。




















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