私は幼い頃からひどく人見知りな子でした。


初めて会った人は勿論、同じクラスの人でさえ話しかけていいのかいつも不安に思っています。

ご近所さんのAとは幼なじみです。


彼は私とは対照的にはきはきとしっかりした意見の言える人で、昔からそうでした。


高等部に上がって染めた茶色の髪はなんだかいわゆるチャラ男とかいうやつっぽい感じなのですが、似合っています。


見た目はそんな感じになったけれど、Aは変わらず優しい良き幼なじみであり、親友でした。

Aに誘われて中等部の頃から所属している演劇部では、高一になったため、名前付きの役を貰うようになりました。

私はあがり症のため、名前付きの中でも台詞が少ない役を当てられることが多いです。


それでも私は部活が楽しかったから、別に構わなかったのです。


先輩方は優しくしてくれるし、同輩や後輩とはちょっと馴染めずにいるけれど、だいたいAがフォローしてくれます。


改めて自分は恵まれていると思ったりするのです。

Aは演技力と持ち前の華やかさで、あっという間に人気者になりました。


高二の先輩方には申し訳ないのですが、今演劇部で一番輝いているのはAのように思えました。

Aは行動力のある人だったので、人脈も広く、いつの間に仲良くなったの? という感じの人と友達だったりします。


高一になり、新しいクラスに緊張していた私はいつものようにAにくっついて過ごしていました。


すると気付いた時には私たちは四人だったのです。

親友のAと、あまりよく知らない人が二人。

どちらも同じクラスになったのは今年が初めてです。

一人は学年でも有名なS。


アイドルみたいな可愛い顔をした彼女には私も覚えがありました。

弓道部の実力派で、試合では負けなしと聞いたことがあります。


確か体育祭ではリレーメンバーに選抜されていました。

Sは私の密かな憧れでした。

もう一人は長い前髪が印象的な人でした。

Aが彼の名はKだと紹介してくれましたが、あんまり記憶にはありませんでした。


ただSとよく行動を共にするらしいことは知っていました。

Sと同じ弓道部で、Sとは中等部の頃から仲がいいと聞きました。

しかし四人で過ごすようになって数日、SとKはあまり仲が良くないことが見て取れるようになりました。


黙って本を読むSに、何か怒った口調で投げかけるK。

Sは短い言葉で軽くあしらうばかり。


二人の間に何があったのでしょうか。

二人の関係は何なのでしょうか。


私には分かりませんでした。

そんな口数少ないSですが、とても魅力的な人でした。

私が人見知りを克服しようと吃りながら頑張って話すと、Sは目を細めてうんうんと聞いてくれました。


話す言葉が少ない分、彼女の一言一言の重みは私にとって計り知れないものでした。


そうして私はSに惹かれていったのです。

最初のうちは新しい人間関係に期待を膨らませていたのですが、だんだんまた別の不安も浮かんできました。


それは他ならぬKのことです。

Kはことあるごとに私に話しかけてきましたが、私は男性恐怖症でした。


Aは幼なじみなので例外ですが、彼に恋愛感情を持たないのはこのためでしょう。

この前のテスト期間に、私たち四人はAの家で勉強会をしました。

言い出したのはAです。

AがSを連れて近くのコンビニにお菓子を買いに出てしまったので、私はAの部屋にKとふたりきりになってしまいました。

……あのさ

え、えっと……なに?

Rって好きな男居るの?

いないけど……

私は嘘のつけない性格だったので、『好きな男』と聞かれたのは幸運でした。

偽らずに済んだのです。

しかし急になにを聞いてくるのでしょう。


もしかして、もしかすると……自意識過剰かもしれませんが、Kは私のことが好きなのでしょうか。

どうして……そんなこと、聞くの?

…………少し、気になっただけ

妙な間がありました。

私はこの重い空気に耐えられず、必死になって話題を探しました。

Kって、いつからAと友達なの?

えー……俺、Aと友達なのかな

どうやら話題を間違えたみたいでした。

じゃ、じゃあ、Sとは?

中等部の頃から。
腐れ縁なのか知らないけど、クラスもずっと一緒だし

腐れ縁……やっぱり二人は仲が良くないのでしょうか?

しかしAのときと違って友達であることは否定しませんでした。


Sと腐れ縁だなんて私にはとても羨ましく思われました。

やがて帰ってきたAとSの手にはビニール袋がありました。

この抹茶ティラミス、新作らしいよ

Aが抹茶ティラミスを配っているとノックの後にドアが開きました。

Aのお姉さん

失礼するわね。
いらっしゃい、Rちゃん。
それにSちゃんとKくんも

入ってきたのはAのお姉さんでした。

美人で優しいお姉さんは大学でもたいそう人気らしいです。


お姉さんは私たちに紅茶を入れてきてくれたのでした。

ふわりと甘い香りがします。

キャラメルティーだと聞きました。

一人一人にマグカップが手渡され、私はその絵柄に注目しました。


私とKに渡されたのは色違いの可愛らしいタータンチェック柄のマグカップでした。

これは数年前から使われているもので、以前一人で来た時にもこれが出されました。

それに対しAとSの手にあるマグカップには星座のイラストがデザインされていました。

Aは双子座なのでGeminiという文字と可愛い双子が描かれたカップです。


Sが使っているものは蠍座の絵柄でした。

そういえばAのお姉さんは蠍座だったなぁ、と思い出しました。

あるとき私は、一人で抱えることに耐え兼ねて、Aに全てを相談しました。


Sのことが好きであること。


Kがどうやら私に好意を持ってくれているらしいこと。


それらをどう対処すべきか尋ねると、Aは

もう少し堂々とするといい

と言いました。

それが私にとって非常に難しいということはAにも十分分かっていたでしょう。

それを承知の上でAは言ったのです。

以来私はこれまで以上に自分に自信を持つよう心掛けました。


Kになにか言われてもなるべく動揺を見せないように努力し、Sには苦手な数学を教えてほしいと頼みました。

Sは天才的な頭脳の持ち主でした。


人に教えることにはあまり慣れていないらしく、時々悩んだように首を傾げるのも見ました。


Aに聞く方がよかったのか……とも思いました。


Aは優秀かつ教え上手ですが、高等部に入ってからは私もあまりAの家に通わなくなり、同時に勉強を見てもらうこともなくなっていたのです。


けれど私はSと過ごす時間を作ることを優先しました。


それにSがどうすれば私にも理解できるか考えながら教えてくれることが幸せでした。

最近はどうなの?

Sとは仲良くしているのかとAが聞いてきました。

うん、順調……かな。数学教えてもらってるの

分かりやすい?

最初はちょっと不安だったけど……って失礼か。
でも、最近はすごく分かりやすいよ。
Sは丁寧だし、優しい

そっか。よかったね

Aがこんなに気遣ってくれる親友であることに、ますます私は感謝せずにはいられないのでした。

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