Kは才能と魅力に溢れた人物だった。

数学はいつもAクラスで、

化学教師には贔屓にされ、

体育祭ではいつもリレーメンバーに選抜されていた。

物静かなタイプのKは図書室がお気に入りの場所だった。


自習したり本を読んだりと一人で利用することが殆どだったが、本棚の陰には大抵本を探すふりをしながらKをちらちらと見ている生徒がいた。

それも7割方は女子。

Kは人目を惹く容姿をしていた。


標準的な身長にすらりと細い手足。

腰の細さの割にブラウスを押し上げる胸は同年代の少女に比べて大きい方だと思う。


清楚な黒髪は長めで、髪型と顔立ちは某大規模アイドルユニットの選抜二位の美少女とよく似ていた。

ようはぱっと見男子受けするビジュアルなのだ。


しかし浮かべる物憂げな表情とか、性別を感じさせない口調とかが女子ファンを増やしているらしい。

俺にはそれが気に食わなかった。

俺は寡黙な性格で、それはKと共通する点だった。

見た目も端正だとKの彼氏であるSも言っていた。

自分から見てもまぁ、悪くない容姿だと思う。

だというのに何故かモテない。

普通女子とは口数少ない男子が好きなのではないのか。


同じ静かな性格でも俺とKは何かが違う。

周囲からの待遇だ。


俺にファンが居るとかいう話は聞いたことがない。

彼女だって居たことはない。

俺はどうやら校内でも煙たがられているらしい。


それに加え俺には決定的に才能がなかった。

数学はBクラスだし化学も体育も軒並み平均レベル。

だというのにKは私立文系コースに行く予定だという。


Kに言わせると数学も化学も嫌いで体育は面倒。

……正直腹が立つ。

Kと俺は弓道部に所属していた。


Kは全然放課後練に来ないくせにやたら上手い。

やっぱりファンも多い。


Kはたびたび放課後に一緒に帰りませんかと後輩に誘われていた。

もっとも放課後練には来ないので土曜日の部活の後の話である。

Kはそれを断らなかった。


彼氏のSとは帰らなくていいのかとたずねると、あいつとはテスト前に帰っているから大丈夫とのことだった。

Sは演劇部のスター的存在だった。


部活にも熱心で容姿・性格共に華やか。


俺は少し苦手意識を持っている。

Kみたいな奴がSと付き合うのは当初意外だと思って驚いたものだ。

その日Kは中二のひなちゃんと帰った。

実はKは後輩の好き嫌いが激しかった。


好きなタイプは謙虚な美形か、面白くて実力のある子のどっちかだった。

次の週の土曜日、Kはエリちゃんとつっちゃんを連れて帰路についた。


エリちゃんは従順な態度が評判の色白美少女で、つっちゃんこと司ちゃんは少年っぽい顔立ちの未来のエース的存在だった。

あの図を両手に花というのだろう。

どちらも中二だった。



ひなちゃんは取り立てて可愛い顔立ちでもなく色白でもなく、弓道の技術もまあまあだった。

恋に一途らしいひなちゃんは事あるごとにKに尽くそうとした。

誕生日も把握しているらしく何か贈り物をしていた。

贈り物が何だったのかは興味がないので覚えていない。


なのでその日ひなちゃんが俺に

日南田さん

帰り、何か用事ありますか

と聞いてきたことには驚いた。

用事は……特にないけど?

日南田さん

帰り、ご一緒できませんか?

どういう風の吹き回しかと疑問に思いつつひなちゃんと校門を出ると、ひなちゃんはKの話題ばかりを振ってきた。


俺とKが悪友であることは弓道部内では有名な話だった。


ひなちゃんの目的は俺自身ではないことがすぐに分かった。

日南田さん

去年のバレンタインにK先輩からお菓子頂いて、すっごく嬉しかったんですよ

そう語るひなちゃんは少し悲しそうな顔をしていた。

日南田さんはKのこと大好きだな

日南田さん

えへへ……はいっ。大好きです

俺はKの誕生日にひなちゃんがプレゼントに添えて寄越したという手紙を読んだことがあった。

盗み見ではない。

他でもないK自身が見せてきたのだ。


重苦しい愛の文句が可愛らしい便箋にびっしりと並んでいたのを今でも忘れられない。

正直忘れたい。

日南田さん

今日はありがとうございましたっ

ぺこりと頭を下げたひなちゃんとバス停で別れた。

ひなちゃんの声や仕種はいかにもぶりっ子っぽくて苦手だ。

月曜日の朝教室に向かうとKはもう席について本を読んでいた。

おはよう

……ああ、おはよ

本から少し目線を外して平淡な声色で挨拶を返すK。

土曜日、日南田さんと一緒に帰ったんだけど

お前が?

向こうが誘ってきたんだよ

鞄を置き、振り返ってKの机に頬杖をつく。

自然とため息がこぼれた。

俺とKの席は前後である。


そんな俺を少し眺めてKはへえ、と小さく声を漏らした。

流れ弾が当たったのか

……!

Kはまるでこうなることが分かっていたかのように納得した素振りだった。

お前、分かってて、

だって私ひなちゃん苦手だし

……じゃあなんで先週は一緒に帰ったんだよ。
バレンタインのお菓子だってあげたんだろ?

先週はエリちゃんもつっちゃんも用事だったから。
バレンタインはさー、買い出しの時に偶然会っちゃって、あげないといけない感じの流れだったんだ。
Sのついでに作っただけだけど他の後輩にはあげてないしひなちゃんは喜んだんじゃない?

……誕生日プレゼントは……

メモ帳は私の趣味に合ってたから使ってるけど?

じゃなくて、あのおぞましい手紙

捨てた

確かにあの内容じゃ捨てたくなるのも分かる。

どう考えたって怖いし気持ち悪いし嬉しくない。


同じものをSが寄越したならKは喜ぶだろうがそこは別格である。

エリちゃんやつっちゃんでもあんな手紙を送ってきた場合は微妙だろうにあのひなちゃんでは更に無理な話だ。


俺だってあんな手紙はいらない。

しかし、有り余るほど投げ掛けられる憧憬の眼差しや愛の類を何の気無しに軽く捨ててしまうKの神経の方が俺を苛立たせた。


ひなちゃんに好かれたいと言っているのではない。


だが俺はKよりも注目されることや名声に強い欲求があった。


俺が欲しいものを持っているくせにそれをいらないという。


そんなKが憎らしかった。

それでも辛うじて俺がKとの悪友という関係を放棄せずにいるのは、俺が一番欲しいものに関してKも俺も平等だったからである。

Aは内気で人見知りな少女だった。


あがり症を克服するべく入部したとかいう演劇部では可愛らしい容姿と声質から先輩方に気に入られているらしい。


幼なじみのSとは親友だそうだ。

長い間仲良しのS以外には抜群のコミュ障っぷりを発揮し友達は少ないらしい。


ただSの存在のお陰で俺もAと行動を共にすることが多くなった。


ふわふわの髪とか小柄な身体とかが小動物のようで可愛い。

俺はすぐにAが好きになった。

今まで俺にとって一番近い存在の女子はあの嫌味なKだったのだから、Aに惹かれたのは必然的だったのかもしれない。


Aは俺と話すときもKと話すときも同じように小さい声で、何回も吃った。

そしてSが現れると決まって俺達の通訳になった。


どんなときもKに勝てなかった俺がAの前では同じ距離に居る。


時間はかかるかもしれないがいずれはAに心を開いてもらおうと決心し、俺はKを横目で睨んだ。

side:Ⅰ【出題編】

facebook twitter
pagetop