片霧文殊

僕の相手はじじいじゃ役不足だよ。

おじいさん

果たしてそうかのぅ?

未だに人質を取ったままである片霧に余裕を持った笑みを浮かべるおじいさん。

すぐに戦いを終わらせようと、まず動いたのは片霧だった。

片霧文殊

はっ!

手に持っていた短剣をおじいさんめがけて投げる。

片霧文殊

な・・・!?

おじいさん

ふがふが。
だから言っておろうが。
お前はわしには勝てんよ。

おじいさんの手のクナイがギラリと光る。

片霧文殊

そのクナイ・・・動き・・・。
あんたまさか。

おじいさん

ふがふが。忘れたとは言わせんよ。

片霧文殊

あんときこの僕を豚小屋にぶち込んでくれたじじいだな。

おじいさん

さぁ、もう一度このおいぼれめが小僧を牢屋にぶち込んでやろうかの。

風虎

おいおい、なんでまた俺の名前を語ってやがったのかね?

・・・。

風虎

無視かい・・!!!
おじさん、無視されるのが一番悲しい!

・・・あの方の命令。

風虎

返しおっそ!!
コミュニケーションはキャッチボールだよ!
タイミング大事!!

貴様は邪魔者。
その命、もらい受ける。

風虎

あ・・、はいはい。
話聞かないタイプね。
じゃあどっからでもどうぞ。

風虎はそういうと無防備にも腕を広げて「おいでー」などとのんきなことを言っている。



その様子を客席から動けず見ていた花蓮は不安そうに賽に言う。

花蓮

煌炎さんと親し気に話してたあのお兄さん、丸腰なんだけど大丈夫なの!?

あぁ、先ほど言ってじゃないですか。
あの方は風虎さん本人なので大丈夫ですよ。

花蓮

えっ!?
本当に風虎さんなの!?
だとしてもいくら孤王皇家の人でも煌炎さんみたいに武器がないと・・・。

煌炎様は当然すばらしく、お強い方です。
しかし、真の天才とは風虎様のことを指すかもしれないですね。

花蓮の心配も他所に、その無防備な懐めがけて狐面の男はクナイを持ったまま飛び込む。

風虎

よっと。

風虎は横に体を若干ずらして躱したのちに、その狐面の男の腕をつかんだ。

しかし、男も負けじと振り払い後ろに退避する。

風虎

お前さん、なよっちい体の割には腕力なかなかあるんだな!
ただなぁ。

『同じ手を何度もするもんじゃないぜ。』

・・・。

いつの間に投げたのか、小型の手裏剣が風虎を背後から襲っていた。

しかし、すでにこの芸当は前の試合で披露しているものだ。

そのため、風虎は余裕を持ってその手裏剣を指でつかんで止めていた。

・・・わかっていてもそんな真似、常人ならできない。

風虎

そうかね?
煌炎あたりならできそうだがな。

さすがあの方のご兄弟。

風虎

なんだよ、あんま褒めると照れるじゃねーか。
ま、それでも倒さにゃならんのだがな。

今度は風虎がゆっくりと構えを取った。

風虎様はとても器用で何でも常人以上の身のこなしができます。
その中でも、最も得意とするのが・・・拳法です。

花蓮

神は2物を与えちゃうんだね・・・。

風虎

さぁ、今度こそかかってきな。
本気で相手してやるよ。

黒兼丸?

あぁ、うれしいんだね!!
こいつが獲物で嬉しいんだね、黒兼丸!!
俺もお前が喜んでくれてうれしいよ。

煌炎

おい、さっきから気になってたんだが、黒兼丸はおたくの名前じゃないのかい?

黒兼丸?

・・・?
黒兼丸は俺の愛しい刀の名前だよ。
俺の名は無名(ムミョウ)。

煌炎

そうかい。
・・・その刀、妖刀だな?
さっきから吸われた魂が叫んでやがる。

黒兼丸?

き、君、黒兼丸の声が聞こえるの!?
これは運命だ、そんな相手を切れるなんて今日はなんて運のいい日なんだ!!

煌炎

黒兼丸の声、ねぇ。
そいつは助けを求めている声だ。
所詮おたくが人斬りをしているのは自分のエゴさ。

黒兼丸?

ふふっ、なにを言ってるんだい?
そんなわけないじゃないか。

煌炎

・・・完全に妖刀に取り込まれてやがるな。

黒兼丸?

さぁ、いこうか。
黒兼丸。

煌炎


なかなか早いじゃねーか。

黒兼丸?

楽しい!!
今までのクズどもとは違って楽しいね黒兼丸!!

煌炎

っと・・・!

風虎

なぁに遊んでだよ、おちび。

早々に決着をつけ、のびた狐面の男の上に腰を下ろした風虎が冷やかすように言った。

煌炎

うるせー、バカ虎。

風虎

お兄ちゃんに向かってひどい!
俺泣いちゃう!

黒兼丸?

あ・・・あいつ負けちゃったんだね。
待ってて風虎さん、すぐに黒兼丸が切ってあげるからね。

風虎

おー怖。
早くしないとお兄ちゃんもやられちゃうぞ。

『ったく。』と言いながら煌炎は軽く舌打ちをし、
双剣を構える。


そして―

煌炎

・・・すぐに、楽にしてやるよ。

無名と黒兼丸のコンビの瞬発スピードや繰り出す斬撃も早かったが、煌炎の速度の比ではなかった。

そのまま無名の正面に躍り出ると、剣をクロスし勢いよく横に剣を引いた。

煌炎

終わりだ。

黒兼丸?

・・・つ!!?

黒兼丸?

・・・あ?

煌炎

・・・・。

風虎

おやまぁ。

煌炎は勢いよく黒兼丸を真っ二つに斬った。





そう、文字通り


【無名ではなく】
【黒兼丸】を。

黒兼丸?

く、黒兼丸!!!!

二つに折れた刀からは、
無数の青い光が大空に放たれていく。

妖刀に囚われていた魂が本来の場所へと帰ってく光景を目の当たりにしながら、無名は目に大粒の涙を浮かべた。

黒兼丸?

そんな・・・いやだ。
俺を置いてかないでよ、黒兼丸。
返事をしてよ・・・ねぇ。

そのままぺたりと膝をつき
放心状態になる。

無名は
完全に戦意を喪失していた。

黒兼丸?

ねぇ、煌炎さん。

煌炎

・・・。

帽子を拾った煌炎は無言で無名に応じる。

黒兼丸?

俺は、生きる価値のないクズだ。
そんな俺を肯定してくれた黒兼丸がいなくなった今、生きててもしょうがない。

そして無名は煌炎を
虚ろな瞳で見つめ

こう言い放った。

黒兼丸?

俺を、殺してくれ。

会場が静まり返る。
えも言えぬ雰囲気が会場を包み込んだ。

煌炎

ヤダね。

静寂の中、煌炎はバッサッリとその願いを拒絶する。

黒兼丸?

どうして・・・!!!!!
こんなどうしようもないクズなんだ。
殺してくれよ!!

煌炎

ああ、確かにお前はクズだ。

黒兼丸?

煌炎

だからこそ、罰を与えなきゃならない。
殺してくれと言っているやつを殺して何の罰になんだよ。

黒兼丸?

・・・。

煌炎

だからお前は生きろ。
生きて苦しんで償え。
それがお前に与える罰だ。

そう告げられた無名は今度こそ何も言えなくなり、がっくりと項垂れた。

風虎

よく言った、おちび。
それでこそ俺の弟ってもんよ。

煌炎

バカ虎はさっきからうるせーんだよ。
いちいち話しかけんな、脳筋が移る。

風虎

な!?
お兄ちゃん確かに学問これっきしだけど!!
脳筋ではないぞ、いつでもスマートな紳士だ。

煌炎

・・・・・。

そして一間あいて、恐怖に支配されていた会場がわっと歓声で埋め尽くされる。

花蓮

はぁ~!!!
煌炎さんたち無事でよかった!!

全員決着がついたみたいですね。

煌炎

なぁ、風虎。
頼みがある。

風虎

なんだ?
言ってみ?

煌炎

本当はこいつらを東京の牢にぶち込んどきたいんだが、今の青藍のやつは信用ならねぇ。
時が来るまで広島の牢に入れといちゃくれねぇか?

面倒を承知で頼む、
と煌炎が言うと

風虎も真剣な顔つきになってうなずいた。

風虎

・・・正直、あいつに何があったかわからんが同感だ。
今の幕府は何かおかしい。
それぐらい構わないぜ。

煌炎

・・・・。

それに
可愛い弟の頼みだからな、

と風虎は付け足して
いつもの笑みを浮かべた。

風虎

煌炎、東京と青藍を頼んだぜ。

煌炎

正直…めんどくせぇ。
が、クソ親父にも言われてるし任せとけ。

おじいさん

ふがふが、取込み中すまんね。
どうやら表彰式があるようじゃよ。

煌炎

じじい。
無事だったのか。

おじいさん

わしもまだまだ現役じゃよ。
童には負けんわ。

煌炎

・・・ん?
じじい、今表彰式って言ったか?
こんなめちゃくちゃになったのにどうやって勝敗決めんだよ。

おじいさん

ふがふが、どうやらわしら3人で賞金を山分けのようじゃよ。
これで孫への贈り物が買えるわい。

般若様、もみじ饅頭様、風虎様。
われわれを救ってくれてありがとうございました!!

煌炎

じじい、本名は般若だったのかよ。(ぴったしじゃねぇか。)

おじいさん

ふがふが、ほほほ。

風虎

は!?
おちびお前、いつからもみじ饅頭って名前になったんだよ!!笑

煌炎

・・・ほっとけ。

賞金が授与され、参加賞のもみじ饅頭も配布される。

会場も興奮した様子で、3人の名前を口々に叫ぶ。

煌炎

もみじ饅頭。

風虎

ほんとお前って昔から金より食い気だな。

風虎はからからと笑うと、突然煌炎の肩を抱き、客席に向き直る。

風虎

今日は俺がいながらお前らを危ない目にあわせてすまなかったな!!

煌炎

風虎

だが、勇気あるじいさんとこいつにも救われた。俺の、弟にな!!!

その言葉に会場がどよめきだす。

弟・・?
もみじ饅頭ってやつ、風虎様の弟君だったのか!?

あ・・・、あたしさっきなんて失礼なことを。

風虎

こいつは今大事な使命を背負って旅をしている。
最後に、会場全員の盛大な拍手で送りだしてやろうじゃないか!

その声を機に、会場に拍手の音が響き渡る。

煌炎

・・・・うざ。

拍手を背に、
煌炎は会場を後にし

次の目的地へ向かったのだった。

花蓮

あれ?
拍手しちゃってたけど、私たち煌炎さんに置いて行かれてない!?

あ。

会場の雰囲気にのまれ、拍手をしていた花蓮と賽であったが、二人で顔を見合わせて慌てて会場を飛び出した。

『待ってよ煌炎さん~!』
『待ってください煌炎様!』

2人の声に、
風虎がクスッと笑った声は
広島の風に溶けて消えていったのだった。

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