とんとんとんとリズムを刻む包丁。その横でダン! と包丁が叩きつけられる。

ヴォルツヴァイ

……ヴォルヴァイン、あっちに混ざってもいいんだぞ。

ヴォルヴァイン

待て。話しかけるな。集中している。

ヴォルツヴァイ

……

 管理人が嫁の手配ができるまでハールを預かることにし、今日連れ帰ってきた。「女の子二人で話でもしていていたらどうだ、料理は俺がする」と言ったヴォルヴァインに不安を感じ手伝いに行ったのだが、あぶなかっしく、見ていられない。

 また、包丁がまな板に傷をつけていく。

ヴォルツヴァイ

なあ、俺の分終わったからそれ貸せよ。

ヴォルヴァイン

いいや、大丈夫だ。すぐに終わる。

ヴォルツヴァイ

……はぁ。

ヴォルヴァイン

お前も、怪我をしているのだから休め。頬が腫れてるぜ。

ヴォルツヴァイ

いやそれお前が殴った痕だからな!

 笑って、喧嘩して、馬鹿する。これが、日常というものなのだろうか。

嫁の手配が終わったのじゃ。

ヴォルツヴァイ

もう終わったのか?

ヴォルヴァイン

いや、まだだ。

ヴォルツヴァイ

いや、そっちじゃねぇよ。ランケの嫁の手配だ。

今から茨の城に来るのじゃ。

ヴォルツヴァイ

死ねっていうのか!

 茨の城。数十年前からある、呪いのかけられた城だ。とんでもない美貌の姫がいるらしいが、そこに行って帰ってきたものは居ない。茨に絡み取られ、死んでしまうのだ。

大丈夫。茨はわしが自由に動かしてやるから殺さぬのじゃ。

ヴォルツヴァイ

あー、そうだったな。お前ならできるな。

では、嫁一族の案内、頼むぞ。

ヴォルツヴァイ

へいへい。

ヴォルヴァイン

何と?

ヴォルツヴァイ

ランケの嫁候補が来たから、案内役として来い、だとよ。

ヴォルヴァイン

そうか。じゃあ、弁当が必要だな。

ヴォルツヴァイ

……パンもらっていくぜ。

ヴォルツヴァイ

ハール、ちょっと出かけるからヴァインの手助けしてくれ。

ハール

わかった。

ローティア

私も手伝うわ。ヴォルヴァイン一人に任せたら大変なことになってしまうもの。

ヴォルツヴァイ

頼んだぜ。んじゃ、行ってきます。

ハール

行ってらっしゃい。

オルドヌング

うむ、よく来たのじゃ。

 サアア――とヴォルツヴァイを案内するように引いていった茨に従い、塔のてっぺんまでたどり着いた。待っていたのは一人の人形のような女性。口調から察するに、彼女が管理人だろう。

ヴォルツヴァイ

で、その嫁はどこにいるんだ?

オルドヌング

モルタニスの城まで徒歩数日の所じゃ。今からお主をそこへ送る。

ヴォルツヴァイ

……最初からそこに召集しろよ。

オルドヌング

せっかくじゃから別れを言おうと思っての。

ヴォルツヴァイ

……別れ?

オルドヌング

うむ。せっかくの機会じゃし、わしもそろそろ休暇をもらおうと思ったのじゃ。

ヴォルツヴァイ

あー、なるほど。
俺もいろいろと世話になった。改めて礼を言うぜ。

オルドヌング

仕事じゃからな。
わしは飯を食ったり酒を飲んだりするために、旅に出る。じゃから、もう一度ここにきても死ぬだけじゃからな。

ヴォルツヴァイ

そんなひらひらした格好でか?

オルドヌング

これはわしの体ではない。そもそもわしに体はないのじゃ。じゃから、ここで死んだ奴の体を見繕っておる。

オルドヌング

せっかくじゃし今から替えるか。

オルドヌング

……。

 ぽすっと音を立ててオルドヌングが倒れる。彼女の体は死んだように動かなくなっていた。

オルドヌング

まあ、こんな感じじゃ。

オルドヌング

……むぅ、顔は動かしにくいのぉ。

 むくりと起き上がった男はボロボロ。顔色も土色をしており、整った顔に影……以上に不気味さを与えていた。

ヴォルツヴァイ

ど、どうやって動かしているんだ?

オルドヌング

管理人の力じゃ。

オルドヌング

さて、そろそろ送るぞ。

ヴォルツヴァイ

おう。

 そこは森の入り口近く。馬車に家財一式を乗せた家族が、ゆっくりゆっくり進んでいた。彼女らを案内するように、銀髪の青年が前を進む。

これでようやく、エモシオンの元から逃げられるわね!

サンドリヨン

そうですね、お姉さま。

はぁ……なぜ私がこんなことに。

継母

あら、何か言った?

いや、何も。

アルモニー

さあ、そろそろ案内人の交代だ。

ヴォルツヴァイ

お、来たか。

アルモニー

……それじゃあ僕はここで。

あなたが案内人ね。よろしく。

 赤い髪。彼女が、ランケの嫁候補だろう。勝気そうな女性だ。彼女なら、あの変態を押しやることができるかもしれない。

ヴォルツヴァイ

じゃあ、行くぜ。

 地下墓地のようにひんやりとした空気。モルタニスの世界の一部、死体保管所。そこに眠るように存在しているランケが、ゆっくりと、目を開ける。

ランケ

……!

 両親は茶会をモルタニスと開いている。そのため、ここにいるのはサンドリヨンとその姉のみだ。

ランケ

……美しい。

サンドリヨンはあげないわ!

 庇うようにサンドリヨンの前に立つ。しかし、ランケが触ったのは、庇うように立つ姉の髪の毛だった。

ランケ

その髪はもゆる炎。その髪はバラの花。
激しく揺らぎ、甘く香る。
その髪は炎にあらず。その髪はバラにあらず。
炎は触れぬ、バラはつかめぬ。

ランケ

ああ、美しい髪の持ち主よ、あなたを愛してしまいました。この私の下へ嫁いでくれませんか?

……断る。

ランケ

そうか、恥ずかしがっているのだね。大丈夫、ゆっくり返事を待つさ。

いや、だから断るって……!

エモシオン

愛しくてつい後を追ってしまったよ、僕の天使!

エモシオン

鳥の鳴き声で目覚めても、あなたがいなければ春は来ない。
畑が青々と茂っても、僕の心は耕されず。
来てくれ僕のナイチンゲール!
早く甘美なその調べを、僕の耳に届けておくれ。

サンドリヨン

げっ。

 入り口からエモシオンが入ってくる。どうやら最初から尾行していたようだ。ここでは王位という権力は無いからさほど脅威はないが、あの粘り強さ相手に逃げられる気がしない。

……よし。サンドリヨン、今から言うことをまねしなさい。

 囁くように、姉が呟く。

サンドリヨン

はい。

金色の髪の殿方、あなたが私の一つの頼みを叶えるならば、結婚してあげましょう。

サンドリヨン

金色の髪の殿方、あなたが私の一つの頼みを叶えるならば、結婚してあげましょう。

今、私の妹が意に添わぬ男に求婚をされているのです。それを断るにも全く引いてくれません。

サンドリヨン

えっ、あー、今、私の姉が意に添わぬ男に求婚されているのです。それを断るにも全く引いてくれません。

それをどうにかしてください。

サンドリヨン

どうにかしてください。

ランケ

よし。どのような手を使ってでも、その男を消してやろう。

エモシオン

もちろんだ。任せてくれたまえ!

ヴィルヘルム

こうして、姉の策略により、サンドリヨンと姉は求婚から逃れ、王子たちは足の引っ張り合いに集中することになりましたとさ。めでたしめでたし。

ヤーコプ

ヴィルヘルム、お茶でも飲みますか?

ヴィルヘルム

はーい、今行く!

ヤーコプ

……いえ。今日はここでしましょう。お話をしながら、ね。

ヴィルヘルム

……っ!

ヴィルヘルム

うん!

 ――こうして、二人はいつまでも、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。

第二十三幕「御伽噺達の終演」

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