とんとんとんとリズムを刻む包丁。その横でダン! と包丁が叩きつけられる。
とんとんとんとリズムを刻む包丁。その横でダン! と包丁が叩きつけられる。
……ヴォルヴァイン、あっちに混ざってもいいんだぞ。
待て。話しかけるな。集中している。
……
管理人が嫁の手配ができるまでハールを預かることにし、今日連れ帰ってきた。「女の子二人で話でもしていていたらどうだ、料理は俺がする」と言ったヴォルヴァインに不安を感じ手伝いに行ったのだが、あぶなかっしく、見ていられない。
また、包丁がまな板に傷をつけていく。
なあ、俺の分終わったからそれ貸せよ。
いいや、大丈夫だ。すぐに終わる。
……はぁ。
お前も、怪我をしているのだから休め。頬が腫れてるぜ。
いやそれお前が殴った痕だからな!
笑って、喧嘩して、馬鹿する。これが、日常というものなのだろうか。
嫁の手配が終わったのじゃ。
もう終わったのか?
いや、まだだ。
いや、そっちじゃねぇよ。ランケの嫁の手配だ。
今から茨の城に来るのじゃ。
死ねっていうのか!
茨の城。数十年前からある、呪いのかけられた城だ。とんでもない美貌の姫がいるらしいが、そこに行って帰ってきたものは居ない。茨に絡み取られ、死んでしまうのだ。
大丈夫。茨はわしが自由に動かしてやるから殺さぬのじゃ。
あー、そうだったな。お前ならできるな。
では、嫁一族の案内、頼むぞ。
へいへい。
何と?
ランケの嫁候補が来たから、案内役として来い、だとよ。
そうか。じゃあ、弁当が必要だな。
……パンもらっていくぜ。
ハール、ちょっと出かけるからヴァインの手助けしてくれ。
わかった。
私も手伝うわ。ヴォルヴァイン一人に任せたら大変なことになってしまうもの。
頼んだぜ。んじゃ、行ってきます。
行ってらっしゃい。
うむ、よく来たのじゃ。
サアア――とヴォルツヴァイを案内するように引いていった茨に従い、塔のてっぺんまでたどり着いた。待っていたのは一人の人形のような女性。口調から察するに、彼女が管理人だろう。
で、その嫁はどこにいるんだ?
モルタニスの城まで徒歩数日の所じゃ。今からお主をそこへ送る。
……最初からそこに召集しろよ。
せっかくじゃから別れを言おうと思っての。
……別れ?
うむ。せっかくの機会じゃし、わしもそろそろ休暇をもらおうと思ったのじゃ。
あー、なるほど。
俺もいろいろと世話になった。改めて礼を言うぜ。
仕事じゃからな。
わしは飯を食ったり酒を飲んだりするために、旅に出る。じゃから、もう一度ここにきても死ぬだけじゃからな。
そんなひらひらした格好でか?
これはわしの体ではない。そもそもわしに体はないのじゃ。じゃから、ここで死んだ奴の体を見繕っておる。
せっかくじゃし今から替えるか。
……。
ぽすっと音を立ててオルドヌングが倒れる。彼女の体は死んだように動かなくなっていた。
まあ、こんな感じじゃ。
……むぅ、顔は動かしにくいのぉ。
むくりと起き上がった男はボロボロ。顔色も土色をしており、整った顔に影……以上に不気味さを与えていた。
ど、どうやって動かしているんだ?
管理人の力じゃ。
さて、そろそろ送るぞ。
おう。
そこは森の入り口近く。馬車に家財一式を乗せた家族が、ゆっくりゆっくり進んでいた。彼女らを案内するように、銀髪の青年が前を進む。
これでようやく、エモシオンの元から逃げられるわね!
そうですね、お姉さま。
はぁ……なぜ私がこんなことに。
あら、何か言った?
いや、何も。
さあ、そろそろ案内人の交代だ。
お、来たか。
……それじゃあ僕はここで。
あなたが案内人ね。よろしく。
赤い髪。彼女が、ランケの嫁候補だろう。勝気そうな女性だ。彼女なら、あの変態を押しやることができるかもしれない。
じゃあ、行くぜ。
地下墓地のようにひんやりとした空気。モルタニスの世界の一部、死体保管所。そこに眠るように存在しているランケが、ゆっくりと、目を開ける。
……!
両親は茶会をモルタニスと開いている。そのため、ここにいるのはサンドリヨンとその姉のみだ。
……美しい。
サンドリヨンはあげないわ!
庇うようにサンドリヨンの前に立つ。しかし、ランケが触ったのは、庇うように立つ姉の髪の毛だった。
その髪はもゆる炎。その髪はバラの花。
激しく揺らぎ、甘く香る。
その髪は炎にあらず。その髪はバラにあらず。
炎は触れぬ、バラはつかめぬ。
ああ、美しい髪の持ち主よ、あなたを愛してしまいました。この私の下へ嫁いでくれませんか?
……断る。
そうか、恥ずかしがっているのだね。大丈夫、ゆっくり返事を待つさ。
いや、だから断るって……!
愛しくてつい後を追ってしまったよ、僕の天使!
鳥の鳴き声で目覚めても、あなたがいなければ春は来ない。
畑が青々と茂っても、僕の心は耕されず。
来てくれ僕のナイチンゲール!
早く甘美なその調べを、僕の耳に届けておくれ。
げっ。
入り口からエモシオンが入ってくる。どうやら最初から尾行していたようだ。ここでは王位という権力は無いからさほど脅威はないが、あの粘り強さ相手に逃げられる気がしない。
……よし。サンドリヨン、今から言うことをまねしなさい。
囁くように、姉が呟く。
はい。
金色の髪の殿方、あなたが私の一つの頼みを叶えるならば、結婚してあげましょう。
金色の髪の殿方、あなたが私の一つの頼みを叶えるならば、結婚してあげましょう。
今、私の妹が意に添わぬ男に求婚をされているのです。それを断るにも全く引いてくれません。
えっ、あー、今、私の姉が意に添わぬ男に求婚されているのです。それを断るにも全く引いてくれません。
それをどうにかしてください。
どうにかしてください。
よし。どのような手を使ってでも、その男を消してやろう。
もちろんだ。任せてくれたまえ!
こうして、姉の策略により、サンドリヨンと姉は求婚から逃れ、王子たちは足の引っ張り合いに集中することになりましたとさ。めでたしめでたし。
ヴィルヘルム、お茶でも飲みますか?
はーい、今行く!
……いえ。今日はここでしましょう。お話をしながら、ね。
……っ!
うん!
――こうして、二人はいつまでも、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。