アルモニーの手でヴィルヘルムの家に到着する。浮遊感とともに視界が変化し、一人分の拍手がヴォルツヴァイを迎えた。
アルモニーの手でヴィルヘルムの家に到着する。浮遊感とともに視界が変化し、一人分の拍手がヴォルツヴァイを迎えた。
いやあ、お見事。思いあっていれば仲直りはできるってものだね。
芝居がかったようにヴィルヘルムは笑う。
なんか文句でもあるのか?
いいや。ただ、僕と兄さんだと思想が対立しているのだからね。そう上手くはいかないさ。
お前らの方が、俺たちより長くともにいる。できるに決まっているだろう!
兄さんは、このままの世界……正しい物語の世界を求めている。それでも、そう言えるの?
…………ちっ。
「兄さん」は、このままの――ヴォルツヴァイたちが望んでいない世界を望んでいる。それをそのまま仲直りできるのだろうか。
まあ、やり方はあるともさ。
ヴィルヘルムは何かが吹っ切れたように言った。
少し兄さんの精神をえぐってしまうだろうけれど、君たちのためには必要なことだからね。
さ、さて。それじゃあ僕の世界に来る?
今度はどのくらい歩くんだ?
今回は座標の特定ができるから三歩だよ。
大丈夫。準備はできているよ。……ふふ。
では、ペローの所へご案内ー。
――まず、感じたのは埃っぽい臭い。床にはものが散乱とし、インクだらけの手紙が書きかけのままで放置されている。
……遅かったな。
そして、その手紙を量産している人間が一人。
あー、まったく。僕が留守の間いったい何をやっていたんだい。掃除、洗濯、食事。やっぱりなにもやっていないのか。
食事はしたぞ。宴会を巡ってな。
まったく君は……。
で、そちらはヴィルヘルム君と……管理人か?
ううん。ただの狼だよ。僕をここまで連れてきた。
で、兄さんはどこにいるの?
あそこの部屋で懸命に書物を読んでいるぞ。
そう。ありがとう。
狼くんはここでお茶でも飲んでいなよ。
ああ、わかった。……どこに座れるんだよ。
ごめんね、散らかしてて。
冷ややかな声で礼を言うヴィルヘルム。つかつかと扉まで向かい、ノックもせず、落ち着いた様子で中に入った。
ノックもせずに入るとは失礼ですよ、ペロー。
実の弟を他人と間違えるなんて、失礼だね、兄さん。
ヴィルヘルムっ!?
やぁ、兄さん。
考えを……改めてはいない、ようですね。
今回は、兄さんにある話をしようと思います。
……話?
ええ。
歌うようにヴィルヘルムは語り始める。
――あるところに、植物学者がいた。彼はとある地方の植生を調べるため、研究所の温室にそれらを植えた。
さて、兄さんは彼についてどう思いますか?
ふむ……。その男は阿呆ですね。元々彼の温室はその地方ではない。だというのに植物を植えるなど、その地方の条件を無視していると言えるでしょう。植生を調べているとは言えません。
そうですか。
では、こういう話はどうですか。男がいました。その男は自民族について調べるため、伝承者から聞いた民話を別の世界で実行させることにした。さて、兄さんはどう思いますか?
あ、え……?
ゲルマン民族について調べるため、伝わる民話を収集していた。そして、この世界でも、それについて調べたいから、原型を求め、そのまま再現をしていた……この、「私」が。
意味が……ない? 民族など、土地など、民話などないここでは、私が求めていたものは、見つからないのですか……?
そう。兄さんはただ、役者が違って内容は同じの劇を繰り返させているようなもの。
そん……な……。
私が、間違っていた?
泣きそうな、悔しそうな顔のヤーコプに、ヴィルヘルムは曖昧に笑った。
それでは、兄さん。僕もしばらくはこちらにいるので。
話は終わったのか?
手紙を押しのけ座るスペースを作ったらしいヴォルツヴァイがクッキーをほおばりながらヴィルヘルムに問う。
うん……。兄さんが信じてきたものを、壊してしまったけれどね。
それで、そっちは上手くいったの?
こっち?
ランケの嫁探しだろ。
ああ、そうだったね。
ああ、それについてなら連絡が来ている。ただ、ほかの童話も混ざるだろうから、純正な物語ではなくなるぞ。
僕は別に。面白くなりそうだし。
構いませんよ。
兄さん!?
ヴィルヘルム……私はあなたに、我慢を強いていたようですね。よく考えて、わかりました。ここではヤーコプ・ヴィルヘルムの目的は達成できない。
……。
なので、私はあなたを見守っていきます。ヴィルヘルム。
いいの? ごめんなさい。兄さん。兄さんの幻想を砕いてしまって……。
いいえ、もういいのです。
さ、帰りますよ。
嫁は後日引っ越しさせる。
むろん、アルモニーに連れて行ってもらうがな。
あ、やっぱり?
元居た世界――グリムの世界への扉を開ける。
兄さんがお世話になりました。
こらっ。恥ずかしいのでやめてください。
お世話になりました。……また、いつか。
――おかえり、兄さんっ!
ただいま、ヴィルヘルム。