アルモニーの手でヴィルヘルムの家に到着する。浮遊感とともに視界が変化し、一人分の拍手がヴォルツヴァイを迎えた。

ヴィルヘルム

いやあ、お見事。思いあっていれば仲直りはできるってものだね。

 芝居がかったようにヴィルヘルムは笑う。

ヴォルツヴァイ

なんか文句でもあるのか?

ヴィルヘルム

いいや。ただ、僕と兄さんだと思想が対立しているのだからね。そう上手くはいかないさ。

ヴォルツヴァイ

お前らの方が、俺たちより長くともにいる。できるに決まっているだろう!

ヴィルヘルム

兄さんは、このままの世界……正しい物語の世界を求めている。それでも、そう言えるの?

ヴォルツヴァイ

…………ちっ。

 「兄さん」は、このままの――ヴォルツヴァイたちが望んでいない世界を望んでいる。それをそのまま仲直りできるのだろうか。

ヴィルヘルム

まあ、やり方はあるともさ。

 ヴィルヘルムは何かが吹っ切れたように言った。

ヴィルヘルム

少し兄さんの精神をえぐってしまうだろうけれど、君たちのためには必要なことだからね。

アルモニー

さ、さて。それじゃあ僕の世界に来る?

ヴォルツヴァイ

今度はどのくらい歩くんだ?

アルモニー

今回は座標の特定ができるから三歩だよ。

ヴィルヘルム

大丈夫。準備はできているよ。……ふふ。

アルモニー

では、ペローの所へご案内ー。

 ――まず、感じたのは埃っぽい臭い。床にはものが散乱とし、インクだらけの手紙が書きかけのままで放置されている。

ペロー

……遅かったな。

 そして、その手紙を量産している人間が一人。

アルモニー

あー、まったく。僕が留守の間いったい何をやっていたんだい。掃除、洗濯、食事。やっぱりなにもやっていないのか。

ペロー

食事はしたぞ。宴会を巡ってな。

アルモニー

まったく君は……。

ペロー

で、そちらはヴィルヘルム君と……管理人か?

ヴィルヘルム

ううん。ただの狼だよ。僕をここまで連れてきた。

ヴィルヘルム

で、兄さんはどこにいるの?

ペロー

あそこの部屋で懸命に書物を読んでいるぞ。

ヴィルヘルム

そう。ありがとう。

ヴィルヘルム

狼くんはここでお茶でも飲んでいなよ。

ヴォルツヴァイ

ああ、わかった。……どこに座れるんだよ。

アルモニー

ごめんね、散らかしてて。

 冷ややかな声で礼を言うヴィルヘルム。つかつかと扉まで向かい、ノックもせず、落ち着いた様子で中に入った。

ヤーコプ

ノックもせずに入るとは失礼ですよ、ペロー。

ヴィルヘルム

実の弟を他人と間違えるなんて、失礼だね、兄さん。

ヤーコプ

ヴィルヘルムっ!?

ヴィルヘルム

やぁ、兄さん。

ヤーコプ

考えを……改めてはいない、ようですね。

ヴィルヘルム

今回は、兄さんにある話をしようと思います。

ヤーコプ

……話?

ヴィルヘルム

ええ。

 歌うようにヴィルヘルムは語り始める。

 ――あるところに、植物学者がいた。彼はとある地方の植生を調べるため、研究所の温室にそれらを植えた。

ヴィルヘルム

さて、兄さんは彼についてどう思いますか?

ヤーコプ

ふむ……。その男は阿呆ですね。元々彼の温室はその地方ではない。だというのに植物を植えるなど、その地方の条件を無視していると言えるでしょう。植生を調べているとは言えません。

ヴィルヘルム

そうですか。

ヴィルヘルム

では、こういう話はどうですか。男がいました。その男は自民族について調べるため、伝承者から聞いた民話を別の世界で実行させることにした。さて、兄さんはどう思いますか?

ヤーコプ

あ、え……?

 ゲルマン民族について調べるため、伝わる民話を収集していた。そして、この世界でも、それについて調べたいから、原型を求め、そのまま再現をしていた……この、「私」が。

ヤーコプ

意味が……ない? 民族など、土地など、民話などないここでは、私が求めていたものは、見つからないのですか……?

ヴィルヘルム

そう。兄さんはただ、役者が違って内容は同じの劇を繰り返させているようなもの。

ヤーコプ

そん……な……。

ヤーコプ

私が、間違っていた?

 泣きそうな、悔しそうな顔のヤーコプに、ヴィルヘルムは曖昧に笑った。

ヴィルヘルム

それでは、兄さん。僕もしばらくはこちらにいるので。

ヴォルツヴァイ

話は終わったのか?

 手紙を押しのけ座るスペースを作ったらしいヴォルツヴァイがクッキーをほおばりながらヴィルヘルムに問う。

ヴィルヘルム

うん……。兄さんが信じてきたものを、壊してしまったけれどね。

ヴィルヘルム

それで、そっちは上手くいったの?

アルモニー

こっち?

ヴォルツヴァイ

ランケの嫁探しだろ。

アルモニー

ああ、そうだったね。

ペロー

ああ、それについてなら連絡が来ている。ただ、ほかの童話も混ざるだろうから、純正な物語ではなくなるぞ。

ヴィルヘルム

僕は別に。面白くなりそうだし。

ヤーコプ

構いませんよ。

ヴィルヘルム

兄さん!?

ヤーコプ

ヴィルヘルム……私はあなたに、我慢を強いていたようですね。よく考えて、わかりました。ここではヤーコプ・ヴィルヘルムの目的は達成できない。

ヴィルヘルム

……。

ヤーコプ

なので、私はあなたを見守っていきます。ヴィルヘルム。

ヴィルヘルム

いいの? ごめんなさい。兄さん。兄さんの幻想を砕いてしまって……。

ヤーコプ

いいえ、もういいのです。

ヤーコプ

さ、帰りますよ。

ペロー

嫁は後日引っ越しさせる。

ペロー

むろん、アルモニーに連れて行ってもらうがな。

アルモニー

あ、やっぱり?

 元居た世界――グリムの世界への扉を開ける。

ヴィルヘルム

兄さんがお世話になりました。

ヤーコプ

こらっ。恥ずかしいのでやめてください。

ヤーコプ

お世話になりました。……また、いつか。

ヴィルヘルム

――おかえり、兄さんっ!

ヤーコプ

ただいま、ヴィルヘルム。

第二十二幕「目的を忘れ過程に浸る」

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