片霧文殊

くひひ、おやおや?
この僕の相手をするのが、まさかこのちびだっていうんじゃないだろぅなぁ?

片霧文殊と呼ばれる男は煌炎の側にずんっと近寄り、
明らかに見下した表情で煌炎に眼をとばす。

片霧文殊

ひゃは、冗談じゃない!!!
僕の久々の晴れ舞台がこのちび野郎のなぶり殺しかよ!!!!!
いくら誰でも参加できるからってガキがでしゃばるとこじゃないよ、くひひ!

煌炎が何も言わないことをいいことに、
片霧は腹を抱えて笑い出す。

片霧文殊

おいおい、悲鳴の一つくらいあげてもらってもいいんだよ??
なんなら棄権する?
くひひ。

楽しそうに煽っていく片霧であるが、
いつまでたっても相手からの反応はない。



客席から見ていた賽も、
あれほどまでに煽られて煌炎が黙っていることに首を傾げる。

普段ならあの憎ったらしい口調で言い返しそうなものなのだが。

片霧文殊

おい、ガキ。
本当にっ……て、…は?

無反応すぎてつまらないと思った片霧がぐいっと煌炎の肩を押すと、
煌炎の顔を見た彼の表情が無になる。

片霧文殊

寝てやがるし!!!

客席もざわつく。

おいおい!
あいつどこのどいつだよ!?
気でも狂ったのか!?

さっき紹介されてなかったけど、たしかあの風虎様を呼び捨てにした『もみじ饅頭』って名前の奴だったような・・・。

その名前で風虎様を呼び捨てにするなんて広島県民をバカにしてるのか!?

客席の話はいつの間にかそれていったが、
会場で煌炎と対峙してる片霧は眠る煌炎を見て肩がぷるぷると震え出す。

片霧文殊

恐さのあまり気絶してしまったわけでもなさそうだね……?
なら、この僕をコケにしてるのか…?
ガキの分際で…?

そして片霧は持っていたサーベルのような形状の短刀でわざとポイントを外して煌炎に切り付けた。


その刃先は煌炎の頬をかする。

煌炎

……、んぁ?
ぁんだ?
ようやく試合が始まったのかい???
あまりにおせーから寝ちまったじゃねェか。

ようやく目を覚ました様子の彼に、恐れなどはなにも見られない。

片霧文殊

クソガキが…!!!!
この僕をナメてるんだろ!

煌炎

ナメる?
おたくにはそんなに俺が味音痴に見えるわけ??
クソまずそうなおたくなんざ、頼まれてもナメねぇよ。

片霧文殊

そういうこと言ってんじゃねぇんだよ…!!

目を覚ましたことで、
いつも通り賽が慣れ親しんだ煌炎節がさく裂し、片霧をさらにいら立たせていく。

片霧文殊

く、くひひひひひ!!
そんなに死にたいなら僕が殺してやるよ!!!!!!!!

煌炎

俺ぁ死にたいなんざ一言も言ってないんだけどなぁ・・・。

その言葉に痺れをきらして、
片霧は煌炎に切り掛かる。




眠気眼であるにも関わらず、
煌炎はそれをするりするりとかわしていった。

片霧文殊

な・・・!!?

片霧の短刀は、刃先すら煌炎に当たらない。

煌炎

んぁ…?
こりぁ、いつの間に怪我したんだ?

微かに目を開けた煌炎は、文殊の刀を避けながら自分の頬に触れて気づく。

どうやら先ほど眠っているうちに切られたことに気づいていないようだった。

煌炎

まぁいっか。

たんっ、と足がついた瞬間に煌炎はそのまま手を地面につく。

煌炎

よっと。

煌炎の足はななめ上に向かって蹴りあげられ、片霧の短刀を蹴りで弾きあげた。

どっ、と観客が驚きでわく。

片霧文殊

ちっ、武器一つ取り上げたくらいで意気がってるんじゃないよ!!!!

煌炎

・・・だから俺何もいってねぇし。

そのままバク転をし、煌炎は体勢を立て直す。

片霧文殊

ふん、僕はまだまだ短刀持ってんだよ…!!

そういって片霧が開いた服の内側には大量の短刀が収納されていた。


しかし、それに対して煌炎はげんなりする。

煌炎

おたくはアホなわけ??
なんで敵に手の内を……あー、おたくに言ってもわかんねェか。


ぽりぽりと頭を掻いて
くぁーっと一度大きな欠伸をする煌炎。

片霧文殊

くひひ、あんたその背中にしょってる武器を抜かなくていいの???
いい加減本気で殺しちゃうよ!??

煌炎

あー、これは生憎いっぱんじんを切るような刀じゃねぇんだよ。

片霧文殊

一般人…!!
はっ・・・この僕を一般人呼ばわりか!

煌炎

取りあえず、これは何したら勝ちなんだ?

片霧文殊

相手をボコボコにすりゃあいいんだよ!!
つ、い、で、に息の根をとめたりしてね!!!!!!!

突っ込んでくる片霧を煌炎はまだ眠気眼で見つめる。


そして向けられた刃を避け、今度は片霧の頭に手を置きそのまま彼の後ろへと体を舞わせた。

片霧文殊

なっ・・・!!

煌炎

ボコボコ、ねぇ。
死なない程度ならいいのかね。

そして煌炎の足は片霧の後ろ頭にクリーンヒット。




その体は勢いよく場外まで吹っ飛ばされた。

煌炎

おーよくとんだなこりゃ。

ふわりと着地した煌炎は手を額に翳して片霧が飛んでいった方向をぼけーっとした表情で見つめた。


しかし、片霧文殊。



これしきのことで意識を失うほどやわではない。


吹っ飛び土埃がまう場所から「くひひひひ」とまた不気味に笑い声が響く。

煌炎

お?

片霧の姿が土埃の外から捉えられるほどになると、うっすらとその横にもうひとつの姿が見えはじめる。

煌炎

おたく、卑怯ってよく言われないかい?

不気味な笑いを浮かべた片霧の腕には、恐怖で震える観客の一人であろう若い娘が拘束されていた。

ひっ・・・!

娘は自身の首元にあてがわれた刃に小さく悲鳴を漏らす。

片霧文殊

卑怯で何が悪い???
僕は悪名をこの世に轟かせた、あの片霧文殊だよ?
くひひっ。

それを聞いたか聞かずか、煌炎は自分の耳をぽんぽんと叩いたり首を捻ってぽきぽきと鳴らしはじめる。

煌炎

卑怯が悪いとは俺ぁいわねぇよ。

片霧を役人が取り囲み始める。

煌炎

だがな、男同士の戦いに第三者を巻き込むなんざぁちょいと野暮な真似じゃないかい?

片霧文殊

くひっ!!
なんとでもいいなよ。
僕はこの人質を手放す気はないからね。

煌炎

だろうなぁ。

そういうと煌炎はゆっくりと抜刀する。

煌炎

おっと、エリートさんら。
俺たちは武闘会中だ。
手を出してもらっちゃあ困るぜ?

ちらりと片霧を取り囲む役人らを、煌炎の鋭い瞳がいぬいた。

煌炎

さぁ、久々にクズ狩りだ。

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