では第三試合Cブロック!
赤…………………、おっとこれは!!!!
名前が違うが、こいつは町を一時期恐怖に陥れた無情の切り裂き魔、片霧文殊(カタギリモンジュ)…!!?

片霧文殊

くひっ、お前たちがお慕いしている青藍様が直々に解放なさったんだ。
僕が試合にでるのは幕府のお墨付きだよ、くひひ!

審判と文殊と呼ばれる男の会話に会場が一気に別の意味でざわめきだす。

あ、あの顔は!!
俺の妻を殺したやつだ!!!

私の・・・私の娘を返して!!!

会場は阿鼻叫喚

次々と片霧の犯行による犠牲者が叫びだす。

片霧文殊

あぁ・・・、いい音色だ。
久々に聞いたよ・・・。
もっと怯えて僕にその素敵な音色を聞かせておくれ・・・!!
くひひ!

花蓮

お兄さん・・・!
煌炎さんの相手…!!

手配の瓦版で見覚えのあるその殺人鬼の人相に花蓮の表情が更に青くなる。

大丈夫ですよ。

花蓮

いくら煌炎さんでも…!
役人が捕まえるために百人以上の犠牲を払ったって…!!

大丈夫だと言っているでしょう。

花蓮

いつもは穏やかな賽が冷ややかな目で花蓮に言い放つ。

煌炎様は…、私の主は負けません。

その気迫に
花蓮は思わず後ずさる。


恐怖のため、
賽の感情のコントロールがおかしくなったのか


否、


試合に主を参加させてしまった自分に腹をたてているのか


否、

全て否(いな)だ。




彼は純粋に主の力を疑われたことに腹をたてていた。



彼の
唯一かつ絶対の主

煌炎を。

彼が煌炎と出会ったのはほんの数年前に遡る。

今では煌炎の従者となり温厚な笑顔で付き従っているが、
彼は元々煌炎を殺しに向かった暗殺者であった。


煌炎が幼いころなぜだか彼にだけは護衛がついておらず、賽の元主はそこを狙っていた。


孤王皇家だかなんだかしらぬが、あやつらに尻にしれるのはもう我慢ならん……!!!
奴の息子を……………、根絶やしにしてくれる…!!!!!
まずは幼子の煌炎を狙え…!!!!

御意。

彼は主の命令を確実にこなすいわば暗殺の手だれであり、彼自身もそのことに満足感と自分の存在意義を感じていた。

しかし

煌炎

おまえ、
つまんねーな。

当時10才というまだまだあどけない年頃の子供の口から放たれたその言葉に



全てが反転した。

つまらない・・・?


その言葉に怒りのような悲しみのようなえもいえぬ感情を覚えた彼は虚ろな目で丸腰の幼子に切りかかった。

っ・・・・!!

煌炎の瞳が見開かれると同時に彼に荒れ狂う炎が襲い掛かった。

ぐぁっ・・・!!

そのまま彼は負傷した右腕を抱え、地に膝をつく。


まだ齢10歳。





しかし、
10歳とは思えぬ悲しげな笑みを浮かべて幼子は彼は見下ろした。

煌炎

お前は何のために生きてんの?

わ、が…我が主のた、め。

煌炎

どうして?

それは・・・。

煌炎

それは?

・・・・・・。

彼は生まれたころから
その主に仕えるようにしつけられてきた。

時には鞭で打たれながら、
三日間なにも食事が与えられないこともあった。


生まれたときから刻み込まれていた主と駒の関係は彼の存在を蝕んでいたのだ。

煌炎

ほらな、やっぱお前つまんねーよ。

あ・・・。

煌炎

お前は空っぽの人間なんだ。
今のところ、お前に生きてる価値なんてあるの?

ああああ・・あぁ。

頭が割れるようだった。


今までの全てを否定されたようだった。


子供の戯れ事



ただそう受け取ればよいはずなのに、
その煌炎のまっすぐな瞳が全ての言い訳を振り払わせた。

私は・・・私は・・・?

今思えば他のだれに言われても動揺することなんてなかったと自負できる。


ただ、彼が



彼が言ったことで、賽の心情は今まで忘れていた分も吐き出すかのように荒れ狂っていた。


肩が小刻みに震える。
歯が振動でがちがちとなる。

それを一人宥めるかのように彼は自分の肩をしっかりと抱いた。

あ、う・・・。

煌炎

うるせー。

しかしその声さえも、
行動さえも
煌炎の一言でぴたりと止まる。

煌炎

ちゃんと話を聞いてたのか?
おれは【今のところ】って言ったんだけど。

・・・・・。

賽の瞳はただただ、
煌炎に釘付けになっていた。

煌炎

ばーか。
おたくの存在価値なんてこれからいくらでもつくれるのさ。

そして彼はゆっくりと賽に手を差し出した。

煌炎

なぁ、あんたの存在理由、俺が作ってやるよ。
だからあんたを雇ってるクソ主なんか捨てて、俺のとこに来ないかい?

何故か、



振り払えなかった。





賽の手はゆっくりと煌炎の差し出した手に重ねられる。





するとニマリと少年は笑った。

煌炎

今日からよろしくなぁ、えーっと……。

・・・賽(サイ)、です。

煌炎

賽。

名前を初めて呼ばれた
あの日から

賽にとっては自分の存在意義を与えてくれる絶対的な主として煌炎は存在していた。

以前の主のような
飼い主と家畜としての関係ではなく、

人と人、信頼関係で結ばれた主として。


だからこそ、
自身の主に置く信頼も絶対的なもので、それを否定する輩がいれば腹がたった。

今なんてポニーとかテールとかしか呼ばれてないですけど・・・。

本当は自分の名前を煌炎は覚えているのだと気づいていた。

以前の自分では名前なんて気にしていなかったので、
忘れかけているくらいであったが、

煌炎が何度もこのやり取りをしてくるもので
自分が自分の名前を言う機会が増えていた。

・・・でもそのおかげで、私が、
賽(サイ)という一人の人間がここにいるのだと確証できる。

花蓮

な、何か言った?
お兄さん。

先ほどの賽の気迫を受けてびくびくしている花蓮に苦笑する賽。

先ほどはすみませんでした。
しかし、・・・煌炎様は私が一生ついていくと決めた、唯一の主ですから。

花蓮

・・・・。

共に信じましょう。
煌炎様は必ず勝つと。

そういい放つ賽の目には確かな自信の光がともっていた。


それを見てはっとした花蓮もゆっくりと頷く。

花蓮

そうだね…。
煌炎さんは花蓮たちを苦しめていたあの役人たちもすぐに倒しちゃったもん。
煌炎さんなら大丈夫…!

二人は目を合わせ微かに笑い合い、再び試合会場に目をおとしたのだった。

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